第52話 発動された守護魔法 ②



 テオのお母様の話をレジーナは悲しそうに語った。


「ドレンテは、ヘンリー皇太子の恐ろしさを間近で見ていたの。もし、彼が国王になったら、人々の半分以上、いえ、貴族以外の人間はほとんどが殺されると思った。ドレンテはすぐにヘンリー皇太子の脅威をわたしに伝えてきたわ。わたしたちはどうにかして、ヘンリー皇太子を止めることを考え始めた。でも、その後、テオドア殿下が生まれて、ドレンテは育てているうちに直感したのよ。テオドア殿下だけが、ヘンリー皇太子に対抗できる力を持っていると」

「だから、わたしにテオを守るように言ったのね」

「ええ。あなたはとても強い魔法使いよ。テオドア殿下のそばを決して離れないでね。あと、ゴーレについても説明しておくわ」


 わたしは驚いていた。

 なぜ、こんなにも母は知っているのだろう。


「なぜ、お母様はそんなに詳しいの?」

「もちろん研究したからよ。分からないことは何でも調べるの」

「お母様は学者さんになれそうね」

「ふふ」


 母は、嬉しそうに笑った。


「ゴーレについてはドレンテと二人で情報を集めたわ。ルカという錬金術師について知っているわね。ルカは使役を召還して、その使役に聖歌と魔力のこもった石を作らせたの」

「救世主の石のこと?」

「救世主という呼び名は後からついたものね。聖歌はゴーレを助けるために書かれたものよ。石もそうね。石はこの世に五つ存在する。二つはあなたが持っている。石が五つ揃えば、聖歌がなくてもゴーレを人間に戻すことができるわ」


 石が五つ揃えば人間に戻れる。

 母は、しれっと重要なことを口にした。

 わたしはますますびっくりしてしまう。


「どうして知っているの? どうやったらそんなに調べられるの?」

「簡単よ。使役の聖歌に書かれていたのよ」

「え? お母様、あれを読んだの?」

「読んだわよ」

「いつ? どうやって?」


 レジーナがちょっと目を反らす。

 何かやましいことがある感じだ。


「盗んだの?」

「違うわよ」


 母は慌てて否定した。


「ほら、アメリアだって言っていたでしょ。ちょっと魔法で探して、ページを開くくらいは、わたしにもできちゃうのよ」


 言い訳でも、かなり苦しいものがある。


「えへん。じゃあ、ミアはあれを読んでも、石について分からなかったようね」

「わたしだけじゃないわ。誰にも分からなかったわ」

「じゃあ、その部分をお母様が引用してあげましょう」


 自分で言って、胸をドンと軽くたたいた。


「英知の力よ あなたは巡り巡る

 命を持った選ばれし者

 あなたは五つの翼をもつ 

 それらのひとつは 光を放ち 

 もうひとつは 地上の声を聞き取る

 そして 三つ目、四つ目はおのれの信じる力を発揮させる

 五つ目に 至るところに羽ばたく」

 

 レジーナの詠唱えいしょうは、少し高めの声もあって癒しの力があるようだった。

 まるで子守唄のように優しい丸いエネルギーがわたしを取り巻いた。


「素敵な歌」


 うっとりすると、ミアったらとレジーナが笑った。


「ね、分かったでしょ。もう、これからは自分たちでちゃんと理解してよ。一応、説明するけど。五つの翼は石のことを言ってるわ。翼のもつ力についてそれぞれ説明もされている。光を放つのは、癒し、浄化、回復魔法。声を聞き取るは、ゴーレの言葉が理解できる。三つと四つは信じる力を発揮させるだから、潜在能力を引き出す。五つ目は羽ばたくとあるから、これがどんな風に羽ばたくのかが鍵よね」


 確かに説明してもらうと分かりやすかった。


「石は五つあるのね」

「あなたはすでに二つ持っているわ。これらの石をどうするかはあなたが決めるのよ、ミア」


 決めるのはわたし。

 わたしは胸がドキドキしだして、張り裂けそうだった。

 言いたくてたまらなかった。お母様が目の前にいる。

 今しか言えない。


 わたしはお母様にしがみついた。


「わたし、本当はものすごく怖いのっ。決断してそれが間違いだったら? もし、わたしの他に石を持つ資格のある人がいたら? いろいろ考えると怖いの」


 お母様はわたしを優しく抱きしめた。


「ああ、ミア。素直なのが一番よ。大丈夫。正しい正しくないというジャッジは誰が決める? 前進することで物語は進んでいくの。わたしたちは、この大きな世界の戦争の渦に巻き込まれたちっぽけな一人に過ぎないのよ。確かにあなたもテオも世界を揺るがす一人なのかもしれない。けれど、それを恐れて誰かに委ねたとしても、この物語は動き続けているの。わたしは、これが、おとぎ話だから気楽にしたらいい、なんて言ってるんじゃないのよ。ミアにとって人生とはあなたの物語なのだから、あなたの人生はあなたが選択して進めばいいのよ。正しいか間違っているかは気にしなくていい。どちらを選んでも、道は必ず繋がるの」


 レジーナが、ぎゅっとわたしを強く抱きしめた。


「大好きよ、ミア。あなたが異世界でドレンテという人生を歩んでいたのは、あなたには生きていて欲しくて、あなたを守護する魔法をかけていたの。一つはドレンテ。二つ目はわたしとの再会。もうひとつは……発動してほしくないわ」


 お母様は、わたしをずっと守ってくれていたんだ。そのおかげでテオを守ることができた。


「お母様もテオを守ってくれたのね」

「ええ、もちろんよ。エリンギウムカッスルで、ジュリアンと共にあなたを待っているわ」


 レジーナは、わたしの頬にキスをした。


「さあ、眠りなさい。テオとは何があっても離れてはダメよ」


 わたしは再びベッドに横になった。

 目を閉じたとたんに眠気に襲われる。

 目を開けていられない。


「お母様……」


 もっとお話したかった、と意識が遠のく中、呟いた。

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