第22話 かよわき救世主

 


 ウォルターはどこへ向かうのか。

 地下へとどんどん下りて行き、そのたびに息苦しくなった。


「どこまで行くのですか?」


 誰も答えなかった。迷路のようにあちこち連れまわされ、ようやく下まで降りた時、室内の気温は冷たくなっていた。


 こんなところにアメリアたちがいるはずがない。これではまるで、牢獄だ。

 考えたくもなかった。

 これは、最悪な状況なのではないか。


「中に入ろう。大丈夫、みんな大人しいから」

「何を言って……」


 腕をとられ逃げられない。

 入り口には見張りの兵士がいて、ウォルターの命令で重厚な扉を開けた。

 中は暗くてよく見えなかった。だが、いくつもの鉄格子が並んでいる。


 テオがわたしのうしろから歩いてきて、ひとつの牢屋の前に立った。


「ミア、ここにおいで」


 手を差し出されたが、その手をとることはできなかった。

 足が震える。中を見るのも恐い。


「アメリアに会いたいと言ったろ?」


 テオの言葉が信じられなかった。

 この人はテオの姿をした別人だ。テオがこんなことを言うはずがない。


「ミカエラ様。テオドア殿下の言うことをお聞きください」


 マイロに背中を押されて牢屋の前に押し出される。

 息ができないくらい緊張していた。

 牢屋の中には人ではなく、ゴーレがいた。


「ゴ、ゴーレ……」

「あれはアメリアなんだよ。ミア」


 ウォルターが、わたしの耳元で囁いた。

 腕に鳥肌が立った。

 ウォルターの言葉が信じられなかった。


「君が一人で逃げている間、アメリアもジェイクもみんな、ゴーレになった。俺の計画はこうだよ。役に立たない人間はみんなゴーレにして、この国を守らせる。シンプルで分かりやすいだろ。ゴーレは、元は人間だからね。しかも、ゴーレは食事をしなくても生きられるんだ」


 わたしはウォルターの言葉を信じなかった。

 そんなはずはない。

 ウォルターは嘘をついているのだ。

 そう思い込もうとした。

 でも、なんのために嘘をつくのか。

 牢屋の中に閉じ込められているゴーレはびくともしなかった。


「眠ってるんだよ」

「寝てる……?」

「この子たちはずっと眠っているんだ」


 そう言ったウォルターが少しイラついた。ピクリと牢屋のゴーレの体が動いた気がした。

 そのわずかな動きに、ウォルターは気づいていないようだった。


「本当に、このゴーレはアメリアなのですか?」

「きみは俺が嘘をつくと思う?」


 この人は嘘をついていない。

 わたしは心が張り裂けそうだった。でも、ここで感情を出してはいけない。


「思ったより、冷静だな、ミア」


 つまらなさそうなテオの声が後ろから聞こえた。彼の手がわたしの肩にのる。

 自分に引き寄せて、うなじに息を吹きかけるように近くでささやいた。


「じゃあ、これはどうかな」


 グイッと手を引かれ、さらに奥にある大きめの牢屋の前に連れて行かれた。


「これならきみも悲鳴をあげるだろう」


 すでに声はテオではなかった。

 強引に顎をつかまれ見せられたのは、牢屋で横たわり、体の半分がゴーレになりかけている人間だった。


「テオ………っ」


 わたしはその場に崩れ落ち、顔を覆った。

 恐怖で立っていることができない。

 テオの上半身はまだ生身の人間で、下半身の足は黒いゴーレに変わっている。


「なぜ、こんなことを……っ」

「さあ、なぜだと思う?」


 テオの姿をした何者かが楽しそうに笑った。

 わたしは力を振り絞り立ち上がって、鉄格子に駆け寄った。

 扉を開けようとしたが、鍵がかかって開かない。

 魔法を使おうとすると、冷静な声がわたしを引きとめた。


「勝手な真似は許さないよ。ミア」


 テオの偽物は冷たい声で背後に立ち、わたしの首をつかんだ。


「魔法は使ってはならない。もし、使えば、テオをゴーレへ変える」

「あなたはっ、誰なんですかっ」


 わたしは悲鳴のような声で相手に向かって叫んだ。

 テオの姿の男が平然と答えた。


「俺は、ヘンリー。ヘンリー・ローゼン。テオドアの兄だよ」


 言ってはならない国の第一王子。

 ヘンリー・ローゼン。


 いや、本人ではないはずだ。

 皇太子がここにいるとは考えられない。


「あなた方の目的は、何なんですかっ」

「察しがよくて助かるよ」


 今度は、横からウォルターが答えて、兵士に声をかけた。

 兵士は別の牢屋の鍵を開けて中に入ると、人の腕をつかんで出てきた。

 これ以上、驚くことはあるまいと思っていたのに。わたしは口を押さえた。


 暗闇から現れた少女は普通の人ではなかった。

 黒い髪の毛、肌の色は白く目は金色。そして、彼女の額に緑色のとても小さい宝石があるのを見た。

 わたしは悲鳴を上げそうになった。


「かよわき救世主だ。本来ならゴーレを支配できるのに。何の役にも立たない」


 ウォルターがそう言って、少女をトンと突いた。痩せた少女はそのまま倒れ込んだ。

 わたしは彼女に駆け寄って、抱き起こした。

 薄い体は羽根のように軽い。

 わたしは唇を噛んで、ウォルターたちを睨んだ。

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