第53話 おかえりなさい、ミア
「テオの方は呼吸が安定した。ミアはどうだ?」
ジェイクの声だ。
わたしの近くには誰かの気配がしていた。
額にタオルが乗せられ、それがとてもひんやりしている。
気持ちがいい。
誰かがわたしの手を握った。男性の力強い手のひらだった。
誰?
テオ? テオ、どこにいるの?
わたしは手を握る相手を見ようと目を開けようとすると、涙がこぼれた。
「ミアが泣いてる……」
そう言って、わたしの手を握っていたのは、アティカスだった。
「ミアの意識が戻った。目を開けたよ、ジェイクっ」
アティカスが嬉しそうな声を出した。
「えっ? ミア、意識が戻ったのか?」
それからすぐにジェイクの声がした。
目を開けると、部屋の眩しさに目を細めた。
「よかった。ミアの意識が戻ったぞ」
ジェイクが確認して、遠くの方へ投げかけるように声をあげると、複数の足音が近寄って来るのがわかった。
「ミアっ」
アメリアの声がして、彼女が手を握った。
「よかった」
「アメリア……」
「テオも無事だから心配しないで。あなたの方が大怪我だったのよ。回復魔法も追い付かず、本当に危なかったの」
あのアメリアがポロポロと涙を流している。心配をかけてしまった。
「アメリア、ごめんね……」
「あんな無茶しないでね、と言いたいところだけど、あなたのおかげでテオは無事だった。本当にありがとう」
テオが無事だった。
良かった。
「ミア、体の傷は治っているけど、体力は戻っていないから。あ、お腹空いた? 何か食べる?」
「テオに会いたい……」
わたしはとにかくテオに会いたかった。
アメリアは少し悲しそうな顔をして言った。
「テオはまだ眠っているの。体の傷は癒えているのだけど、意識はまだ戻っていなくて……」
「なら、わたしの回復魔法を……」
わたしは起き上がろうとした。
しかし、力が入らない。すると、そばにいたアティカスが俺の力を使ってよ、と言った。
「エネルギーなら有り余っているんだ。俺もミアとテオの力になりたいんだ」
「わたしも、わたしの力も使ってください」
ジェニファーの声がした。
横を向くと、瞼を赤くして泣きはらしたジェニファーがいた。
「ミカエラ様、目を覚ましてくれてよかった」
「ありがとう」
みんなの優しさが嬉しい。すると、入り口のドアが開いてソフィーが入ってきた。手には大きな鍋を持っている。とたん、部屋中に薬草のスープの匂いが充満した。
「オニオンとニンニク入りのスープだよ。ジャガイモもたくさん使っているから。ミア、あんたが目を覚ましたと聞いて、大急ぎで温めてきたんだよ。まず、これを飲んで。あたしらはミアのこともテオドア殿下と同じくらい大切なんだよ」
ソフィーの声が泣きそうになった。そして、彼女は泣くまいと唇を震わせていた。
「ありがとう。ソフィー。何だか急にお腹が空いてきたわ」
ソフィーのスープの匂いを嗅いだ途端、お腹が鳴った。
「ほらね」
ソフィーが笑うと、ドアを開けてトマスが入ってきた。
「ミアが目を覚ましたと聞いて……」
トマスが声を詰まらせる。
そして、わたしの手をそっと握った。ごつごつした大きな手はとても温かかった。
「心配かけてごめんなさい」
「ミア、目を覚まして本当によかった。ミアが無茶してテオドア殿下のところに行こうとしているって聞いたから。だったら、俺の力も使ってくれ。テオドア殿下をみんなで助けよう。彼は絶対に目を覚ますよ」
「うんっ」
こんなにもたくさんの仲間がいる。
体を起こし、ソフィーの作ったスープの入ったお椀を手に持った。
懐かしい木のお椀。スプーンで食べたあの頃の記憶がふとよみがえった。アメリアがそばにいてわたしを見ている。
「ミア、ゆっくりでいいから飲んで」
「うん」
スプーンを持つ手が震えている。アメリアがお椀を一緒に持ってくれた。スプーンを使って口に入れる。
温かいスープが口の中に入り、喉を通るのが分かった。
「美味しい」
「全部、ミアのだよ」
ソフィーが言った。
わたしはスープを一口すするたびに生きているのを実感した。
最後まで飲み干すと、体がポカポカした。
力が湧いてくるようだ。
もう一杯、とおかわりをする。
「顔色がだいぶよくなったわ」
アメリアが言って、わたしの額に自分の額を当てた。
「お帰りなさい、ミア」
額を通じてアメリアの力が入ってくる。
わたしは溢れる涙をそのままに、アメリアからのエネルギーをもらった。
アメリアがわたしの涙を拭いてくれた。
「さ、テオのところに行きましょう」
両方から体を支えてもらい、テオが眠っている隣の部屋に移動した。
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