第50話 これはわたしの血
ジェニファーが、のどから搾りだすように話し出した。
話ながら涙が溢れだす。
「兄は、子供の頃から残虐な人でした。わたしは当時、祖父と父が錬金術師だったので、お城の外にある実験場で暮らしていました。母は、わたしを生んですぐ亡くなったそうです。兄とはほとんど話すことはなく、わたしはほとんど一人でした。わたしが6歳の時です。10歳だった兄が失踪したんです。父はだいぶ前に亡くなり、その後、祖父が失踪して、失踪したと同時に兄もいなくなったんです。それからでした。ゴーレという化け物が人々を襲う話を聞き始めたのは……」
怖くて、誰にも言えませんでした。
秘密を打ち明けて、ジェニファーが泣き出す。
「ジェニファー、あなたは何も悪くないのよ」
この話を誰かに言ったとしても、マシューを止めることはできなかったに違いない。
「推測でしかないが、マシューが、ゴーレをあの国に売ったんだな」
スタンリー国王の言葉は重かった。
「元はわが国から始まったことだ。俺は、兄のミハイルを尊敬していた。兄は、この国の平和を望んでいた。ゴーレについては兄からも聞いていたが、どうすることもできず、俺は、幼馴染みでもあったアーサー国王に助けを求めた」
グレイスが頷いた。
「アーサー国王もまた、言ってはならない国から圧を受けているのです。ケイン国、第3皇女アナスタシア様が、カッサス領土のジュリアン様と結婚するものもそのためです」
言ってはならない国の力はどんどん勢力を増しているのだ。
わたしは唇を噛みしめた。
どこかで歯止めをしないと、大変なことになる。
「話を戻そう。テオドア殿下の言う通り、この書き換えられた使役の書を復元するのはいい考えだと思う。君にできるのか?」
テオは頷いた。
「はい。俺は母からいろんな魔法を教わりました。復元の魔法は得意です」
「それはいい」
「テオ、わたしに何か手伝うことはない?」
「大丈夫。魔力も戻っているし、俺一人でできるよ」
部屋の中ですることはできないから、とテオが言って、わたしたちは結界内である外へ出ることにした。本が簡単に復元できるかは分からない。
マシューもヘンリー殿下も同じ魔法使いなのだから、復元のことは思いつくに違いない。
わたしは、地上に魔法陣を描いているテオを見つめながら、何事も起きないことを祈った。
ジェイクも同じことを考えているのだろう、魔法で杖を取り出して構える姿勢を取った。
「万が一、何が起きても助けるからな」
「ありがとう。ジェイク」
テオが笑いかけた。
わたしは大きく深呼吸をした。
魔法陣を描き終えたテオが、アメリアの本、もとい、使役の書いた聖歌を魔法陣の中央にぼうと浮かせた。
一歩下がり、手をかざして呪文を唱え始めた。テオのまわりにエネルギーが渦巻いている。エネルギーの色は薄紫色だ。魔法陣を囲むようにエネルギーが一文字ずつ入りこんでいく。
取り込まれたエネルギーが一斉に光はじめた。
「うまくいって、お願い」
わたしは手を合わせて見守っていた。
使役の聖歌の表紙が開かれる。
呪文が本を包み込んだ。使役の聖歌は開かれたまま宙を浮いている。すると、灰色の手のひらが形作られ、突然、石の精霊が現れた。
下半身を布で覆い筋骨隆々の八頭身の男性の精霊が、左手に使役の本を持ち、右手には鋭い石の矢じりを持っていた。
みんなが呆気にとられたのは一瞬で、わたしは瞬間移動を使い、テオに抱きついた。
「ミアッ」
誰の叫び声かわからなかった。
テオとわたしの体を矢じりが貫く。
精霊が持っている石だけならまだしも、どこから現れたのか、明らかに殺意を持った尖った無数の石たちが、テオに向かって一斉に襲ってきた。
痛みどころの感覚ではない。
わたしはテオを守るために必死で抱きつき、防御魔法を使った。
額とおへその下の石がすごいパワーを放ち、命を懸けてテオを守った。
体が貫かれるたびに傷を癒す魔法で治していったが、攻撃がやまない。
わたしも意識が朦朧としてきた。
この攻撃はいつ終わるの?
わたしは顔を上げて精霊を見た。
精霊は無表情で本を持ったまま、ずっとテオへの攻撃をやめようとしない。わたしは手を伸ばし、テオを背中にかばった。
この精霊は本を書いた使役なのだ、とふと思った。
ルカ錬金術師は、この本に何かしらの攻撃を仕掛けていた。
復元をする者が現れたら、抹殺するようにしていたのね。
精霊のほうに体を向けてテオをかばうと、ジェイクが防御魔法でテオを魔法陣の外へと連れ出したのが分かった。テオがぐったりと倒れこむ。
テオは絶対に死なせないっ。
テオは死んだわけじゃないっ。
自分に言い聞かせ歯を食いしばり、精霊と向き合った。石の精霊は、突然、攻撃をやめるとわたしの両肩をつかんだ。
殺される!
思わずぎゅっと目を閉じると、精霊の体がぐずぐずと崩れて粉になった。
風が吹いて、粉になった精霊は消えていった。
わたしは膝ががくんと折れ、そのまま地面にばったり倒れこんだ。
地面に血が流れだし、あ、これはわたしの血なんだな、と思って目を閉じた。
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