第17話 きれいになったね。



 テオがいる。

 突然、目の前に彼が現れて、一体何が起きているのか。息をするのも忘れるくらい驚いた。

 すると、


「知り合いか?」


 とウォルターが言った。

 テオは、じっとわたしを見ていたが、首を横に振った。


「………。いや…、違う。一瞬、知り合いに見えたが…。知らない」


 え? 今、テオはなんて言ったの?


「そうか。だが、貴族だな。美しい瞳だ」


 ウォルターの手伸びて、わたしの髪の毛に触れようとした。


「こ、この子に触るなっ」


 トマスがわたしを庇う。

 わたしはトマスの背中にしがみついた。


「トマス……」


 今、テオが、わたしのことを知らないと言った。

 息ができない。喉が締め付けられているみたいだった。

 トマスはわたしの異変に気づいて、体をしっかりと支えてくれた。


「エイミー、ミアを外へ連れ出せ」

「ミア、大丈夫?」


 エイミーが心配そうに言ってくれたが、わたしは足ががくがくしていた。

 その後、店で働いている他の女の子たちが入って来て、みんなでわたしを支えてくれた。

 パブの外に出たとたん、わたしは気を失った。



 ざわざわと人の声がする。

 わたしはぼんやりしながら目を開けて、自分がベッドで寝ているのに気付いた。ソフィーがそばにいて、手を握ってくれていた。


「ミア、良かった。目が覚めたんだね」

「ソフィー……? あ、わたし、驚いて……」

「ああ、わかってるよ。でも、ミア、ごめんよ。守ってあげられないよ」

「……え?」


 意味が分からず、体を起こした。

 胸騒ぎがして、落ち着かない気持ちになった。


「何? 何があったの?」

「あたしも調べられた。あいつらは救世主を探している」


 瞬間、わたしの顔は青ざめた。

 全く予測もしていない状況に陥っている。

 テオが、わたしの事を知らないと言った。その上、救世主を探しているって。

 もし、彼らにわたしが石を持っていることを知られたら、どうなるんだろう。

 テオはなぜジニアの皇太子と一緒にいるの?

 本国キャクタスに連れて行かれたのではなかったの?


 分からないことだらけで、頭がぐるぐるしてきた。その時、

 

「失礼する」


 と、ドアが開いてテオと二人が入って来た。

 ソフィーが立ち上がりわたしをかばった。


「まだ体調が悪いんだ。後にしておくれよ」

「何もしやしない」


 ウォルターが呆れたように言った。


「目が覚めたね。良かった」


 ウォルターが優しく笑った。

 五年前と全然違う様子に戸惑う。


「心配しなくていいよ。君が救世主かどうかを確認するだけだから」

「ウォルター……。頼みがあるんだ。この子の確認は俺だけでさせて欲しい」


 テオが突然、間に入ってそう言った。

 ウェルターが驚いた顔をする。


「何だって? いきなり何言い出すんだ」

「ウォルター、頼んでるんだ」


 テオが真剣に言うと、ウォルターは、テオをじっと見つめてため息をついた。


「わかったよ」


 ウォルターは、不満そうだったが渋々部屋を出た。


「マイロ、お前も出ていってくれ」

「テオドア殿下、その子は誰なんですか? お知り合いのようですが」

「マイロ、これは命令だ」


 マイロと呼ばれた男性はムッとすると、わたしをチラリと見て、冷たい目でテオを見つめた。


「出ていきますが、逃がそうとしても無駄ですよ」

「そんなことはしない」

「まあ、俺がいる限りできませんがね」


 そう言い捨ててマイロも出ていった。

 二人が出ていったのを確認してから、テオは、ソフィーに向き直った。


「さっきは失礼なことをして申し訳ありませんでした。ミアのことは覚えています。だから、俺を信じて二人だけにしてくれませんか?」


 テオが丁寧な口調でソフィーに言った。

 ソフィーはあんぐり口を開けていたが、すぐに我に返り、涙ぐんで頷いた。


「この子を守ってくださいよ」


 とだけ言うと、ソフィーも部屋を出た。

 テオと二人きりになり、わたしはベッドから立ち上がった。


「テオっ」


 思い切り彼に飛びついた。

 テオがわたしを抱き止めてくれた。

 わたしのテオがここにいる。

 涙が出てきて困った。

 でも、嬉しくて止まらない。


「会いたかった。テオ、嘘じゃないよね。わたしのこと、覚えてるのね?」

「当然だ」


 テオの瞳が目の前にある。

 吸い込まれそうな青い瞳。

 子供の頃よりもずっと濃くなった気がする。

 彼の吐息が耳をかすめ、恥ずかしさにわたしは体を離した。


「い、いきなり抱きついてごめんなさい」


 謝るとテオが吹き出した。


「謝ることはない。俺も会いたかった。ずっと探していたよ」

「うん……」


 テオが想像以上にカッコよくなっていて、目を合わすのも照れ臭かった。わたしはまだまだ子供っぽい。


「ミア、嘘をついて君を傷つけてごめん。でも、ちょっと困ったことになった。ウォルターは救世主を探しているが、マイロは、ミアを探している。どちらに行ってもまずいことに変わりない」


 まずいことって何?

 それに、どうやらテオはわたしがアメリアから石を譲り受けたことを知っているようだった。


「テオは知っているのね? わたしがアメリアから石をもらったって」

「ああ。アメリア本人から聞いたよ」

「アメリアは元気? 師匠は?」

「みんな元気だ。でも、ジニアはかなりまずいことになっている」


 テオの話を聞いて、胸がざわざわした。

 心配でたまらなくなる。


「アメリアに会いたい」

「そう言うと思った」


 テオがもう一度、わたしを抱き締めた。

 腕を伸ばしても手が届かないくらい大きな背中だった。でも、温もりは変わっていなかった。


「これから俺が話すことをよく聞いて」

「はい」


 わたしは顔をあげて、久しぶりにテオの顔を見つめた。

 テオはすっかり大人びて、恥ずかしくなるくらい見つめてきた。そして、


「きれいになったね、ミア」


 とテオが笑った。

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