第21話 宝石の痛み



「あれがジニアだ」


 宿を出て九日ほどが過ぎた頃、ウォルターが指差した先には、想像以上に大きな城がそびえ建っていた。

 あんな高いところまでどうやって行くのだろう。


 断崖に建てられた城だった。

 一日かけて要塞の入り口らしき場所へ出た。逃げ場所も隠れる場所もないひらけた入り口にテオが立つと、門が開いた。

 中へ入り、無事にたどり着いたと分かって心から安堵した。

 そして、とうとう目的地であるジニアに到着したのだ、と実感した。

 複数の兵士が、ウォルターたちを出迎えた。すると、ウォルターはどこかへ行ってしまった。

 テオにとっては、慣れたお城なのかも知れないが、わたしたちは右も左もわからない。

 ジニアの兵士に囲まれたまま、テオが言った。


「ミアは、俺と一緒においで」

「え? みんなは?」

「心配ないよ」

「ミア、テオドア殿下の言う通りにしな。俺たちのことは気にしないでいいから」

「そんな、待って!」


 こんなところで別れるなんて。


「テオ、お願い。みんなと離れたくないの」

「アメリアに会うんだろ? そのためにここに来たんじゃないのか?」


 テオの言っていることは最もだった。


「ミア、行っておいで。あたしたちのことは大丈夫だよ。ウォルター殿下が約束してくれたんだ」


 旅の途中、ウォルターが相談にのってくれたのだと言っていた。

 わたしはソフィーの手を握りしめて言った。


「後で必ず会いに行くから」

「ああ」


 後ろ髪を引かれる思いで、その場で別れた。

 テオがわたしを励ますように、ずっと手を握ってくれていた。


「殿下、まだ結婚の前ですよ。人前で手を握って歩くなど、ミカエラ様のためになりませんが」


 あまり話さないマイロが言った。


「俺はやりたいようにやる」


 テオは楽しそうに答えた。

 マイロは、言ってはならない国から来たテオの従者だそうだ。


「ミアはドレスに着替えておいで。ウェルターに頼んでおいたんだ。俺も着替えてくるから」


 テオはそう言うと、どこかへ行ってしまった。マイロに別の部屋に案内されると、数名の侍女が待っていた。


「ミカエラ様。お着替えをお手伝い致します」


 菫色のドレスを渡される。こんなすごいドレス初めて見た。

 久しぶりにドレンテだった時の記憶がよみがえる。

 ドレスを手伝ってもらいながら着る。シンプルなドレスはぴったりだった。

 髪型はどうしよう。

 ドレンテの髪は金髪でシンプルにひとつにくくっていたが、ミアの髪は明るい金色に赤毛といったピンクに近い色だ。このドレスに合わせるなら、三つ編みにして結ってもらいたかった。


「あの、髪を結っていただけますか?」

「どのように致しましょう」


 わたしより年上の侍女が静かに答えた。

 三つ編みにして、首筋が見えるようにシニヨンに結ってもらった。


「ありがとうございます。とても、素敵だわ」


 自分で誉めるのもおかしいが、テオに見てもらえると思うと、恥ずかしいが嬉しかった。

 部屋をノックする音がしてマイロが入って来た。


「ミカエラ様、ウォルター殿下の元へご案内致します」


 テオはどうしたのだろう、と不安に思ったが黙ってついていった。

 連れて行かれた部屋は、簡素で小さい部屋だった。ずいぶん静かでわたしの深呼吸の方が大きいくらいだった。

 待っている間、部屋の間取りを観察していると、コツコツと足音がしてドアが開いた。ウォルターが入ってきて、わたしは立ち上がってお辞儀をした。


「待たせてごめんよ」


 ウォルターは皇太子としての格好をしていた。


「やあ、やっぱりきみはとてもきれいな子だ。テオドア殿下がうらやましい」

「こんな素敵なドレスをありがとうございました。あの、みんなはどこに行ったのですか?」

「宿の主人たちは、新しい住居に入ってもらったよ」

「え?」


 新しい住居とはどういう意味だろう。

 すると、ドアをノックしてテオとマイロが入って来た。

 テオも着替えていて、皇太子らしい正装だった。テオがわたしを見て、嬉しそうに微笑んだ。


「ミア、言葉が見つからないくらいとても美しい。君の母上は我が国で一番美しい人だった。子どもの頃が懐かしいよ」


 母上は我が国で一番美しい人だった?

 お母様は、言ってはならない国の人だったの?

 テオの口から、母のことをそんな風に聞くのは意外だった。


「アメリアたちが待っている。行こう。案内するから」


 ウォルターはそう言って、ついて来るように言った。

 テオとマイロも黙って後ろからついてくる。

 テオには隣にいてほしかった。しかし、テオは笑っているだけで、何を考えているか分からなかった。


 なんだろう、胸騒ぎがする。

 さっきからなぜか、宝石が痛みを感じるほど熱かった。


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