第25話 守りたい



 牢獄の天井にぶら下がるゴーレにわたしは呼びかけた。

 

「テオっ」


 すると、そのゴーレがピクリとした。

 テオなのだろうか。

 外見はみんな同じで区別がつかない。

 その時、近くにいた兵士の一人が、天井のゴーレに向かって弓を引くと矢を放った。矢は羽に当たり、ゴーレが落下してきた。


「あっ!」


 わたしは悲鳴を上げて、そのゴーレに駆け寄った。すると、兵士がわたしの背後から剣を抜いて、ゴーレの羽を切り落とした。

 切れた部分から血が溢れ出す。

 ゴーレは苦しみながら、ギャーギャーと悲鳴を上げた。

 その声と共に牢屋内の他のゴーレたちがさらに喚き始めた。

 

「やめてっ。ゴーレを傷つけないでっ」


 ここにいるゴーレはみんな人間だ。

 アメリアもジェイクもいる。

 もしかしたら、一緒に旅をしてきた仲間もいるかもしれない。

 ゴーレを傷つけるわけにはいかない。

 興奮し始めたゴーレは渦を巻くように旋回をし始めた。

 兵士たちが剣で攻防している。


「やめてっ」


 叫んだが、みんなパニックになっていた。

 クロエは全身で力を放出している。

 ゴーレを守らなきゃ。

 わたしは兵士の数を数えた。十名もいない。聖歌を歌ってゴーレの動きを鈍くして、ゴーレが襲われそうになったら、兵士たちを魔法で止められるかもしれない。

 一か八かだ。

 わたしは、息を吸った。


「あらゆるすべてを揺り動かす そして不純からすべてのものをぬぐい去り 罪は償われ 傷に聖油を注ぐ そして輝き出し 称賛すべき生命 甦らせる全てを」


 わたしが聖歌を歌い始めると、ゴーレの動きが鈍くなった。

 やった。

 やっぱりこの歌はゴーレに届いている。

 彼らはおとなしくなり羽を休めて地上に座った。

 やっぱり。この聖歌には意味がある。

 わたしは歌い続けながら、頭を巡らせた。


 ずっと歌詞が気になっていた。

 どう考えてもこれは、ゴーレのために作られた歌だ。その時、


「歌うのをやめてっ」


 と、突然、クロエがわたしに向かって魔力をぶつけてきた。

 わたしは歌えなくなり、クロエの魔法のエネルギーが向かったとたん、休んでいたゴーレが牙を剥いて飛びかかってきた。


 クロエはゴーレを操っている。

 わたしは飛びかかるゴーレから身を翻した。寸でのところで避けることができた。

 すると、剣を抜いた兵士がゴーレに切りかかろうとした。


「ゴーレを傷つけないでっ」


 わたしは魔法で兵士の動きを拘束した。しかし、これでは兵士の身にも危険が及ぶ。

 クロエを止めないと。


「クロエっ、話を聞いて。もう、誰も傷つけないでっ」

「嫌よっ。あたしはこいつらに殺されかけた。穏やかに暮らしていたのに、勝手に連れて来られたのよ。許せるはずがないっ」


 ウォルターたちは、クロエになんてことをしたのだろう。

 歌が歌えなくなると、まだ、牢屋の中にいたゴーレが、次々と飛び出して来た。

 兵士たちが一斉にゴーレに切りかかる。


 テオはどこに行ったのだろう。

 こんなにめちゃくちゃな状態では、わからない。

 その時、羽を切られ床に叩きつけられていたゴーレが起き上がり、牙を剥いて威嚇してきた。

 一人の兵士が牢屋の扉を開けて、外へ飛び出していった。すると、他の兵士も後に続いて逃げ出していく。

 扉を開け放したまま逃げたので、その後を追って、ゴーレが外へと飛び出していった。


「待ってっ」


 いつの間にか、クロエの姿もいなくなっている。

 大変だ。もし、ゴーレが殺されたら。アメリアもジェイクも戻らない。

 テオっ。テオまで行ってしまったら。


「テオっ」


 わたしはテオの名前を呼んだ。

 その時、部屋の中に一体だけゴーレが残っていた。羽が片方の飛べないゴーレだった。


 彼は、テオかもしれない。

 わたしは、さっき歌った聖歌の歌詞を思いだした。


 傷に聖油を注ぐ、そして、甦らせる。


 歌の通りなら。聖油、すなわち、オリーブの油で甦らせることができるかもしれない。

 でも、ここにはオリーブはない。

 なければ、移動すればいい。


 わたしはゴーレに近づいた。彼は傷ついていたが、鋭い爪でわたしに攻撃してきた。

 わたしなら、ケガをしても治せる。アメリアは感染した傷も癒すことができた。

 だから、大丈夫。

 自分を信じて!


 わたしはゴーレを抱きしめた。ゴーレは片方の羽をバタバタさせ、わたしの肩口に噛みついた。皮膚を噛みちぎるほどの威力だった。血が噴き出したが、構わず、わたしは魔法で、ゴーレと共に飛んだ。

 廊下を出て階段をひたすら上がる。ゴーレはずっと噛みついたままだったが、みんなが苦しんだ痛みに比べれば平気だった。


 地下牢を出ると、ガラス窓が見えた。わたしはそれに向かって体当たりした。ガラスが粉々になる。

 パッと外へと飛び出した。

 まばゆい光に目を細めた。

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