第34話 結界を張る



「どうしたの? 何が起きたの?」


 出発の準備をしていたアメリアとジェイクが井戸のまわりに集まって来ていた。

 生き絶えたゴーレを見て、胸が締め付けられる。

 わたしたちは無事だった。でも、このゴーレは、何かの犠牲になった。

 姿形がゴーレであるために、男性か女性かもわからない。


「ミアっ」


 アメリアに名前を呼ばれてハッとした。


「感情的になってはいけないわ」

「ねえ、アメリア、どうしてマシューは、ゴーレを魔物のような姿にしたのかな」

「え?」

「ゴーレが少しでも人の姿をしていたら、みんな一瞬でも考えると思う。でも、魔物のような見かけだから恐れている。そして、ゴーレのことを何も知らない。力を持っている人が助けてくれるって信じてきた」

「どういうこと? 意味がわからないわ」


 アメリアが怪訝な顔をした。


「ヘンリー皇太子がわたしに言ったの。力のあるものは真実を知るべきだ。真実を知れば、その者は力を発揮する、と」

「ヘンリーがそんなことを言ったのか」


 テオが驚いて言った。わたしは頷いた。


「あの時は、あなたがゴーレにされていてわたしも冷静じゃなかった。けど、真実を知れば、その者は力を発揮する、わたしに秘めた力をもっと見せてくれって言ったの」

「それは、つまりだ」


 ジェイクも何か思いながら頷いて言った。


「俺も疑問に思っていたんだ。魔法が使える人間と使えない人間。瞳の色、みんなそれぞれ違うが、今の話でわかったよ。みんな、真実を知らずに生きている。つまり、真実を知って目覚めることができたら、魔法を使える人間もいるってことだ」


 わたしは頷いた。

 みんな、忙しいことを理由にやれないことがたくさんある。

 真実を知らされず、ただ、忙しい日々を過ごしている。


「マシューも似たようなことを言っていたな。俺が何も知らないから、だって」

「テオのお母様は、カッサスヘ逃げようと考えていたのじゃないかしら。あの口にしてはいけない国で何か恐ろしいことが行われている」


 その時、


「みなさん、これくらいにしましょう。ゴーレをこのままにしておけないし、アメリア様たちは出発するべきです。そして、この要塞に結界を張らなくてはなりません」


 わたしたちは、グレイスの声でハッとした。


「そうね。グレイスの言う通りね」


 アメリアが冷静に言った。


「グレイスは魔法を使えるの?」

「いいえ。わたしは魔法を使いたいと思わないんです。わたしの使命は、アナスタシア様を守ることですが、自分の力を信じているんです」


 グレイスの強い意志が伝わり、わたしは改めて理解した。自分の気持ちを信じることが、進むべき道なんだと。


「よし、ゴーレを埋葬する。そして結界を張ろう」


 ジェイクが同調して、みんなの力で結界を張ることにした。


「広範囲になるな」


 魔法に長けているのは、やはりジェイクだ。彼は地図を作成するときの用法を使って範囲を確認した。

 みんなが要塞の中央に集まった。

 東西南北に魔法が使える人間を配置、それから、結界を張るということにした。

 ちょうど、魔法使いは四人。

 アメリア、ジェイク、わたし、テオ。

 すると、ジェイクがちょっと待てと止めた。


「もう一人魔法が使える者はいないかな。ミアを真ん中にして、エネルギーを分けてもらいながら四人が結界を張る」


 ジェイクが目を動かすと、トマスとソフィーはぶるぶると首を横に振った。


「もし、あたしらに魔法使いの素質があったとしても、今日は無理っ」


 トマスも自信がなさそうだった。

 グレイスは、自分の目で警戒したいからと断り、魔法使いの候補は見つかりそうになかった。すると、端に座って眺めていたクロエが近寄ってきた。


「わたしがやってもいいわよ」


 クロエは、ジェイクの顔を見た。


「あなたたちの噂は耳にしたことがあるわ。アメリアとジェイク魔道師、たくさんの難民を助けてくれた。本当の救世主はあなた方よ」

「ありがとう。だが、君も疲れているだろう。体は大丈夫なのか?」

「ここ数日で回復したわ。石に力を取られていたような気もする」


 わたしを見ずにクロエは言った。

 アメリアは、クロエの肩にそっと手を置いた。


「手伝ってくれると言ってくれてありがとう」

「じゃあ、クロエに頼む。始めよう」


 ジェイクが大きな魔方陣を描いた。その真ん中にわたしはしゃがみ、呪文の上に手のひらを押し当てた。青く光り始める。

 四人が結界魔法を唱えると、それぞれのエネルギーが四方に広がっていった。

 わたしのおへその下の石が熱くなった。

 石は力を出すのが嬉しいらしい。どんどん溢れてくる。体中を熱いエネルギーが漲り、頭が冴えてくる。


「もういいよ、ミア」


 ジェイクの声が止めるまでわたしは力を解放していた。

 目を開けると、心地よい疲れを感じる。


「しんどくないのか?」


 ジェイクがわたしを起こしながら聞いた。


「平気。ダンスを踊ったあとみたいに楽しいの。わたし、魔法を使うのがたぶん、好きなんだと思う」


 なんとなくそう思った。

 クロエも呆れた顔でわたしを見て、プッと吹き出した。


「あなたって、貴族らしくないのね」

「クロエ、手伝ってくれてありがとう」

「石がなくても、余裕で魔法が使えたわ」


 わたしたちが話している間、ジェイクが結界の様子を探った。


「うまく結界が張れている。だが、この結界は外から入ることができないし、一度出てしまうと中には入れない。あと、最初から敵が中にいたら、お手上げだ。その時はお前らで何とかしてくれよ」


 と、冗談にもならないことを言った。

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