第24話 全部壊してやる。


 

 

 無表情でわたしたちを見ていたウォルターの横で、テオの従者と言っていたマイロが大きくため息をついた。


「ヘンリー殿下、わたしにも言わず、黙ってテオドア殿下になりすましていたんですね」


 マイロが表情も変えず淡々と言った。


「ごめんね。お前は忠実だから」

「殿下のためでしたら、命を捧げますよ」


 真顔で言うマイロの忠誠心が恐い。

 ヘンリーは、マイロに近寄り彼の肩をぽんぽんと叩くと、うっすら笑ってわたしに言った。

 

「ミア、君の実力を楽しみにしている」


 そう言うと、マイロを促すと牢獄を出て行った。残されたウォルターは、わたしから視線を外さなかった。


「ヘンリー皇太子はああ言ったが、俺は違う。人間をゴーレにしたのは支配するためだ。ゴーレを操り、この国を守る」

「救世主を探して何をするつもりだったの?」

「この国を守ってもらうためだ」


 わたしは腕に抱いているクロエをぎゅっと抱きしめた。


「あなたは守ってもらうってそればかり。本当なら、皇太子であるあなたがこの国を守るんじゃないの?」

「言っている意味がわからない」

「いつからあなたは、自分を守るのは民衆であり、民衆を奴隷だと考えるようになったの?」

「生まれた時からだ。俺がこの世界に生まれた時から、俺は守られる立場の人間だと叩き込まれた」


 なぜ、そんな歪んだ思想を持つようになったのか。

 守る守られる、という事からアメリアは召喚された。

 ゴーレを作ったのは人であり、ゴーレもまた人間だ。

 人が争いをやめない限り、永遠に続く。


「悪いが君はここにいてもらう。クロエがどんな力を持っているか、聞き出せ」


 ウォルターはそう言い捨てると、彼も牢屋から出て行った。

 誰もいなくなり、複数の兵士が残った。

 わたしはクロエの体にある、無数の傷に気がついた。頬には腫れた後、腕や手足には擦り傷がある。


「……これは誰が傷つけたのですか?」


 兵士に問いかけたが、誰も答えない。

 わたしはクロエの小さな傷に手を当てて、力を流した。傷は消えた。しかし、彼女は何も話さなかった。


「クロエ、大丈夫?」


 呼びかけたが、答えない。

 クロエが宝石を持っている救世主なら、本人の力で傷を癒すことができるはずなのに。

 彼女は自分の力を抑えているのだろうか。

 でも、一刻の猶予もない。このままでは、テオもそしてトマスたちまでもゴーレにされてしまうかもしれない。


 何をしたらいい?

 わたしは考えた。

 そういえばさっき、ヘンリーが何度もキャクタス国と言っていた。

 あの言葉には魔法がかけられているはずなのに。

 ゴーレを呼び寄せる魔法は作動していなかった。

 ヘンリーは力を見せてみろと言っていた。

 クロエと協力して、みんなを助けよう。

 テオを人間に戻す。

 

「クロエ、あなたの力を貸して、みんなでここを出ましょう」


 何度も呼びかけたが、クロエは答えなかった。


「わたしもあなたと同じ救世主の証を持っているの。お願い、力を貸して。みんなを助けたいの」


 彼女の冷たい手を握りしめると、かすかにクロエが何かしゃべった。

 小さすぎてよく聞き取れない。


「…………」

「え?」

「きれいなドレスね……」


 瞬間、クロエがわたしのドレスをつかんでいた。この痩せた体のどこから力が出るのだろうというくらい、クロエはわたしをつかんで言った。


「許さないからっ。誰も信じない。全部壊してやるから」


 血を吐くような恨みのこもった声。

 ゾッと鳥肌がたった。

 見張りの兵士が異変に気付いて剣を抜いて走ってきた。容赦なくクロエに切りかかる。


「やめてっ」


 わたしは、魔法を使って兵士の剣を払った。

 ガシャッと剣が地面に落ちる。その音を聞いて、他の兵士たちが慌てて集まってきた。

 その時、暗い牢屋の中にまばゆい光が放たれた。

 クロエの額が光だし、グリーン色の宝石からすごいエネルギーを感じた。そして、わたしの石も共鳴するかのように熱くなった。


「クロエっ、何をするのっ」


 その時、牢屋の鉄格子の奥からゴンゴンと音がしはじめた。ゴーレが中で暴れている。さっきまであんなに静かだったのに。

 クロエがやっているの?

 あなたはゴーレを操ることができるの?

 ダメ、やめてっ。アメリアたちが傷ついてしまう。

 瞬く間、がたがたと鉄格子がきしみだした。


「クロエっ、やめてっ」


 わたしは叫んだが、彼女は聞き入れなかった。

 テオは? テオは無事だろうか。

 テオのとらえられた牢屋を見ると、牢は壊され、中は空っぽだった。


「テオっ」


 テオの姿を探そうと部屋中を探すと、天井に一体のゴーレが頭を下にしてぶら下がっていた。赤い目がわたしを見つめていた。


「テオ? テオなの?」


 呼び掛けたが、返事をしてくれるはずはなかった。

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