第44話 番外編1 グレイスの憂鬱 前編
グレイス・マクレーンは少々落ち込んでいた。彼女の頭の中は常にアナスタシア王女のことで、本当はおそばで仕えたいという気持ちでいっぱいだった。
ジニア国、第1皇子のウォルター殿下を捕らえて来るようケイン国王に命じられ、さらには、カッサス領のミカエラ・オブ・リンジーも探すよう命じられた。
しかし、運良く二人を同時に見つけるという幸運に見舞われたのに、なぜか、まだ、ジニア国に足止めをくらっている。
「はあ……」
珍しくため息が漏れた。
すると、護身術を教え込んだアティカスという少年が、何か悩みでも? と話かけてきた。
護身術を学びたいという人たちの中の経験者で、彼は呑み込みが早かった。
まだ、15歳の少年だが、この子には素質がある。基礎訓練と防御のイロハをその少年に叩き込んだ。
そして、一日も早くジニアを出発しよう、とグレイスは密かに目論んでいた。
次からはあなたに頼んだわ、と強引に押し付けた相手、アティカスは人懐っこい笑顔で言った。
「もしかして、ホームシックですかぁ? やっぱり恋人に会いたいんでしょ」
全くの検討違いだが、ため息の理由を教えるわけがない。
「ちょっと疲れたの」
「ご謙遜を。グレイスさんはかなりの手練れですよ」
「あら、そういうあなたもね。若いのに素質があるわ」
お世辞でもなく、彼はかなりできる。
「俺の生まれた村自体がそういう村なんですよ。それで食べていってるんで」
確かにそんな村があってもおかしくない。おそらく、兵士候補生や騎士など、需要が多いのだろう(深くは聞かないけど)。
要塞に戻り、みんなと解散して(テオドア殿下は心配ないとして)、ミアの様子を見に行こうと地下牢へ行った(なぜこんな場所にいるのか分からないが)。
首を傾げつつ地下へ下りると、グレイスは眉を潜めた。
みんなで本を探しているのはわかるのだが、なぜか、地下が草だらけになっている(これでは湿気で黴が増えるわ)。
「何をしているのですか?」
グレイスは、アナスタシアのお世話が長いため、感情を荒立てず優しく話しかける術を身に付けていた(本人談)。
すると、ミカエラがのんびりと顔を上げた。
この少女は、アナスタシアには劣るが、珍しい瞳と珍しい髪色のすこぶる綺麗な顔立ちをしているとグレイスは認めている。
「あ、グレイス」
「これは何事ですか?」
「浄化の魔法でこうなったの。すごいのよ、みんな優秀なの」
「そのようですね」
グレイスは否定はしない。
「アメリア姫の本は見つかりましたか? 見たところ、皆さんがそれぞれ魔法の指南書を読んでいるようですが」
「アメリアの本はなくって。あ、でも、ウォルター殿下は、大量の魔術の本を集めていたみたい。みんな、自分の魔法で見つけたの」
「では、魔法の指南も大丈夫そうですね」
「え?」
ミアが首を傾げる。
小動物のような仕草が愛らしいが、ここで甘くしてはいけない。
「ミカエラ様、時は迫っているのです。アナスタシア様は18歳になられました。あなたのお兄様、ジュリアン様の元へ嫁がれます」
「それなんだけど、どうしてお兄さんと王女様が結婚なさるの?」
「答えは単純なんですよ。言ってはならない国は、我がケイン国を手中に治めたいんです。彼らはどんどん勢力を伸ばしてきている。ケイン国とカッサス領に同盟を結ばせるのが目的です。カッサス領土は言ってはならない国の領土ですから」
説明すると、ミアは、へえ~、そうだったんだ、と感心したように言った。
「でも、なぜ、大国であるケイン国は断らなかったの?」
「ケイン国といえど、言ってはならない国には及びません。王女を嫁がせろと言われたら、その通りにするしかないんです」
「そんな……」
ミアの顔が心配そうに曇る。
そうそう、だから早くここを出発するのです、と心の中で思った。
「さあ、本の捜索はここまでにして、昼食に行きましょう」
グレイスは、彼女にしては珍しくミアを急かした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます