第37話 ちょっと気になること




 食べ物を探しに行った一行いっこうは、暗くなる前に戻ってきた。


 狩りでは、鹿と野うさぎを仕留めることができ、野草とハーブもたくさん収穫していた。


 ソフィーがそれらを調理すると言うので、半分以上の女性が子どもたちを連れて厨房に行った。

 狩りから戻った男性たちは、今日はみんなで火を囲んで食事にしないか、と提案した。


 夜になり、外へ出てみる。

 風は心地よく空にはたくさんの星たちがキラキラ輝いていた。

 みんな久しぶりの食事をかがり火を囲んで食べ始めた。


 アプリコットのジャムで煮込んだ野ウサギ、オニオンスープ、オリーブ油とニンニクのパスタ、ターニップ(かぶ)と鹿肉のシチュー、コリアンダーとオニオンのサラダ。

 そして、少しだけ要塞にあったお酒でみんなで乾杯をした。

 ご馳走を味わいながら、みんな、すごく嬉しそうだった。

 

「この辺りは、ほとんど手つかずだったから、野草や動物も多いようだ。用心しながら、狩りに出れば何とかなるかもしれない」


 狩りに出た人たちが話をしている。

 女性たちも打ち解けて話しをしたり、眠そうにしている人もいたりとリラックスしているようだった。


 わたしは輪の中にいながら、ぼんやりと眺めていた。

 異世界から呼ばれ、ドレンテという少女からミアという女の子に変わってから12年。

 かがり火を見ていると、ふっと懐かしさを感じた。

 マエストーソとフォークダンスを踊ったあの日がよみがえり、思わず笑みがこぼれた。


 幸せだった。

 毎日、好きなことをして、歌をうたったり、1日中本を読んだり、お母さんと料理を作ったり。平凡な日常が幸せだった。


 どうやったら、みんながあんな風に生きていけるだろうか、と思う。

 たぶん、今みたいな時間が幸せのような気がした。


「ねえ」


 ぼんやりしていたら、隣に同じ年くらいの少年が座っていた。

 少年は、わたしの瞳と額をじっと見ていた。


「それ、本物だよね」

「ええ」

「ゴーレだった人間を戻したって本当?」

「ええと、あなたは……」

「俺は、ジニアにずっと住んでいるアティカスって言うんだ。あのウォルター皇太子をここから追い出してくれてありがとう。本当に感謝してる」

「あなたもゴーレになっていたの?」

「わからない。覚えてないし。気づいたら俺だけここにいた」

「ご家族は?」

「ここにはいないことは確かだよ」


 淡々と語ってはいるが、不安な気持ちは伝わってきた。

 これまでも孤児となった人をたくさん見てきた。かける言葉は見つからない。それぞれが傷ついているからだ。


「君にお礼が言いたかったんだ。ありがとう。あとさ、テオとはどこで知り合ったの? 恋人なんだよね」

「え?」


 急に話が変わってびっくりする。

 心構えもしていなかったので、答えられず顔が熱くなった。

 恥ずかしくてうつむくとアティカスは笑った。


「やっぱりね。みんなが聞きたがっていたんだよ。二人はたぶん恋人同士だろうってね。俺が広めといてやるよ。その方がスッキリするし。はっきりさせといた方が期待しなくてすむから」


 アティカスはそれだけ言うと、さっと立って行ってしまった。

 はあ、とわたしは大きく息を吐く。

 顔が熱い。

 テオのことを意識しすぎだ。自然でいたいのに。


 深く考えないようにして、持っていたお水を飲んだ。

 アメリアが出発してまだ1日しかたっていない。気を引き締めないと。

 まわりを見ると、話し合いをしているグループも見られた。

 要塞にはテントがたくさんあったので、各自に渡してあり、これからの生活をどうしていくか計画を立てていこう、という話し合いもしていた。


 わたしとテオとグレイスは、いずれここを離れなくてはいけない。

 グレイスは何も言わないが、早くアナスタシア王女に会わせたがっているように思えた。


「ミア」


 テオがやって来て、隣に座った。


「食べたのか?」

「うん」

「さっき、誰かと話していたけど」

「えっ? あ、あの、彼はウォルター殿下を追い出してくれてありがとうって、言ってたの」

「そうか。苦しめられた人たちはたくさんいるもんな」


 テオがそばにいるだけで緊張してきた。

 かがり火のおかげで、赤くなった顔はばれないはず。


「ミア、ちょっと気になったことがあるんだけど」

「な、なに?」

「ジェイクたちは、結界を張ったあとにここを出発しただろ。一度、出てしまったら中に入れないって言ったよな」

「……言っていたわ」


 迂闊だった。確かにそうだ。

 ということは、アメリアたちが帰って来たとき困るのではないか。

 テオは、みんなと話をしているグレイスを呼んだ。

 結界の話をすると、意外にもグレイスは、あの方たちならそれも計算の上で出かけたのではないですか? とさほど心配していないようだった。


 確かに二人ならしっかりしているから大丈夫かもしれない。

 でも、なんとなく気になったので、わたしとテオの二人で、結界の端まで確認しに行くことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る