第31話 聖なる歌と聖なる石




 あの後、テオに化けていたヘンリー皇太子とその従者マイロは、要塞から姿を消していたとグレイスから聞いた。


 わたしは、クロエの額の石を受け取ってしまった話をすると、石の謎がますます深まった、とトマスは言った。


「それで? ゴーレの声は聞こえるようになったのかい?」

「いいえ。まだ、何も聞こえないわ」


 わたしたちは厨房にいた。

 グレイスとテオもここにいて、みんなで聖油を用意していたのだ。


「聖油を眠っているゴーレにかけましたが、何の効果もありませんでした。やはり、救世主の力が必要のようですね」


 グレイスが言って、わたしの額の宝石を見つめた。


「それにしても、とても美しい宝石です。ですが、クロエの言う通り、これでは目立ちますね」

「わたしのことはあとでもいいの。まずは、アメリアと師匠を元に戻したい」

「では、これを持ってゴーレの元へ行きましょう」


 ありったけのオリーブで聖油を作り、わたしたちはゴーレの休む広間にもう一度行ってみた。近づくにつれ、聞こえてきたのは人々のざわめきだった。


「どうした? ミア」


 テオが気づいて首をかしげた。


「人の声がする」

「えっ」


――お腹がすいた。

――眠たいなあ。

――今日の夜は何を食べよう。

――明日は早起きしなきゃ。


 などなど。

 誰もが心で呟く他愛のない言葉だ。

 もしかして、これがゴーレの声?


「みんな、ぶつぶつ呟いている」

「なんて言っているの?」


 わたしが彼らの声を代弁すると、ソフィーが呆れたように言った。


「あらまあ、あたしらとなんら変わりがないんだね」


 声が聞こえるのにゴーレたちは眠っているままだ。

 でも、聞こえてくる。ガヤガヤと普通の会話が。笑い声も泣き声も、それらはどこにでもある声だった。

 彼らは、自分たちがゴーレになっていることを知らないのではないだろうか。


「この中にアメリア様とジェイクはいますか?」


 グレイスの質問に、わたしは首を振った。

 アメリアたちの声はわからなかった。

 でも、みんな落ち着いている。


 テオやグレイス、兵士の人たちと手分けして、眠っているゴーレたちに数滴のオリーブ油を垂らしていった。

 準備ができるとグレイスが言った。


「では、ミカエラ様、歌を」

「はい」


 聖歌に何らかの力がある。

 この歌で、もしかしたら、人間に戻れるかもしれない。


 ゴーレの仕組みをみんなで意見を出しあって考えた。

 一番多かった意見は、ゴーレは魔法使いと錬金術師によって作られたということ。

 錬金術とは、物質を転換する術であるなら、その術を解けば、物質は元の性質に戻る。

 思い付いたことはやってみようと、聖油と聖歌で、その術を解いてみることだった。


 ここに、あの本があればと思うが、どんなに探しても、ウォルターが奪った本を見つけることはできなかった。


 歌詞は頭に入っている。

 わたしは深呼吸をした。静かに歌い始める。


「悪魔の檻を開き 生命の泉において 囚われの人たちを 洗い清める もっとも強靭な種属が支柱となる」


 どうか、アメリアにこの声が届きますように。


 わたしは祈りを込めて歌い続けた。

 すると、額の石が光り出した。

 おへその下の石も共鳴している。


 すると、ゴーレたちの囁き声が聞こえなくなり、信じられないことに、彼らが聖歌を共に歌い始めた。


 歌声はわたしたちを取り囲み、宝石の光と同調していた。

 辺りは、まばゆい光に包まれて、やがて消えていった。


 グレイスやテオが驚いた顔で立っているのが見えた。

 黒で埋め尽くされていた部屋にはさまざまな色が戻っていた。

 黒髪、金髪、銀色の髪をした老人や若い男女。

 まだ、幼い女の子の明るいスカートや男の子の茶色のズボン。

 ゴーレだった人たちが、人間に戻っていた。


 わたしはその場にしゃがんで顔をおおった。

 みんな、ありがとうっ。


「アメリアっ」


 その時、テオの声がした。

 顔を上げて確かめると、何が起きたのか、といった顔のアメリアがいた。

 その隣に、別れた時のままのジェイクがいて、彼もまた、きょとんとしていた。


 わたしは二人に駆け寄った。

 アメリアに抱きついて、赤ちゃんみたいに泣き出すと、アメリアがわたしの背中をさすった。


「ミア…、無事で良かった」


 優しい声に、ますます涙が止まらなくなった。

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