第14話 新しい仲間との出会い



「この辺にあるはずなんだけど……」


 わたしは、ジェイクに教わった魔法で道をたどっていた。

 数キロ先までを見通せる魔法では、何もない平地に宿が見えたのだ。

 七年もかけてジニアまで旅して来たのだ。一人になったからって弱音を吐いたりしない。


 その日、ようやく森を抜けると、広い原っぱに出た。そこは、焼け野原となっていて足首ほどに伸びた雑草がまばらに生えていた。

 ここで戦いがあったのだろう。

 しかし、その後は何も起きていないように思えた。

 

 おそらくこの辺りのはずだ。

 わたしは自分が臭くないか確認した。川もなくて体を洗う場所は見つけられなかったのだ。よほど、ひどいナリをしているはずだ。

 薄汚れた木綿のシャツに茶色のスカートは泥だらけ。革靴は擦り切れて指先からは水がしみこんで冷たい。


「はあ……。お風呂入りたい……」


 呟いたその時、ガサッと背後で音がして、振り向くと背中に荷物を大量に背負った中年の男性が立っていた。

 相手も同じように驚いていた。


「驚いた! あんた、どこから現れた」


 わたしは一瞬身構えると、男性は人懐っこく笑いかけた。


「その様子じゃ奴隷だったんだろ。何も食ってないなら、俺のところに来るか? 食べさせてやるから」


 と優しい言葉に、思わず頷いていた。 


「お嬢ちゃん、どこから来たんだい?」


 男性はたくさん荷物を抱えていたがしっかりした足取りで進んでいく。

 わたしは正直に答えた。


「あの、ジニアからです」

「やっぱりなあ。あそこは奴隷だらけだと聞く。逃げて来たのか?」

「はい」

「よく無事にここまでたどりついたな。すごく運がいいよ。お嬢ちゃん名前は?」

「ミアです」

「いい名前だねー。俺はトマス、この先で宿を営んでる」

「宿があるのですか?」

「旅人は多いのさ。それにしても奴隷ってのはひどい扱いを受けるんだな。ぼろぼろだな」


 そんなにひどいのだろうか。

 自分では分からないが、トマスが言うからにはよほどひどいのだろう。


 トマスと話ながら歩いて行くと、いつの間にか原っぱの外れに来ていた。遠くからでは全く分からなかったが、目の前に切り立った崖がありその奥に洞窟が見えた。

 洞窟の入り口は草をかき分けないと分からない。


「おいで、こっちだよ」


 わたしは石壁に手をついて慎重について行った。狭い上に天井が低い。

 トマスは前かがみになって迷いもなく歩いて行く。

 しばらく行くと、ドアがありその隙間から明かりが漏れていた。ドアを開けるとパブのような場所に出た。中にはジョッキを持って愉快に笑っている人たちが数名いた。

 わたしはぽかんと口を開けてそれを眺めた。

 兵士の恰好をした男性、そして若い女性が楽しそうに笑っている。


「ただいま! 戻ったよ」


 トマスの声にみんながこちらを向いた。ドキッとして思わずトマスの後ろに隠れた。


「大丈夫、みんな宿のお客さんだ。誰もミアのことは気にしない。似たようなもんだしさ」


 トマスはそう言って、人々の間を縫って奥へと入った。奥の部屋は厨房になっていた。厨房にはエプロンをした女性がいてトマスを見るなり、


「お帰り! 心配したんだよ。今回は長旅だったね」


 とエプロンで手を拭きながらこちらを見た。


「あら、その子どうしたの?」

「そこで拾ったんだ」

「は、はじめまして……」

「かわいそうに、ゴーレに襲われなかった?」

「はい…」

「それは運がよかったね、この辺りはよくゴーレが出るのよ。気をつけなきゃ」


 そう言って、戸棚からチーズとパンを取り出した。


「食べなよ」


 テーブルに並べられたご馳走を見て、わたしはごくりと唾を呑んだ。


「いいんですか?」

「いいんだよ。早くお食べ」


 わたしは手を伸ばし、パンを取るとちぎって食べた。

 パンはめったに食べられなかったので、口の中で噛むほど大麦のいい匂いがした。チーズも小さく齧る。酸味のあるミルク味が口の中で溶けてパンと一緒に混ざり、飲み込むと至福を感じた。

