第18話 思わぬ敵の登場


 

「ミア? 聞いているか?」

「え?」


 テオに見とれていて、全然話を聞いていなかった。


「仕方ないね」


 目を細めて笑うテオ。

 こんな顔だっけ? と、思うほど整った顔だ。


「ミア、俺の顔はこれから先いつでも見られるから。それよりも、聞いて欲しい」

「あ、はい」


 そうだ。

 それどころかではなかったのだ。

 わたしは目を覚ますよう自分の頬を軽く叩いた。


「ごめんなさい。もう、大丈夫。ねえ、どうしてこの宿がわかったの? わたしは魔法でここを探して来たのだけど」


 わたしがまくしたてるように質問すると、テオは呆れたように肩をすくめて息をつくと、ゆっくりと説明してくれた。


「ジニア入りした兵士から情報を得たんだ。ジニアの近くには宿があって、そこに数名の女の子がいると聞いた。ウォルターは今、救世主を探して国を守ろうと必死だ。自ら出向いてくるほどにな」

「テオはなぜ、彼と一緒にいるの? あの後、本国へ連れて行かれたのでは」

「連れて行かれたよ。でも、ミアが気になって仕方なかった。アメリアたちに会うためにもう一度、ジニアに来たんだ。そうしたら、ウォルターが救世主を探していると知って、一緒に探すふりをしてここまで来たんだ。それと、俺がついた嘘はすぐにバレたからね」

「嘘?」

「ミアが五歳になる前に亡くなったという嘘だ」


 そうだ。

 あの日のみんなバラバラになった。

 きっと、わたしが想像する以上に大変なことがあったのだと思う。


「俺はミアのフルネームを教えただろう。ミカエラ・オブ・リンジーだと。残念ながら、父君は亡くなられたが、長男のジュリアン・オブ・リンジーが領土を引き継いでいる。今はフォード卿と呼ばれている。彼はミアの兄だ」


 自分の名前は覚えていたが、生家せいかについては調べることができなかった。

 父が亡くなり兄がいる。

 しかし、身内のことを聞いても、ピンとこなかった。


「ミアを正式にフォード卿の妹として連れ出す。そうすれば、マイロもウォルターも手出しはできない」

「どこへ行くの?」

「最初は、アメリアのいるジニアだ」

 

 アメリアとジェイクに会える。

 そう考えると嬉しかった。でも、ここを出ていくなんて、考えもしなかった。

 ソフィーとトマス、みんなと離れるなんて。


 わたしの不安が顔に出たのだろうか。


「分かるよ。ここの人たちお世話になったんだろう?」

「うん」

「心配しなくていいよ。みんなで行けばいいのだから」

「え?」


 どういう意味だろう。


「ミアは何も心配しないで、俺に任せて」


 わたしは差し出された手をとった。

 テオはわたしの手を握ったまま部屋を出てパブの方へ行った。

 階下に降りると、パブではたくさんの人が集まっていて、トマスが心配そうな顔で待っていた。


「ミア、大丈夫か?」

「うん」


 わたしがテオと一緒にいるのを見て、トマスは怪訝な顔をした。


「彼は?」


 トマスの質問に答えようとすると、先にテオが口を開いた。


「俺は、ミアの婚約者でテオドアです。今日までミアを助けてくれてありがとうございました」


 テオが名乗ると、トマスがショックを受けたように口を開けた。

 すると、隣にいたウォルターがにやりと笑った。


「やっぱりその娘だったのか。まあ、婚約者が見つかってよかったよ。でも、残念だが、ここには救世主の証を持つ女の子はいなかった。テオ、お前、ミアが救世主かどうかの確認はしたんだよな。救世主なのか?」

「ミカエラ様が見つかってよかった。これで、わたしも本国に戻れます。もう、長旅はこりごりなんでね」


 ウォルターとマイロが交互に言って、わたしを見た。

 すると、テオがすっと前に出て首を振った。


「ミアは救世主でもないし、どこにも行かないよ。一度、カッサスへ戻るのだから」

「なんだって?」


 と言ったのは、トマスだった。

 ソフィーも悲しそうにわたしを見ていた。


「ソフィーっ」


 わたしはテオの手を離してソフィーに抱きついた。


「行ってしまうのかい?」


 ソフィーは泣くまいとしていたが、その声を聞いただけでわたしも泣きたくなった。


「ミアは、ずっと信じて待っていたんだ。あたしは言ったろ。テオは必ず迎えに来るって」


 ソフィーがわたしの頭を撫でて無理に笑おうとした。その時、エイミーが甲高い悲鳴を上げた。

 みんながビクッとしてその先を見た。


「嘘…」

「なんで?」


 ソフィーはへなへなと座り込み、みんな後ずさりする。

 ドアの入り口に黒い羽が見えた。鉤爪が扉を引っかけ、体を押し込もうとしている。


「ゴーレ……」


 誰の声かも分からなかった。

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