第23話 戻してみせます。


 少女は、十三歳から十五歳くらいに見えた。

 痩せ細り、瞳に精気はなく、床をただ見つめている。


「そんな目で睨まないでくれ」


 ウォルターが、わたしに向かって言った。


「その子の名前はクロエ。救世主の証しはあるが、何もできない。どんなことをしても口もきかないし、お手上げなんだ」


 この人は自分以外の人間に対して、何をしてもいいと思っているのだろうか。

 わたしは、クロエを守るように抱き締めた。


「ミアが救世主であることは知っている。アメリアから聞き出したからな」


 わたしは溢れ出す涙を止められなかった。

 この非道な人たちが何をしたか聞くのも恐ろしい。

 すると、ヘンリーがそばに寄ってきて話を始めた。


「テオが魔法を使えるのは知らなかっただろ? もちろん、使えるんだよ。でも、自分の居場所を知られないために、彼は魔法は使わなかった。俺は人を操るのが得意でね。テオからいろいろ聞き出したよ。君のことや過去に何があったかなどね」


 わたしはクロエを抱いたまま、後ずさりして、彼らから離れようとした。

 ヘンリーはクスクス笑った。


「なぜ、テオが半分ゴーレになっているか知りたいだろう。俺は、人間をゴーレに変えることができる。テオが人間の形をしていられるのもそうだ」


 感染以外でゴーレにする方法があるのだろうか。


「君を探していたのは、君が最強の魔法使いだからだ。救世主でもあり、レジーナ・フォン・ベルクの娘でもある。レジーナは、我がキャクタス国の公爵令嬢で国王の婚約者だった。彼女は国で一番の魔力を持っていた。しかし、レジーナは、君の父親であるダイアン国のジェームズ国王の元へ駆け落ちしたんだよ」


 母が駆け落ち。

 この皇太子の父から逃れるために、どれほどの勇気がいっただろう。


「当然、俺の父はレジーナを許さなかった。その後、ダイアン国は滅んだが、父は寛大でね。ダイアン国は領土を減らされたが、カッサスの領地を与えられた。ジェームズ元国王をリンジー公爵家として残し、その後、レジーナの娘をこちらにもらうという取り決めをした」


 ヘンリーは、なぜ、こんな話をしているのだろう。

 腕の中のクロエはピクリともしない。


「レジーナの娘を最初、俺の婚約者にしようとしたが、俺は花嫁は自分で決めると、その話を蹴ったんだ。そしたら、弟のテオドアに話がいった」


 ヘンリーはまるで、誰かに聞かせるように話している。


「まだ、幼い君とテオドアを会わせたのは、俺たちの母、ドレンテだった。テオドアをカッサスへ連れて行くためだ。だが、キャクタス国はそれに気づいて、阻止するためにゴーレを差し向けた。ところが、レジーナは渾身の魔法を使い、君とテオドアを救世主の元へ転送させたんだ」

「お母様はどうなったの?」

「君の母君は生きていると思われる。あれだけの魔法使いだからね。しかし、俺たちの母上は亡くなったよ」


 ドレンテ王妃は亡くなられた。

 ヘンリーは続けた。


「俺はしくじったと思ったよ。まさか、君がこんなに美しく育つなんて夢にも思わなかった。テオドアがいなくなれば、俺の婚約者になればいい。テオドアはいつでも消せる。しかし、生かしているのは、あいつが君の情報を持っているからだ」


 ヘンリーがわたしの頬に触れようとした。わたしは顔をそむけた。


「ジニアに戻って来てくれて本当に良かったよ。でも、まさか、みんなで君を逃がすとは想定外だった。今すぐ君をキャクタスヘ連れて帰りたかったが、面白い事が起きてね。このウォルターが、救世主狩りをしているとテオドアを通じて知った。救世主のことは俺ですら謎だ。俺は知らないことがあるのは、無性に気分が悪くってね。ちょうどミアも救世主になったようだし、その、実力と意味を知りたい。だから、ウォルターの手伝いをしようと考えたんだ」


 まるで、世界は自分のものであるかのように話す。

 きっと、テオのお母様は守ろうとしたんだわ。そして、家族に殺された。

 この人たちは自分たち以外の人を人だと思っていない。

 わたしのこともただの駒でしか見ていない。


「なぜ、こんな話をするか、疑問に思っているだろう。俺は相手が強ければ強いほど楽しいんだよ。この世界はゴミばかり増えて面白くない。力のあるものは真実を知るべきだ。真実を知れば、その者は力を発揮する。ミアの秘められた力を俺に示してくれ」


 傲慢な言葉に吐き気がする。


「みんなを返してください」

「ん?」

「わたしひとりのためにみんなが傷つくなんて間違っています」

「ミアは勘違いしている。このまま返したって、彼らは元には戻らないんだよ」

「だって、あなたは人間をゴーレにできるって」

「人間に戻す方法なんて、知らないよ」


 テオの顔で残酷なことを言う。

 感情に惑わされてはいけない。

 わたしは歯を食いしばった。


「じゃあ、探します。必ずみんなを元に戻してみせます」

「やってみてよ」


 ヘンリーが嬉しそうに笑った。

 背後にいるウォルターの顔はそうではなかったが、何も言わず後ろで腕組みしたままわたしたちを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る