第16話 突然の訪問者



 トマスたちと朝食を食べた後、わたしは一人で落ち着ける場所に行くのが日課だった。

 ここは、地下に作られた宿なので、外からの光が入る場所は少ない。だけど、そこは、貯蔵庫に繋がる廊下の奥に小さな窓があったので、わずかだが光が入ってきた。

 時間があくと、いつも、そこで聖歌を歌った。


 壁にもたれ、小さくハミングしながら声を出していく。音はか細くていい。

 歌いながらアメリアたちの事を思い出した。


 旅をしている時、うまく歌が歌えないと落ち込む子たちがいた。すると、上手に歌える年上の女の人がいて、歌えない時はこうやったらいいのよ、と教えてくれた。


 ――ほら、タバコを吸う男の人っているじゃない? 彼らは煙を吐き出す時、大きい口を開けたりしないでしょ。口をすぼめてふっと吐きだすの。そのお口を想像してみて。


 小さな子たちがみんなで一斉にタバコを吸う真似をして、笑ったことを思い出した。

 不意に、ツンと目頭が熱くなった。

 涙が出そうになる。

 一人になると、旅をしてきたみんなの事を思い出す。


 小さかったわたしを大切に守ってくれた人たち。

 みんな生きるのが精いっぱいだった。

 一緒に助けあった仲間たち。


 どうして人同士で争わなくてはいけないの?

 世界から戦争がなくなればいいのに、と心から願う。

 

 その時、バタン! とドアが閉まる音がして、わたしは飛び上がった。


「何っ?」


 心臓がドキドキしている。今までこんな乱暴な音は聞いたことはなかった。

 何かあったのだろうか。不安になりながら、急いで音のした方へ向かった。

 厨房にはすでに人が集まっていて、パブのドアを開けて中を覗いていた。すると、わたしの後ろからエイミーがやって来た。

 寝起きらしく目をこすっている。


「何があったの?」


 小柄なエイミーは、みんながのぞいているドアまで行き、中をのぞき込んだ。

 わたしもその後ろから、ちょっとのぞいて見た。

 見ると、トマスと見知らぬ男性が三人いた。この位置からは後ろ姿しか姿が見えない。

 エイミーがはしゃいだ声を出した。


「あの人、すごくかっこいい」


 わたしの位置からは顔が見えないが、男たちは鍛えられた体格をしていて背が高い。小柄なトマスを見下ろし、そのうちの一人が大きな声で話している。


 彼らは兵士だろうか。似たような背恰好で、腕は黒く日焼けしていた。

 ザックには旅道具が詰め込まれていた。

 そのうち、男の低い声がはっきりと聞こえてきた。


「頼んでいるんじゃない。国王の命令で来ているんだ」

「命令だか知らないが、俺とあんたらの国王は無関係で、その命令に従う理由はない。今すぐ出て行ってくれ」

「頭の固い人だな」


 男がため息をついた。


「三人ともハンサムね」


 エイミーがこっそり囁いた。すると、声が聞こえたのか、その男がこちらを向いた。その男性の顔を見てわたしは、あっと声を出しそうになりすぐに口を押さえた。


 あの顔に見覚えがあった。

 アメリアのいとこで皇太子のウォルターという人だ。彼もだいぶ大人びた顔つきになっていた。


 なぜ、皇太子がここに? 

 足が震える。逃げた方がいいのだろうか。

 いや、でも、あの人はわたしを知らない。

 大丈夫よ。

 ふだん通りに振る舞えばいい。


 わたしは、女の子たちのかげに隠れて様子を伺った。もし、こちらに来るようならすぐに逃げよう。


 ところがエイミーは、厨房の扉を開けてパブへ入っていった。

 エイミーが現れてトマスが呆れたように息をついた。


「エイミー、部屋に戻ってろ」


 もちろん、エイミーは言うことを聞かなかった。


「何かお困りなのですか?」


 ウォルターに声をかけると、彼がにっこりと笑った。


「可愛いお嬢さん、あなた方を捜していたのです」

「え?」


 エイミーが首を傾げた。


「まあ、何かしら」

「エイミー、黙ってろ」


 トマスは言ったが、エイミーは引き下がらなかった。


「お前には関係のない話だよ」

「店主、関係ないかは俺たちが決める」


 ウォルターが言うと、トマスが目を吊り上げた。


「あんたら、宿の子を傷つけるつもりじゃないだろうな」

「誤解しているようだが…」


 もう一人の男性が声を出した。

 彼の声は穏やかで優しかった。髪の色は茶色で三人の中で一番背が高い。


 わたしは彼らを観察しながら、何しに来たんだろうと、不安に駆られた。

 トマスがこんなに怒っているのも不思議だった。何か理由があるに違いない。


 その男性は穏やかな口調でトマスに言った。


「国王は、救世主を捜してしておられます。私たちは、その救世主を連れてジニアに戻らなくてはならないんですよ」

「だったら、今すぐ出てって下さいよ。ここには、救世主なんていませんから」

「全ての女性から、確認を取るよう仰せつかっています」

「す、すべての女性って。お、お前らっ、俺の妻に何をするつもりだっ」


 トマスが手を振り上げた。

 それをもう一人の男性がトマスの腕をつかんだ。

 ぎりっと腕をひねられてトマスの顔が歪む。わたしはとっさに飛び出した。


「やめてっ」


 その人の腕をつかんで、トマスの前に立ちはだかった。そして、つかんだ腕の相手を見て息がとまりそうになった。


「テオっ……」

「……ミア?」


 その顔は一日も忘れたこともない。

 わたしの大好きな人だった。

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