第15話 十五歳になりました。




 それから五年の月日が流れ、わたしは15歳になっていた。

 

 わたしの仕事は朝食を作るために誰よりも早起きをすることだ。

 朝食を用意していると、パブの片づけをするためにソフィーとトマスが起きてくる。


 夫婦は初めに言った通り、宿のお客さんたちが食事やお酒を飲む場所であるパブに、わたしは一切入らないように配慮してくれた。

 おかげでわたしは宿で働く仲間以外と顔を会わせることなく生活してきた。

 その間もトマスは食料などを手に入れるためよく外へ出かけた。そこで、世界では何が起きているのか教えてくれた。


 救世主の噂は今から五年前から途絶えて、それ以後、救世主は現れていないという。ジニアでは堅固な要塞が完成し、兵士の数もかなり増え、勢力を増している。いずれ、ゴーレの数よりも兵士が増え、世界は平和へと近づいているのではないかという噂があるらしい。


 ジニアにはアメリアがいる。ここからそう遠くない場所だ。みんな元気だろうか。


 わたしもかなり大きくなった。

 トマスに頼んで魔道書があれば買ってきてもらい。魔法も勉強している。そして、アメリアから渡された聖歌も宿で働く人たちに伝えてきた。


 トマスは素晴らしい学者のような人だ。きっと戦争がなければ、宿の亭主ではなく学者とかやっていたかもしれない。


「ライ麦もだいぶ減ったねえ」


 片づけを終えたソフィーが、わたしが焼いたライ麦のパンを味わいつつ息をついた。

 今朝も朝食はライ麦パンとコーンスープとほんの少しのベーコンだ。

 トマスが最近手に入れてくるものは穀物が多かった。時々、鳥や豚の時もあるが、最近はめっきり減ってしまった。


「そろそろ、ソフィーたちも外の空気を吸いたいだろ」


 どっかりとイスに座ったトマスが、スープを味わいながら言った。


「どういうことだい、あんた」

「最近、ゴーレの姿は全く見ないし、噂もきかない。安全になっている証拠さ」

「でも、手に入れてくるのは穀物ばかりじゃないの」

「だからだよ。穀物を作るには広大な土地が必要だろ。それができるんだから、ゴーレがいない証拠さ」


 本当にゴーレは減ったのだろうか。でも、どうやって?

 アメリアのような救世主なら、ゴーレを消滅させることができる。人間の力でゴーレを倒すには炎で燃やすしかない。


「あんた、油断は禁物だよ」

「分かってるよ」


 トマスはそう言うなり、バックから羊皮紙を出した。それを見てソフィーが天井を仰ぐ。


「何か面白いことがあったの?」

「まあな」


 トマスは出かけた先で見聞きしたことを書き込んで戻ってくる。ごちゃごちゃとした文字をたどってこれだ! と指差した。


「宝石を持つ美女が現れたそうだ」

「それって救世主の事?」

「そうさ。それもとびっきりの美女らしい」

「美女に弱いよね。男って」


 ソフィーが軽口をたたくと、トマスが目を吊りあげて軽く睨んだ。

 救世主が現れた話を聞いて、わたしはドキドキした。


「名前は分かるの?」

「いいや、これ以上は何も知らないさ」

「あとは二人で話して。あたしはやっぱり少し休むよ」


 ソフィーが言ってイスから立つ。最近、疲れやすいらしく、よく休憩を取っていた。

 わたしは立ち上がってソフィーの手をそっと握った。目を閉じて回復の魔法をかける。少しだけ顔色が戻る。


「大丈夫?」

「ああ。ありがとうミア」


 ソフィーはわたしの頭を撫でると、微笑んで部屋に戻っていった。


「トマス、いつもありがとう」

「俺が好きでやっているんだ。こちらこそ、お礼を言うよ。それで、テオドア殿下のことだけど」

「うん」

「言ってはならない国の第二王子の噂は何も聞かない。けれど、第一王子のことなら少し分かった。まあ、テオのお兄さんだな。名前はヘンリー・ローゼン。ミアの話によると、テオドア殿下はミアの住んでいた城に来ていたって言ったな」

「ええ」

「テオドア殿下は、ミアに会いに来ていたんだろうな。じゃなきゃ、皇太子がいるのに城がゴーレに襲われるなんて普通は考えられない」


 あの日、何が起きていたのだろうか。

 わたしはあまりに小さすぎて何も記憶がない。


「ミアには悪いが、王子と公爵令嬢の結婚は政略結婚としか思い付かない。おそらくミアたちは別の国で暮らしていたんだと思う」


 わたしたちを会わせることは誰かの意図があった。そして、ゴーレに襲わせた?


「ミアの家柄がわかればいいんだが」

「ううん。テオのお兄さんのことが分かっただけでも進歩だわ。本当にありがとう」

「ちょっとソフィーの様子を見てくるよ」


 トマスはわたしの頭を撫でて部屋を出ていった。わたしはトマスに心から感謝した。


 この世界では今日を生きることが精一杯で物事を深く考えるということをしない人が多い。

 それはこの戦争のせいもあるかもしれない。わたしが知恵をつけること、知識を得ようとすることに嫌悪する人もいる。

 知識は邪魔で何も知らないのが一番安全なんだ、と言われたこともあった。

 毎日が忙し過ぎると見落とすことがたくさんあるような気がする。

 ソフィーも体調を崩すのはおそらく人手不足で疲れがたまっているせいもある。


 宿に来るお客さんはだいぶ減ってしまった。

 それは噂で、ジニアが奴隷をやめて人々を受け入れる政策に変換したからだという。ここで一緒に働いていた女性たちもジニアに行ってしまった。


 ゴーレが潜むこの辺りは外にはなかなか出られず、洞窟内で過ごすしかない。

 実は、洞窟は通路になっていて、その奥を抜けると地下に作られた宿だった。宿はジニア国の近くにありそこへ向かう旅人、兵士たちが途中で寄ってくれた。

 ここで働いていた女性たちはお互い気が合うと兵士についてジニアへ行ってしまう。

 今、残っているのはトマスとソフィー、わたしと数名の女性たちだった。

 最近はお客もだいぶ減りみんな退屈していたが、相変わらずのんびりと陽気に暮らしていた。


 わたしは大切な本はなくさないように、スカートに袋を縫いつけて常に身に着けていた。

 中身は全て暗記しているし歌えたが、言葉というものは読み手によって解釈が違ってくる。この本はこの世界の平和の鍵になるような気がしてならない。

 救世主であるアメリアが一番大切にしていた本だから。


 本を撫でながらアメリアを思い出す。テオの顔も忘れたことはない。

 けれど、いつの間にかわたしは、テオと離ればなれになった時の年齢になってしまった。彼も今では20歳だ。


 テオに会いたい。

 何千回と呟いた言葉にわたしは一人で笑ってしまった。

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