第36話 テオとミアの提案



 要塞の塔はドームのようになっていて、そこに残っている人たちがみんな集められた。

 ゴーレから人間に戻った人もあわせると、100人弱はいた。

 兵士たちはウォルターと一緒にジニアに連行されたため、ほとんどが平民だった。

 アメリアもジェイクもおらず、みんな不安そうな顔をしている。

 テオがその人たちの前に立ち、お辞儀をした。


「皆さん、聞いてください。俺は、テオドア・ローゼンと言います。アメリア姫が不在の間、この要塞のことを任されました。俺のことを知らなくて不安があると思いますが、今、何が起きているかを話します」


 テオは、アメリアたちがジニア国王に、みんながここで暮らせるよう掛け合いに行ったこと、半分以上の人がゴーレにされていて人間に戻ったこと、そして、この要塞には食糧がないこと、この要塞には結界が張られ、敵が襲ってくる可能性があること、などを説明した。


 当然、みんな口々に不満や不安の声が聞こえた。

 みんなを説得するのは大変だと思う。けれど、みんなで協力しなければ生き残れない。

 テオは、隣にいるわたしを呼んだ。


「彼女は、ミカエラ・オブ・リンジー。救世主の証を持っている」


 みんながわたしを見て、ホッとしたような心配そうな複雑な顔をした。


「でも、ミアは一人しかいない。救世主だけど、全てを守るには限界がある。彼女はまだ幼く救世主の力も未知だ。だから、俺たちは彼女に守ってもらうんじゃなくて、みんなで支えあう、そんなコミュニティを作っていきたいと思うんだ」


 ドームの中で人々がざわめいた。

 テオは続けて言った。


「俺は、アメリア姫から頼まれて、ミアと一緒に考えた。勝手な意見と思うかもしれない。けれど、頼まれた以上、みんなのことを思って考えたから、少しだけ聞いて欲しい。納得がいかなければ、ぜひ、声を上げてほしい」


 テオの話をみんなは何も言わず聞いていた。


「ありがとう。アメリア姫はきっと朗報を持って帰ってきてくれる。そうなると、みんなはここで生活を始める。でも、俺たちの考えは、ここでは、今までとは違う考え方で生活ができたらと思ったんだ。国王とか領主とか貴族、上下関係を作れば、そこで派閥や争いが起きる。だから、長を作らず、個人のコミュニティを作る」


 テオがそこまで話すと、みんなが驚いてガヤガヤしだした。


「今、ここにいる人たちには家族がいますか?」

 

 テオが訊ねると、手をあげる人は少なかった。

 みんな、家族を失い、違う場所から集まってきた人たちばかりだった。


「おそらく俺たちは、隣にいる人のことすら詳しく知らない。俺も、母親は亡くなり、家族はここにはいない。ミアも三歳から家族と離ればなれだ。だから、ここにいる子どもたち全員、前に出てきて欲しい」


 そう言うと、幼い子から十六歳くらいの子達が出てきた。


「子どもたちを中心にして、彼らを育てる家族のようなグループを作る。ここでは、大人が命令するのではなく教える立場になって、子どもたちを守るコミュニティにしたらどうかと思ったんだ。長を作れば、誰が一番偉いかを選ぶことから始めなければいけない。でも、今はそんなことをしている暇はない。食べ物から集めないと、何もない状態だ。この要塞は結界が張ってあるから大丈夫だけど、空を旋回するゴーレは、人間の恐怖に反応するようになっている。争いや恐怖、怒り苦しみが強いとゴーレは襲ってくる」


 みんな、どうすればいいかまだわからないといった雰囲気ではあったが、一人、一人と子どもを中心に動き始めた。

 一人の男性が声をあげた。


「あまり、大人数ではない方がよさそうだな。1グループ五、六人はどうだ?」

「そうだな。まず、試しにみんな、分かれてみよう」


 もう一人別の男性が声を出す。

 年齢も性別も、みんな顔を見ながら、相談しあって動いていた。


「何かしていないと、おかしくなりそうだしな。うまくいかなきゃ、また、別の方法をみんなで考えようや」


 少し年配の男性が言う。


「ありがとう、みんな」


 テオがもう一度頭を下げると、もう、頭を下げるのはやめな、と声があった。


「みんな、同じ境遇なんだ。あんたは貴族のようだが、そんなに頭を下げる必要はないよ」

「はい」

「面白そうな提案だ。誰だって、偉そうにされたら気分が悪い。みんなで、力をあわせて乗り越えようや」

「では、グループの中から何名か、俺と一緒に外へ食糧を探しに行ってもらいたいです。後はミアとグレイスに任せる」


 突然、話を振られ、グレイスは一瞬、キョトンとしたが、すぐに頷いた。


「わたしは軍人です。料理はできませんが、護身術なら教えられます」


 綺麗な顔で真面目に言うと、女性たちがクスクス笑った。


「全員で料理を習う必要はないね。グレイスさんに教わりたい人だけ、習ったんでいいんじゃない?」


 若い女性が言った。

 

「わたしは魔法を教えることができます」


 わたしが言うと、みんなは困惑したように首を振った。


「でも、あたしら魔法使いじゃないんだよ」


 わたしは、この世界の真実について説明した。みんな、信じられない顔でいたが、魔法に興味のある人の顔は輝いていた。


「じゃあ、もしかしたら、あたしらにも魔法使いがいるのかも知れないんだね」

「試してみないとわかりませんが」

「あたしは一度、魔法とやらをやってみたかった」


 女性や子供たちの中にも、やりたい、という声があった。


「アメリアが戻ってくるまでに、できることをみんなでやっていこう」


 テオの言葉にみんなが頷いてくれた。



※※※※※※



「面白いことを思い付きましたね」


 グレイスが、要塞の中を点検し、グループごとに休める場所を振り分けながらわたしに言った。


「ずっと感じていたのだけど、アメリアがしんどそうに見えたの」

「え?」

「三歳からアメリアのそばで戦いを見てきた。みんな、アメリアに頼って指示をもらって、ゴーレを倒すのはアメリアの役割で。わたしも頼ってばかりだった。でも、時々、アメリアは胸を押さえていた。胸が痛いんだ、辛いのかも知れないって思った。また、あの時のような負担をアメリアにさせたくない」


 旅をしていた時のことを思い出す。

 アメリアの辛そうな横顔、いつでも笑顔だったわけじゃない。


「アメリアをこの要塞の長にすれば、同じことの繰り返しになる。みんなが頼り始める。彼女が、わたしに石を託したのはそれもあったんだと思う。でも、わたしは指導者に向いていないから」


 アメリアのようにはできない。

 わたしはポツリと呟いた。


「アメリアの口から直接聞いたわけじゃないけど。勝手にそう思ったの」


 グレイスはわたしのそばに立つと、肩にそっと触れた。


「あなたは、人の上に立つ方です。立派ですよ。ミカエラ様」

「人の上に立つ……。グレイス、わたしは立ちたくない。手を繋いで、みんなと笑いあえる人になりたいの」


 グレイスは何も言わなかった。

 彼女は、アナスタシア王女のためなら何でもすると言っていたから、彼女の信念はわたしとは違うのかもしれなかった。


「とにかくやってみましょう。これだけの人数をまとめるのは骨が折れると思います。この社会には悪人も善人もいますが」

「善悪を決めることは誰にもできない」


 一人一人考え方が違う。

 でも、それを受け入れるとずっと楽になれる。


 言ってはならない国で、どんな政策が行われているのかわからないけど、ウォルターがやろうとした第二のジニアを二度とつくるわけにはいかなかった。

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