第27話 わたしはそれを拒否する。


 

 どうして? 同じ人間なのに。

 なぜ、こんなひどいことができるの。

 傷だらけのゴーレたち。この中からアメリアやジェイクを探す? 

 早くしなければ彼らも衰弱してしまうかもしれない。


 いつの間にかわたしは唇を噛んでいたらしい。手のひらに温もりを感じて隣を見ると、テオが励ますようにギュッと手を握りしめた。


「ミア、落ち着くんだ。みんなを助けるんだろ?」

「うんっ」


 テオの言う通りだ。

 わたしは気持ちを落ち着かせるた大きく息を吸った。

 わたしの目的は、みんなを人間に戻すこと。アメリアを見つけ出すことだ。


 冷静になってよく見ると、ウォルターの姿があった。

 彼は、クロエの首に剣を当てて、彼女を追い詰めていた。しかし、わたしとテオを見て目を見開いた。


「どういうことだ。なぜ、テオドアが人間に戻っているんだっ」


 捕らわれたクロエの表情は、今にもウォルターに襲いかかりそうな、鋭い目をしている。


「一体、お前たちは何をしたんだっ。なぜ、ゴーレが牢から出て、この娘がここにいるんだっ」


 彼は喚きながら、クロエの髪の毛を引っ張った。クロエが呻いて、ウェルターをさらに睨み付けた。


「ウォルター殿下、剣を下ろしてください。クロエが何をしたって言うの?」

「この娘がゴーレを操ってここに集めたんだ。こんなにたくさんのゴーレをどうしろって言うんだっ」


 自分たちで人間をゴーレに変えたのに。

 身勝手な発言に憤りを感じた。


「燃やせっ」


 その時、ウォルターが兵士に命令をした。


「え?」


 兵士が驚いて聞き返した。


「しかし、殿下。ゴーレに火をかけたら、我々もただではすみません。ここにいる全員が焼け死ぬ恐れがあります」


 兵士の方が全うなことを言っている。ところが、ウォルターはわたしを指差し、


「そこに、救世主がいるじゃないか。ミアは救世主なんだから何とかするだろう」


 などと勝手なことを言った。


「わたしにそんな力はありません。やめてくださいっ」


 ウォルターは混乱している。

 ゴーレを支配することも、この場を乗り切る算段もつかないのだ。

 気がつけば、わたしたちの周りにも弓矢や剣を持った兵士たちに囲まれていた。

 こんなに大勢の人を相手に魔法を使ったら、彼らを傷つけることになる。

 わたしは誰にも傷ついてほしくなかった。


 ここは、戦場なのかもしれない。

 殺される前に殺す。正当防衛という言葉がある。

 でも、わたしはそれを拒否する。


「テオっ、わたしは何があっても人をあやめるつもりはないの」

「ああ、わかってる」


 時間はあまりない。


「ウォルター殿下、ゴーレを大人しくさせる方法があります。だから、火を放つのはやめてください」


 ウォルターに声をかけてみると、彼は相変わらずわめき散らした。


「だったら! 早くしろっ」


 わたしは聖歌を歌うために深呼吸をした。

 その時、クロエが突然動いた。

 ウォルターの胸に頭突きをして剣を奪い、わたしに飛びかかってきた。

 いきなりのことで、わたしたちは倒れ込んだ。ハッとすると首筋に冷たい剣を押し当てられていた。

 倒れたウォルターは胸を押さえてうずくまり、仲間の兵士が駆け寄った。


「ミアっ」


 テオが動こうとすると、


「動くと切るっ」


 と脅した。

 クロエは本気だった。

 首筋が切れて、チリチリと痛い。


 クロエの目的は何?

 何が彼女をここまで追い詰めたのだろう。


「クロエ、ごめんなさい」

「謝ってほしくない」


 クロエは冷静だった。


「ウォルター殿下に頼んでみるわ。わたしがここに残るからあなたを自由にしてあげて、と」

「あの男は誰の言うことも聞かない。無理よ」


 冷たいクロエの声が響く。

 その時、クロエの背後で傷ついたゴーレたちが見えた。そして、その中に意識のない人間の姿もあった。

 兵士もいて、女の人や子供だった彼らの腕や足がピクピクと動き始めている。

 ゴーレに変わっていく様子を見て、兵士たちもひるみはじめた。


 ゴーレによって傷ついた人たちが、新たなゴーレに生まれ変わっていた。

 黒い物体は、悲鳴を上げていた。

 それはまるで、泣いているようだった。

 彼らが苦しんでいる。


 人間の形をしていたシルエットが、醜いツルツルの毛のない黒い獣に変化している。

 ぎょろりとした赤い目を持ち、口は耳まで裂けて耳は動物のように尖り、鳥のように二本足で自身を支え、鉤爪と大きな羽に変わっていく。


 もう人間ではない。

 ゴーレは、ギャアギャアっと叫んだ。


 テオが身構える。

 わたしは、クロエに刺されようとも聖歌を歌った。聖歌を聞くとゴーレの動きが鈍る。


「邪魔をしないでっ」


 クロエの剣がわたしの首に食い込んだ時、一人の兵士が剣を振り上げて、クロエの背中から切り込んできた。

 クロエが剣をかわし、わたしは解放された。

 テオがわたしを庇い、防御の魔法をかけたのがわかった。

 ウォルターの兵士が味方をしてくれたのか? と思ったら、兵士が兜を脱ぎ捨てた。

 その人は、共に働いてきた仲間、グレイスだった。

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