第38話 ゴーレの言葉



 テオが、足元を魔法で照らしながら暗闇の中、南に向かった。

 ジニア国王の城は南の方角だと言っていたからだ。

 南側の結界を担当したのはジェイクだ。


「ジェイクはわかっていたかも。どう思う? テオ」

「グレイスの言う通り、何か対策はしているだろうけど」


 わたしは結界に近づいて違和感を感じた。


「どうした? ミア」


 少し後ろに下がり、全体を目を凝らして見る。結界の色が微妙に違う。

 南側のおそらくジェイクがかけた結界だけ、ほとんどわからないほど乳白色がついているのだ。

 その部分に手を向けてようく感じてみる。


遮蔽しゃへいの呪文がかかっているわ」

「俺には見えない」


 テオも同じように手をかざして確認したが、見えないようだった。

 わたしはテオのそばに寄って、彼の手の甲にわたしの手のひらを当てた。

 テオが驚いて少し体を引いたが、あっと声を出した。


「見えた。そうか、これはもし呪文が解かれても、結界は解かれていないようになっているのか」

「ええ。外側から結界は破れたように見えないのね」

「でも、それでは隠すだけしか効果はないんじゃないかな」

「遮蔽したあとにまだ、何か発動するようにしているのかな」


 とにかく、ジェイクは何かやろうとしているようだった。

 わたしはテオに伝えたい一心でずっと手を重ねたままでいた。

 テオの手が離れて我に返った。


「ご、ごめんなさいっ」

「何で謝るんだよ」


 テオが笑う。

 わたしばかり恥ずかしい。

 ジェイクの魔法についてもっと調べようと思ったら、暗闇の向こうで赤い目が光ったのが見えた。


「テオ……」

「ああ」


 テオにも見えていた。

 一体いったいのゴーレが結界の向こうでこちらを見ていた。



 どうしてこんなところにゴーレがいるのだろう。

 わたしたちは結界ギリギリの場所まで来ていたので、要塞までは距離があった。

 もし、わたしたちがいなくなったのに誰かが気づいたとしても、ここの場所を見つけることはできないと思う。

 

 ゴーレは不気味なほどおとなしかった。

 その時、ゴーレが立ち上がり結界の近くへやって来た。

 テオがかばうようにわたしの前に立った。

 ゴーレが近づいてくると声が聞こえてきた。

 すぐにこのゴーレが話しかけてきたのだとわかった。


――中に入れてくれないかな。寒くて、頭が痛いんだ。

「……っ」


 わたしは悲鳴にならない声をあげそうになり、口を押さえた。

 男の子の声だった。


「どうした、ミアっ」


 テオがわたしの肩をつかんだ。

 わたしは震えながら首を横に振った。


「わ、わからない。ゴーレが中に入れてって頼んでるの」

「なんだって……?」

――鳥になる夢を見たんだ。目を覚ましたらここにいて、でも、中に入れなくて。寒いしお腹が空いた。きみは魔法使いなんだろ。わかるよ。だって、額にきれいな飾りがついてる。キラキラしてる。

「テオっ」


 わたしはテオにしがみついた。テオはわたしをギュッと強く抱き締めた。すると、お腹の下の宝石が熱くなった。


「俺にもゴーレの声が聞こえる。ゴーレに話しかけてみてくれ」


 わたしは声が震えないよう、普通の口調で話しかけた。


「あ、あなたはどこから来たの?」


 ゴーレは考えるように首を傾げた。


――わからない。覚えていない。

「名前はわかる?」


 ゴーレはまた首を振った。目が赤く光り、口を開けて、急に息が荒くなった。


――眠ってたんだよっ。母さんが早く寝ろって言ったから、妹と弟を寝かしつけて。ちょっと外に出て星を見ようと思った。でも、空は真っ暗だった。翼の音がしてた。こんな夜中に鳥が飛ぶはずはない。ベッドで眠ろうと思って、目が覚めたらここにいた。


 すると、ゴーレの男の子がイライラしたように羽を広げた。


――気分が悪い。早く中に入れろっ。嫌だ、頭に何かいるっ。


 ゴーレが鉤爪を空中に向けて、引っ掻くような仕草を始めた。


「何が起きたの?」

「わからない。けど、まだ、完全にゴーレにはなっていなんじゃないだろうか」


――助けてっ。誰かが頭の中で叫んでいるんだ。誰かをいじめてるっ。助けにいかなきゃ。

「どういうこと? 待ってっ」


 ゴーレがくるっと体をひねり、暗闇の方へ向かおうとした。

 明らかに混乱しているように見えた。


――嫌だっ。何かが頭にいる。黒いモヤモヤが胸に囁いている。忘れろ、全部忘れて自由になれって。


 ゴーレが羽を広げて飛んだ。

 まだ、低空飛行のため、土埃があたりを舞った。


――鳥だ。やっぱり鳥になっている。きみの額に触れたい。それが、僕を助けてくれる気がする。

「どうしたらいいの?」

「ミア、ダメだ」

「でも、テオ、この子はまだ、ゴーレじゃない。助けてあげたい」

「やり方がわからない」


 こうしている間に、もしかしたら、いろんな場所でゴーレになっている人がいるのかもしれない。

 でも、アメリアたちが戻るまでここを離れることはできない。


「この子を中へ入れましょう」

「ミア、それはできない」

「テオ……」


 テオの言うことは最もだった。

 ゴーレは飛び上がった。そして、結界に向かってぶつかってきた。


――中に入れろっ。


 結界はびくともしなかった。しかし、ゴーレの体が傷ついた。

 ゴーレは何度も何度も突撃して、やがて飛ぶのをやめて地上に降りた。

 また、こちらを見つめている。


――きみたちも迷子なんだね。

「え?」

――こんな夜に出歩いたらダメだよ。危ないよ。僕のようになるよ。ねえ、額のキラキラ。お星さまみたいだ。もっと光らない?

「これ?」


 わたしは額の宝石を指差した。


――うん。頼むよ。中に入れてもらえなくても、そのお星さまでいいよ。

「それならできるかも。やってみる」


 わたしは、ゴーレの願いを叶えてあげたいと思った。

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