 むしゃむしゃと一気に食べてしまうと、目の前にミルクが現れた。


「これは?」

「ヤギのミルクだけど、嫌い?」

「好きです。めったに飲めなくて」

「飲んでごらんよ、甘いから」


 甘いと言われごくりと喉を鳴らす。

 グラスを取って一口飲んだ。優しい味がした。甘くて濃厚なミルクをゆっくりと飲んだ。


「美味しかった?」


 はい。

 そう答えたつもりだったが、涙の方が先に溢れて答えられなかった。

 女の人が近づいて、わたしの肩を撫でてくれた。


「怖かったね。もう、大丈夫だよ」


 嬉しかった。

 人の優しさがこんなにうれしいなんて。

 わたしは俯いて、涙をこぼした。


 わたしを助けてくれた男性はトマス。そして、奥さんの名前はソフィーと言った。

 二人はここで宿を経営していた。

 トマスもソフィーも陽気な人で働く人たちもいい人ばかりだった。


「行くところがないなら、ここで働きなよ」


 最初に言ってくれたのはソフィーだった。


「それは俺が先に言おうと思ってたんだ。助手が欲しいってぼやいていたしな」

「ミアはいくつなんだい?」

「十歳です」

「ほおー」


 トマスは感心したが、ソフィーは悲しそうな顔をした。


「その年で両親とはぐれて奴隷だったんだね。いつから、世の中は孤児だらけになっちまったんだろう」


 二人ともとてもいい人だった。

 奴隷から逃げてきた人をかくまうため、外からは宿が見えない構造になっている。

 わたしも魔法を使わなければきっと見つけられなかったと思う。


 わたしは二人には隠し事をしたくないと思って、これまでのことを話した。

 トマスは真剣に聞いてくれた。ソフィーはわたしの話を聞いて泣いていた。


「ミアは強い子だね。でも、時々は弱さを見せたっていいんだよ」


 そう言うと、わたしを抱き締めてくれた。少しふくよかで大柄なソファーは温かかった。


「救世主の証は誰にも見せてはいけない。ミアはパブの方に姿は出さないようにしよう。その目は目立ちすぎるし、髪の色も珍しい金色と赤毛だ。おそらく、小さい頃は金髪だったのだろうけど、だいぶ赤毛も色濃くなってきているから。ここでの評判がどこで知られるかわからないからね」


 ストロベリーブロンドは珍しいと聞いたことがある。小さいころは金髪だったのに。アメリアの赤い髪色を思い出した。


「はい」

「あたしはテオを信じるね。きっと、ミアを探して迎えに来てくれるはずだ。だから、諦めないで」


 ソフィーの言葉が何より嬉しかった。


「はい! よろしくお願いいたします!」


 わたしは二人の善意で働かせてもらえることになった。

 この宿にはお風呂があった。

 お客さんがいない時、入ってもいいらしい。ちょうど誰もいない時間でわたしはお湯をもらうことにした。

 久しぶりのお風呂。体の汚れを洗い落とし、温かいお湯に浸かると全身を血が巡りはじめた。

 気持ちがいい。


 目を閉じると、みんなと離ればなれになったあの日を思い出した。もう、何日過ぎたのかわからない。

 悲しみにくれるみんなの顔が次々と思い出されて胸が苦しくなる。


「会いたいよ。テオ」


 わたしが悲しむとおへその下にある宝石がキラキラっと光った。

 この子はわたしを励まそうとしてくれている。


 アメリアもこんな気持ちだったのだろうか。

 ダイヤモンドみたいなかたい宝石はいつまでも光っていた。

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