第51話 発動された守護魔法 ①



「ミア……」

「ん……?」

「ミア、目を覚まして。テオドア殿下がおいでになるわよ」


 優しい女性の声がする。

 わたしはとても眠くて布団を頭までかぶった。


「まだ、寝ていたい……」

「お昼寝はおしまいよ。あなた言っていたじゃない。テオドア殿下に会いたいって。ねえ、覚えている? 前にもそうやって駄々をこねてばかりだから、魔法の課題を与えたの。もちろん、忘れてないわよね」


 そうだ。お母様はわたしが3歳だろうが、容赦ない人だった。

 課題とは、舌っ足らずのわたしが言葉を完璧に話せるようになる呪文を暗記させることだった。

 おかげで3歳なのにぺらぺらと話せるようになったが、おかげでませた可愛げのない子どもだと侍女に笑われる始末だ。

 また、めちゃくちゃな課題を与えられたらたまらない。

 わたしはおずおずと布団から顔を出した。


「どうしてテオが来るの? 前に会ったのはいつだっけ」

「ひと月前よ。薄情な子ね」


 お母様はクスクスと笑い、わたしを布団から引っ張り出すと胸に抱きかかえた。


「可愛いわたしのミア。とうとうここまで来たのね」

「え?」


 何を言っているのだろう。


 瞬間、わたしは冷水を浴びたみたいに体が震えた。


 これは何が起きているの?

 すっかり目を覚ましたわたしは、目の前の女性を見て思わず口を開けてしまった。

 なんて、綺麗な人。


「あ、あなたは……?」

「ああ、ミア」


 女性は顔を曇らせた。

 彼女の瞳は紫色をしていた。菫のような優しい紫で、ずっと見つめていたいほど綺麗だった。


「わたしはレジーナ。あなたの母よ」


 わたしは茫然とした。


「お、お母様? まさか、わたし死んじゃったの?」


 自分とテオに何が起きたか、しっかり覚えている。

 あの石の精霊、使役のおかげで体は穴だらけになり、回復魔法も追いつかず倒れたことも理解していた。


 夢? ここはどこ? 記憶の中? 

 ベッドの上でわたしは寝ている。そして、その姿は3歳の時の姿だった。


「あの、何が……」

「大丈夫。あなたは生きているわ。これは、わたしの魔法。そして、わたしも生きているからね」


 レジーナがほほ笑んだ。

 二人とも生きている。

 それを聞いて、体から緊張がとけた。

 良かった。


 それにしても、なんて綺麗な人なんだろう。

 キャクタス国の国王から、この人を奪ったお父様ってどれだけ肝の据わった人か。

 見ていて飽きないくらい完璧な顔の母を見つめながら、再び3歳の姿で母と対話しているのは異常だと思った。


「さすが、わたしの娘。わずか3歳で察してくれるとは助かるわ。あなたとわたしがこうして対話しているということは、あなたとテオドア殿下に何かあったと言うことよ」


 やっぱり。

 わたしは、再び体が緊張した。

 思わず、母のドレスに両手でしがみついた。

 レジーナはあらあらとわたしを撫でながら、


「あなたと離れて本当にさみしかった」 


 と言った。


「もっと魔法で鍛えあげたかったのに、クスン」


 なんて言うので、そっちですか、と思わず突っ込みを入れてしまう。


「ミア、ここでの会話や記憶は無限よ。人間の作った時間という概念はないわ。でも、永遠にこの空間でお話をしているわけにはいかないの。重要なことを伝えるために、わたしはこの時を用意しておいたの」

「用意?」

「ええ」


 母はわたしの頭を撫でながら、そっと自分の胸に抱き寄せた。


「ああ、久しぶりのミアだわ」

「お母様?」

「ああ、そうね。簡潔に話さなきゃね」


 わたしの声にレジーナは我に返る。

 案外、そそっかしい人? と思っていたら。


「あなたは、テオドア殿下を絶対に死なせてはならないのです」


 と本当に簡潔に答えた。


 お母様、それはいささか直球すぎます。

 母の言葉にわたしはかなり驚いたが、逆に冷静な自分もいた。

 なるほど、このお母様なら駆け落ちするかもしれない。


「お母様、テオを守るのはわかったわ。なぜなのか、その理由を教えてくれる?」

「ええ。ええ。もちろんよ。三つのあなたが理解できるように、順を追って説明するわ」


 わたしが三つなのは、置いといていいから。

 母はゆっくりとわたしに語り始めた。

 

「キャクタス国は魔法の国で、特に貴族の人間は強力な魔法が使えたの。国の人間ほとんどが魔法が使えるわ。でも、多くの貴族たちは、それが許せなかった。法律で平民たちには魔法を使えないように決めたの。そこで、人々の記憶から魔法を使えることを消してしまった。それ以後、平民たちは奴隷としてひどい扱いを受けるようになったの。キャクタスとはそういう国よ」


 ひどい。人の記憶を操作するなんて。

 それに、平民だろうが何だろうが、皆同じ人間なのに。


「わたしはそういう差別がどうしても我慢ならなくて、父と母とメイドも連れて、ベルク家全員総出でダイアン国へ亡命した。あなたのお父様、ルイスは命がけでわたしたちを守ってくれたわ。その後、わたしの一番のお友達ドレンテが、キャクタス国のバイロン皇太子と結婚をしたの。そして、ヘンリー殿下とテオドア殿下がお生まれになったわ」


 駆け落ちの話を聞いた時、心配だったけど、亡命が成功したのなら、多くの命は助かったのだろう。

 それを聞いてほっとした。

 テオのお母さまと母はお友達だったのね。

 母は一度言葉を切った。

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