第13話 ミアの旅立ち
アメリアを追いかけると、人がたくさん集まっていた。
顔を見られないようにして、人混みに紛れ込んだ。さらに前の方へ移動していくと、人々の先にテオがいるのが見えた。
背の高い男の人に腕を捕まれている。
わたしは悲鳴をあげそうになった。
ジェイクとアメリア、そして、たくさん兵士と見たこともない金髪の男性が立っていた。
「アメリア、この坊やがテオドア殿下で間違いないか」
「ええ。ウォルター、彼がそうよ。でも、テオは何もしないわ。その腕を離してあげて」
アメリアが、ウォルターと呼んだ男性に慎重に答えた。
彼が、ウォルター殿下なのか。
黒髪で背が高く、きれいな顔立ちをしていたが、目つきが鋭くて怖かった。
「ウォルター殿下。テオドア殿下をこちらにお渡し頂きたい」
立派な服装をした年嵩の男性が静かに言った。彼もまた、なんとなく冷たい感じがした。
「ルパート……」
テオの知っている人なのだろうか。
ルパートと呼ばれた金髪の男の人は頷いた。
「大きくなられましたね。テオドア殿下。カール国王はずっとあなたを探していました。ところで、ミカエラ様は?」
「ミカエラは旅の途中で亡くなった。五つにもならない年齢だった」
テオの言葉を聞いて口を押さえる。
ダメだ。声をあげては。
テオは、わたしの事を思って、嘘をついているんだ。きっと、そうだ。
「ルパート、どうしてテントに火をつけたりしたんだ。ケガをした人がいるかも知れない」
「わたしくの案ではありませんよ。そちらのウォルター殿下です」
テオの腕をつかんでいたウォルター殿下はふっと笑った。
「見せしめは必要だろ。逃げ場はどこにもない。もし、逃げようとしたら容赦なくみんな殺す」
わたしはその冷たい声にゾッとした。
思わず、身をすくめる。
「私の仲間は奴隷じゃないのよ。どうしてそんなひどいことをするの?」
アメリアが信じられないというように首を振った。
「みんな、旅をしてきて疲れ果てているのよ」
「俺には関係ない」
国のトップの人の言葉とは思えなかった。
「約束通り、テオドア殿下をそちらへお渡しする。すぐにこの国から立ち去ってくれ」
ウォルターが言って、テオの腕を離した。
「テオドア殿下、こちらへ来てください」
「わかった……」
ウォルターから離れたテオの顔は青ざめていた。
「アメリア姫にお礼を言わせてほしい。今日まで俺を助けてくれてありがとう」
「テオ……」
「さあ、参りましょう」
テオが連れて行かれる。
テオの姿がたくさんの兵士に囲まれて見えなくなった。
わたしにはどうすることもできなかった。
誰の前にも出ることができない。
ハッとして、ここにいてはいけないことに気がついた。
わたしは黙って人混みを離れて、暗闇に溶け込むように早足にその場から離れた。
心臓が痛い。
苦しい。
なんでこうなったのだろう。
でも、みんなが守ろうとしてくれた。
テオも抵抗せず行ってしまった。
わたしは一人だ。
これからどうしたらいいのだろう。
誰もいない場所で暗闇の中でがくりと座りこんだ。
もう、歩きたくない。その時、お腹が熱いと感じた。見ると、宝石が光っていた。
励ましてくれているの?
わたしの持ち物は、アメリアから譲りうけた本と宝石だけだった。
しばらくその場でぼんやりしていた。
嘘みたいだった。これは現実? そう。これは現実なんだ。
わたしは立ち上がり、ゆっくりと月明かりを頼りに、さらに森の奥に入った。
どこへ身を隠せばいいのか。
とにかく歩いた。
ジニアに向かうわけにはいかない。
自分が作成した地図とは逆の方へ向かった。
逃げて! と言うアメリアの言葉が何度もわたしを追いたてた。
それから、何日も歩いて、足がくたくたになって立ち止った。
それでもわたしは生きていた。
ゴーレにも会わなかったし、人さらいにすら会わなかった。
その時、近くで音がした。
ハッとして振り返る。
何かの気配を感じた時、ようやく、恐怖がわたしを襲った。わたしは身を低くした。
動くのが怖い。
しかし、どれほど待っても、何も現れなかった。わたしは立ち上がり猛ダッシュで走った。
どこからこんな力が出たのか驚いたが、森を無我夢中で走った。
その時、突然、足場がなくなり、崖から転がり落ちた。腕を擦りむいて、足首をひねったようだ。
「いたた……」
誰も心配してくれる人はいない。立ち上がり、足首に手を当てた。魔法を使わなくても足の痛みが消えた。
洋服をめくってみると、宝石が光っている。
腕のケガも元通りになった。
「アメリア……」
アメリアの名前を呼んだ。
名前を呼んだだけで、涙がこぼれた。
ポロポロと涙が溢れ出す。
「テオがね、結婚してくれってプロポーズしてくれたの。十六歳になったら、必ず迎えに来るって約束してくれたの」
聞いてくれる人はいない。
けど、わたしはアメリアに話しているつもりで言った。
テオは約束を守ってくれる。
生きていれば必ず会える。
そうだ! わたしの方から会いに行けばいいんだ。
身分が違っても。
テオが手の届かない人になってしまっても。
わたしからテオに会いに行くから。
ミア、あなたは歩かなきゃいけない。
アメリアに助けてもらった命。
わたしはこの世界にやって来て、たくさんの贈り物をもらったのよ。
お腹に手を当てると、宝石がほんわりと熱くなった。
生き延びてみせる。
テオ。
アメリア、ジェイク。
みんなの名前を呟きながら、わたしは歩きだした。
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