第19話 ここにはいられない



 何年振りかに見たゴーレは鋭い牙と赤い目をしていて、あっという間にドアを壊した。黒い塊が外からの追い風と共にどうっと押し寄せてきた。

 パブにいたみんなは一斉にバラバラになり、テオとウォルターとマイロは剣を抜いて構えた。


「助けてっ」


 悲鳴がして振り向くとエイミーがゴーレの鉤爪にスカートを引っ掻けられて、宙に浮いている。そこへ、もう一体が牙を剥き出し飛びかかった。エイミーは顔を庇って、腕を噛みつかれ血が噴き出した。エイミーの体が音を立てて床に落ちた。


「エイミーっ」


 ソフィーが叫んだ。

 わたしはエイミーに駆け寄り無我夢中で彼女の腕に触れた。おへその下の宝石のある部分が燃えるように熱くなった。

 エイミーの傷口がみるみるうちに元のきれいな腕に治っていった。

 エイミーが不思議そうな顔でわたしを見た。


 ああ、アメリアありがとう! 

 わたしは彼女に感謝した。

 防御魔法をエイミーにかけて立ち上がる。

 ここで、魔法が使えるのはわたししかいない。

 ソフィーとトマスは抱き合って震えている。幸いけがはしていなかった。わたしは二人に駆け寄って防御魔法をかけた。


 しかし、ゴーレ自体を何とかしなければこの場は収まらない。

 ゴーレのつんざくような叫び声が耳に届いた。

 ウォルターとマイロの攻防は激しく、ゴーレがどんどん倒されていった。しかし、数が多く、徐々に二人ともが押されていくのが分かった。

 テオも戦っていたが、彼は腕から血を流し、ケガを負っていた。ゴーレに傷つけられたら、感染してしまう。

 テオがゴーレになってしまう。


 わたしは一瞬、頭が真っ白になった。

 そんなの嫌だ。

 テオを失いたくない!

 

 わたしは、腕のケガを治そうとテオに駆け寄った。


「ミアっ」


 テオに抱きついてケガした腕に手を当てる。エイミーの時と同じように体が熱くなり、傷がふさがった。


「ミアッ、離れるんだ!」


 テオが叫んだがわたしは離れなかった。

 その時、意識もしていないのに、勝手に聖歌が口をついて出てきた。


「エーテルは飛び交う 石は湿り気を帯びて 水は小川となり 大地にしたたる」


 わたしが歌いだすと、テオが叫んだ。


「何をしているんだ! 逃げろっ」


 テオはわたしの背後から迫ってきたゴーレに向かって剣を振り下ろした。頭部から胸にかけてゴーレの体は切れて、どさっと音がして倒れた。


 わたしは祈るように歌い続けた。

 すると、宿の人たちがわたしが教えた聖歌を一緒に歌い始めた。

 すると、信じられないことにゴーレが攻撃をやめてふわりと浮かび上がった。

 パブの天井を旋回し始めたのだ。


「なんだ? 一体何が起きた……」


 ウォルターが呟いた。

 ゴーレはさまようようにうろうろしていたが、やがて一匹ずつ外へと出て行った。

 気がつけばゴーレはいなくなっていた。


「何が起きたんだ?」


 わたしは夢中で歌っていたが、静かになるとハッとして辺りを見渡した。


「テオっ。大丈夫?」

「ああ。助かったよ、ミア」

「みんな無事かっ?」


 トマスが叫んだ。トマスに抱きついていたソフィーが泣きだした。


「よかった。あんた、よかったよっ」

「エイミーは大丈夫?」


 エイミーも無事だった。

 彼女は青ざめてぶるぶる震えていたが、魔法がきいたのか無傷でいた。


 パブの中はめちゃくちゃだった。ゴーレの死体がいくつかあったが、幸いな事に誰ひとり死者はない。

 おそらく、テオたちの攻防が激しかったのだろう。


 ウォルターが恐い顔でわたしに近づいて言った。


「今、何をした……」

「わたし……」


 口を開こうとすると、テオが遮った。


「ウォルター、ミアはアメリアから本を受け取ったんだ」

「え? 本ってまさかっ」


 ウォルターが顔色を変える。


「見せてくれ」


 すごい勢いで詰め寄られ、わたしは自分のスカートに隠していた本をゆっくりと出した。

 ウォルターが本を奪った。


「盗まれたと思っていたが、どうして君が持っているんだっ」

「ア、アメリアから渡されたんです」

「これが何か、君は知っているのか?」

「聖歌じゃないんですか?」

「これは、ゴーレを支配できる魔道書だよ。アメリアが招還された時、一緒に消えたんだ」


 魔導書?

 そんな話初めて聞いた。

 それに、なぜテオはわたしが本を持っていることを知っていたのだろう。

 この本はなんなの?


「これがあれば、ゴーレを支配できる。元々は我が国のものだ。返してもらう」


 わたしには拒否することはできなかった。

 本当にあの歌がゴーレを追い払ったのだろうか。

 わからない。

 わからないけど、もう、ここにはいられないのだと思った。

 みんな、傷ついた顔をしていた。

 エイミーが泣いていた。


「もう、ここにはいられない……」


 これまでゴーレなんて見たこともなかったのに、この日初めてゴーレの襲撃にあった。

 入り口が壊され、息の絶えたゴーレの姿もある。


「出ていくしかないな……」


 トマスが力なく言った。



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