第41話 忙しい一日



 ここはどこなの? 何が起きたの?

 テオはどこに行ったの?


 わたしはパニックになっていた。

 額を押さえると宝石がない。お腹の下の宝石もなかった。

 ここはジニアではないの? 


「ミアの好きなパンケーキだ。顔を洗ったら、食べに来なさい」


 マエストーソが部屋を出ていく。

 わたしは混乱する頭のまま、立ち上がって部屋にある鏡を見た。

 見知らぬ少女が鏡に写っている。よく見ると、マエストーソに似ていた。

 嘘でしょ。転生してるの? 訳がわからない。

 待って待って。冷静にならなきゃ。


 深呼吸をする。

 その時、鏡台の上に手紙があった。


『ミアヘ。あなたに頼まれた本を買っておいたわ。二冊だったわね。ママより』


 ママ? マエストーソの話からしたら、ドレンテはわたしの母親になっている。

 いや、違う。

 この少女の母親だ。

 この子は、わたしと同じミアって言う名前。


「本?」


 手紙の隣に本が二冊置いてあった。

 本の表紙には見覚えがあった。アメリアの聖歌の本だ。

 慌てて手に持って中身を確認する。

 やっぱり、同じだ。

 どういうこと? 

 なぜ、ドレンテがこれを持っているの? 


 気がつけば息を止めていた。

 これは夢? 現実?

 待って、何が起こっているの?


 その時、コンコンと部屋をノックをする音がしてドアが開くと、懐かしい顔が現れた。

 以前のわたし。ドレンテだ。

 彼女もまた、少し年を取っていた。


「ドレンテ……」

「マエストーソの言った通りね。また、小説の中に入り込んでいるみたいね」

「え?」

「本は気に入った? それでいいんでしょ」


 わたしが持っている本を見て、ドレンテがたずねた。

 わたしは、何も言えずただ頷いた。


「熱でもあるの?」

「大丈夫……」

「変な子ね。でも、救世主のピンチなんでしょ。急いで探してって言うから、母さん、あちこちの本屋さん探したんだから。ほら、いつもの隠し場所に入れておくんでしょ」

「隠し場所?」

「そうよ」


 ドレンテがクスクス笑う。


「隠し場所、お母さん知っているの?」

「知らないわよ。いいから、早く食べに来なさい。片付かないのよ」

「うん……」


 ドレンテが無事だった。

 じゃあ、ドレンテだった記憶を持った中身だけがミアになった。

 ああ、ダメ。

 もう、考えられない。

 でもここでは、アメリアの本が存在している。


 もう一冊はなんだろう。

 わたしは二冊目を手に取った。

 ドキドキしながら、ページを開く。


「魔法の指南書だわ……。これがあればみんなに魔法を教えられる」


 ミアが、わざわざ用意してくれたとしか思えなかった。

 わたしたちの世界では現実でも、この世界では物語なんだわ。


 隠し場所があるって言っていた。

 わたしがミアなら、どこに隠すだろう。

 いや、それよりも戻らないと。

 ここにいるわけにはいかない。

 わたしは二冊の本を抱き締めた。

 これをもらっていいのかしら。

 これを持って元の世界へ戻る。

 これが夢なら、もう一度眠るしかないと思った。

 ベッドで横になる。

 でも、頭が冴えて眠れなかった。

 けど、ここにいられない。みんな、わたしを待っているはず。


「ミアーっ。早く食べに来なさいっ」


 ドレンテの声がしている。

 わたしは無理やり目を閉じた。

 そうだ、魔法をかけよう。

 眠る魔法。



――英知の力よ あなたは甦る 全てを包み込みながら。


 眠る魔法の呪文を唱えたつもりだったが、自然と聖歌が出てきた。

 聖歌には温もりが感じられる。


「ありがとう、ミア」


 わたしは呟いた。


――ミア…。

――ミアっ。目を覚ませっ。

「呼んでる……」


 その声がドレンテだったのか。

 それとも、テオの声なのかわからない。


 テオに会いたい。

 顏が見たかった。

 テオの事を思い出すだけで体が熱くなり泣きそうになる。

 早く彼の元へ戻らなきゃ。






「ミアっ」


 目を覚ますと、まわりにたくさんの人がいて、わたしの顔を覗き込んでいた。


「戻った……」

「寝坊するなんて、珍しいね」


 ソフィーが呆れた顔でいる。隣にはトマスがいる。


「よほど、いい夢を見たのさ。目覚めたくないってね」


 冗談を言うトマスの横にはテオがいた。

 テオが、大丈夫か? とわたしの体を起こしながら言った。


「テオっ、わたし、本を見つけたのっ。ほら!」


 わたしはみんなに本を見せた。

 手には何も持っていなかった。


「本なんてどこにもありませんよ」


 グレイスは冷静だ。


「そんなはずは……」


 わざわざあんな夢を見るはずがない。

 

「夢だったのかもしれないけど、でも、夢じゃないのっ。夢の中でわたしが本を探してくれたの」

「…おかしな夢を見たんですね」

「グレイス、この要塞に必ずある。アメリアの本と魔法の指南書が。わたしは持って帰ったの」

「……救世主の言うことは信じましょう」


 グレイスが頷いた。


「では、皆さん、今日も忙しい一日になりますね」


 グレイスが言うと、本当にそうなるような予感がしてきた。


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