第32話 後で追及するからね



 目覚めたアメリアとジェイクの記憶は、わたしと別れた時からあまり進んでいないようだった。

 あれから五年。

 アメリアは成長したわたしを見て、額に石が増えたのを見て、さらに驚いた。


「いったい何があったの?」


 記憶がなくて幸いだったと思う。

 わたしはアメリアとジェイクにゆっくりと説明をした。


 二人は本来なら二十一歳と二十六歳のはずなのに、見た目はとても若く見える。

 ゴーレになっている間は年をとらないのかもしれない。


「そんなことが起きていたなんて……。あなたが助けてくれたのね。ありがとう、ミア」

「ううん。アメリアがあの時、わたしを逃がしてくれたから……。あの、アメリアから受け取った石なんだけど……」

「その石はもう私のものではないわ」


 わたしはアメリアに石を返すつもりだった。しかし、アメリアは首を振った。


「まだ、ゴーレにされた人たちを早く人間に戻しましょう」


 アメリアに言われ、わたしたちは手分けして、要塞にいるゴーレを人間に戻していくために、数日かけて動いた。

 

 この要塞には人は住んでいなかった。そのため、人間に戻った人たちで溢れ返り食べるものもない。


「困ったことになったわ。ジニアの国王はどこにいるの?」

「ジニアの土地は広大です。この要塞は、ウォルター殿下が許可なく作り、ジニア国王はここから南に入った土地で過ごされています。そこには城があり、ジニアの多くの国民はそこに集まっていると思われます」


 そう答えたのはグレイスだった。

 アメリアは、少し考えているようだった。


「あなたは、ジニア国王の要請を受けてここにいるのね?」

「まあ、詳しくはケイン国王の要請ですが。ウォルター殿下を捕らえるために参りました」

「私はみんなをここへ連れて来た。ここ、ジニアで幸せになれると信じていたから。だから、私を信じてくれた人々を難民になんてさせない。ジニア国王に直訴してみるわ」

「アメリア……」

「そんな顔しないのよ、ミア」


 アメリアがにっこり笑う。


「あなたは、とても素晴らしいことをしたのよ。ゴーレになった人々を救うことができる救世主なのよ」


 救世主。

 その言葉の重みがズシンとお腹にきた。

 アメリアもこんな気持ちを抱いていたのかしら。


 人間に戻った人々は何が起きたのかわからず、困惑していたが、みんな静かにアメリアの言葉を待っているように見えた。


 やっぱりアメリアはすごい。

 人を引き付ける能力に長けているのだろう。

 思わず、自分と比べそうになってハッとした。わたしとアメリアは別の人間なんだから比べるなんておかしい。

 わたしは、わたしなのだから。


「ミア、あなたとテオには、私たちが不在の間、ここにいる人たちを任せていいかしら。私は国王の元へ行き、当分の食糧とこの要塞を拠点にして、みんなが暮らせる町を作れるよう頼んでみる」

「ええ。わかったわ。アメリア」


 わたしは一人じゃない。

 テオがいてくれる。トマスもソフィーもグレイスもいてくれている。

 わたしにも仲間がいる。


 アメリアは、なんだか嬉しそうにわたしを見た。


「なに?」

「いいえ。ミアがこんなにも頼もしく見えるなんて」

「それは……」


 わたしもこの世界に馴染み、成長したんだと思う。

 十五歳になったんだもの。

 そう思ったとき、アメリアにまだ伝えていない大切なことを思い出した。


「なに? どうかした?」


 わたしが変な顔をしたのかもしれない。アメリアが不思議そうに首を傾げた。


「う。ううんっ。何でもないっ」


 アメリアは疑っていたが、後で追及するからね、と言ってジニア国王の元へ行く準備に取りかかった。


 わたしが思い出したのは。


 テオがプロポーズしてくれた言葉だ。

 あの日、有頂天になって、アメリアに報告するから、とテオのそばを離れてからいろいろなことが起こった。


 テオはまだ覚えていてくれているだろうか。

 わたしが16歳になったら、結婚するって言ったこと。

 自分から聞く勇気はない。

 いや、それよりも今はもっと大切なことがあるのだから。自分のことばかり考えてちゃダメだ。


 わたしは、人間に戻った人たちに優しく声をかけているテオの姿をそっと盗み見た。

 ふと、テオがこちらを向いてにこっと笑った。

 わたしは恥ずかしくてパッと顔を戻した。

 不自然だったよね。

 何やってんだろ。


 意味もなく顔が熱くなる。


「ミア、どうかしたのか? 疲れが出たとか?」


 いきなり後ろからテオの声がして、ギクッと体が固まった。


「な、何でもない」

「そうか?」


 言い訳も見つからない。

 

「ちょ、ちょっと喉が渇いて。お水もらってくる」

「一緒に行くよ」

「だ、大丈夫」

「でも、ミアを一人にするわけにいかないから」


 テオは優しい。

 一緒にいるのが恥ずかしいとは言えず、結局、テオと一緒に井戸に行くと、テオが釣瓶を井戸の中へ落とし、水を引き上げてくれた。

 その水を飲みながら、本当に喉が渇いていたのだな、と思った瞬間、テオとわたしは、背後に強いエネルギーを感じて振り向いた。

 テオがわたしを後ろにかばった。


「こんにちは」


 そこには、わたしたちより年上で、茶色の髪の毛にアクアブルーの瞳の明らかに貴族である男性が立っていた。

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