第33話 錬金術師の登場



 彼は、黒いローブを羽織っていて、魔道師のような姿だ。

 穏やかで優しい声と品のある顔立ちなのに、わたしは恐怖を感じた。

 それは、彼の腕の中に片方の翼を失って意識のないゴーレを抱いているからかもしれなかった。


「…どこから現れた」

「結界を張らなきゃダメだよ。警戒心が無さすぎるね、テオドア殿下」

「ヘンリーの仲間か」

「僕はマシュー。ゴーレを作った錬金術師だよ」


 わたしとテオはぐっと身構えた。

 なぜ錬金術師が、わざわざここに現れたのだろう。しかも、こんなに若い青年が。

 テオは、わたしをかばいながら、マシューを睨み付けた。


「何しに来たんだ」

「君が人間に戻り、他にもたくさんのゴーレが人間に戻った。あのね、僕はなんのためにゴーレを作ったと思う? こんなに簡単に術を解かれるなんて、そんなこと許せるはずないでしょ」


 彼は怒っているのか笑っているのか、見た目ではわからない表情をしている。


「あなたは怒っているの?」

「怒っていないよ。楽しんでるんだよ」


 そう言った顔は嬉しそうに見えた。


「君がミアだね。まだ、子供なのに僕の錬金術を解いてくれた。だから、ほら」


 マシューは、腕の中に眠るゴーレのなくなった腕に手を当てると、不気味な呪文を唱え始めた。

 呪文を唱え終わると、ゴーレの腕は元に戻り、羽を休めて静かに座った。


「救世主の少女、君はゴーレの言葉がわかるんだよね。いま、この子はなんて言ってる?」


 眠っているゴーレは何も話していなかった。


「眠ってるんだと思う……」

「その通り。僕は、ゴーレになった人間たちには、成長を止め、すべての記憶とケガをしても感じないように作った。だって、ゴーレに理性があったら苦しむだけでしょ。理性がなければ人を襲う理由も殺される理由も、何も分からない。でも、君が術を解いてくれたために、僕は書き換えなくちゃいけなくなった」


 わたしはテオのシャツを握りしめた。手が震えていた。


「何をしたの?」

「理性を戻した。痛みも感じる。そして、これだ」


 マシューが手をさっと振ると、見覚えのある本が現れた。


「アメリアの本っ」

「僕が持ってたんだ。中身を解析した。こんな本が存在していたんだね。驚いたよ。これも書き換えた。もう、聖歌では人間に戻れない」

「なぜ? こんなひどいことをするの?」

「なぜかって? 貴族だから、かな」


 マシューは肩をすくめた。


「貴族も平民も関係ない。俺たちは同じ人間だ」

「テオドア殿下は何も知らないから」


 マシューは、冷たい目でテオに言った。


「は?」

「僕たちは身分が高い。そして、魔法が使える。この世界は僕らが支配するためにあるんだ。そして、力を持たない人間は奴隷として作られた。これは、この世界が誕生した時に決定したんだよ。奴隷は生きる資格がない。君たちは貴族であり、魔法使いだ。でも、僕からすれば、どうして君たちが生かされているのか疑問だけど」


 わたしはマシューが何を言っているのか、理解できなかった。

 わたしたちの命はわたしたちのものだ。


「ゴーレを解放しなさいっ」


 その時、わたしたちの後ろからグレイスの鋭い声がして、鉄の矢じりがものすごいスピードでマシューの額にめがけて飛んできた。

 マシューはさっと片手を上げると、ゴーレが目を覚まし、マシューをかばった。

 ゴーレの胸に矢が突き刺さり、ギャッと叫んで絶命した。

 

「また、会おうね。本は返してあげる。もう、いらないからさ」


 本が地面に落ち、マシューの姿が消えた。

 テオが落ちた本を拾い上げてページを開くと、ズタズタに切り裂かれていた。

 わたしは、生き絶えたゴーレに近寄って触れようとした。


「ミアっ」


 テオがわたしを止めた。


「ゴーレに触れちゃいけないっ」

「でも……」

「奴らは容赦ないんだ。とことんやる」


 テオが唇を噛んでうなだれた。

 わたしは、何もできなかった。

 ゴーレの声は最後まで聞こえなかった。

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