第39話 ただ、源へ還る
ゴーレのために手をあわせて祈りを込める。
額の石よ、このゴーレの声を聞き入れて。
自然と覚えていた聖歌を口ずさんでいた。
「荒れ狂う狼の中に遣わす
額の石が熱くなってくる。
暗闇の中を白い光が輝き始めた。
「その者たちは彼の栄光を拒み その者たちの手に従属するまで 光に出会えない」
「……なにか違う?」
テオの呟く声がしたが、白い光はどんどん大きくなり結界の外にまで届いた。
ゴーレが光に包まれる。
光がやんだとき、ゴーレの姿が消えていた。
わたしは呆然とそれを見ていた。
「消滅魔法……」
アメリアが、手のひらから光を出してゴーレを消滅させていた魔法だ。
「どうして?」
「ミア」
そんなつもり全然なかったのに。
でも、それは言い訳にしかならない。
胸が痛かった。さっきまで話をしていた男の子が消えてしまった。
わたしがやったの?
足の力が抜けてわたしはへなへなと地面に膝をついた。
「ミア」
テオの声に顔を上げた。
わたしはどんな顔をしていたのだろう、首を振っていた。
テオがしゃがんでわたしの顔を見ている。
わたしは首を振った。
「テオ、ゴーレを消すつもりなんてなかったの…」
「わかってるよ。大丈夫だから」
テオが優しく肩を撫でてくれる。
そして、テオはそのまま小さく息を吐いて、わたしに囁くように話し出した。
「少しだけ俺の話をさせてくれ。俺が生まれた国はこの世界の理を多く知っている。母上から俺は多くの真実を教わってきた。その真実のひとつに、肉体は滅びても、存在した魂は皆ひとつの源に還る、とある。あのゴーレは自分で望み、源に還った。源は生まれてくる前の場所で、俺たちはここに体験するために生まれてきたんだ」
「体験、するため?」
「そうだ。正しいことも悪いことも関係ない。したいかしたくないか、なんだ。体験するためにここにいる。その者は望んだんだ」
「じゃあ、わたしがもし、救世主をやめたいって、こんな体験は望んでいないって思えば、それが終わるの?」
「終わる。本心なら」
クロエが望んだとき、石はポロリと落ちた。
彼女は望んだから、だ。
でも、わたしの石はまだここにある。
「ミアはゴーレを見て怖いと感じないのだろう?」
「感じないわ。同じ人間だもの」
「他の人は違う。さっき、ミアと同期していた間だけ感じた。確かに言葉を話す男の子に感じた。でも、あれは黒い化け物なんだ。見た目は人を殺す兵器に見える」
「テオもそう思うの?」
「俺は、母上やいろんな人間をゴーレに八つ裂きにされた人たちを見てきた。あの鉤爪は人を襲うために作られたとしか思えない。ミア、立って」
テオがわたしを立たせて、スカートについた土埃を払ってくれた。そして、涙で濡れた頬を優しく拭ってくれると、テオが微笑んだ。
「あのゴーレの気持ちはわからないけど、ミアはそれを叶えた。俺は、ゴーレが消えたからってミアを憎んだり嫌いになったりはしない。辛くて生きるのがしんどいって言うなら、俺が変わってあげたいけど、俺にできるのはそばにいることくらいしか思い付かない。これから、ミアのために何ができるか探っていくよ」
「テオにも人生があるわ……」
ふっと口に出てきた言葉だった。
「未来は何も決まっていない。真実は知らないことばかりで、ほとんど闇に葬られている。母上が教えてくれた真実もそれが真実か確証はない。でも、俺たちが生きて体験しなきゃそれは全部わからないままなんだ。感じる事が生きている証のような気もする」
「……仲がよくて羨ましいですね」
二人きりで話していたわたしたちは、あまりに驚いて飛び上がった。
グレイスが少し怒った顔で、腰に手を当てて仁王立ちになっていた。
「こちらで大きな白い光が見えたので、みんなで来てみたらあなたたちでしたか」
「グレイス、怒ってる?」
「心配していた、と言ってほしいですね」
怒っているようだ。
「ごめんなさい」
わたしが謝ると、グレイスはテオをにらんだ。
「レディと二人きりになるなんて」
「悪かったよ」
「グレイス、ゴーレがいたのよ」
わたしがこれ以上、グレイスを怒らせまいと思って言うと、グレイスの目がキリリと上がった。
「その話、詳しく聞かせてもらいましょう」
美しい人が口だけで笑うと、怖い、と初めて感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます