第12話 アメリアの願い



 大変なことが起きている。

 ゴーレか、それとも人間の襲撃か。

 なぜ、こんな場所で?


 一刻も早く助けに行きたいのに、アメリアが離してくれなかった。

 気がつくと、アメリアの後ろにジェイクも立っていた。


「アメリアっ。テオが一人なのっ。助けに行かなきゃっ」

「ミア、ごめんね」

「え?」


 ジェイクを見ると、彼も苦しげに首を横に振った。


「テオのそばにいなきゃ。テオが危ないわ」

「ミア。あれは、私のいとこ、ウォルターの仕業なの」

「なん……ですって?」

「ジェイク、ミアは私が説得する。あなたは、テオのところに行ってあげて」

「わかった」


 ジェイクが頷いて煙の方へかけていく。わたしはアメリアに手をつかまれたまま、テントの中に連れ込まれた。


「ミア、こんな形で本当にごめんなさい。落ち着いてなんて言われても無理かもしれないけど、時間がないの。ジニアに到着して、ウォルターに助けてほしいと交渉に行ったの。でも、彼は人が変わってしまって、旅をしてきた人たちを全員、奴隷にするって言い出したの」


 わたしは一瞬、言葉を失った。


「そんな……。奴隷だなんて」

「私はそんなことをしないで欲しいと懇願したわ。そうしたら、交換条件にテオの身柄を渡すなら受け入れてもいいと言い出したの」

「え?」

「テオは言ってはならない国の第二王子だったのよ。あの国は、あなたとテオの行方を必死で探していたそうよ。だから、今、あの国はテオを渡すよう要求してきたの」


 テオがキャクタス国の皇太子。


 だから、テオは何も言い出せなかったのだ。

 わたしはテオの心の傷が深いのだと気づいた。


「なら、なおさらテオが危険だわ」

「テオは皇太子なのだから、彼には危害を加えないはずよ」


 わたしは、たとえアメリアの言葉であっても、自分の目で確かめなくては信じられないと思った。


「テオが言ってはいけない国に戻るのならわたしも行く。絶対にテオとは離れない」

 

 わたしはアメリアの手を振りほどこうとした。


「ミアッ」


 離れようともがくわたしをアメリアが抱き締めた。


「ミア、お願いじっとして。あなたは捕まってはいけない。おそらくテオはそれを知っている。守りたいのはあなたなのよ。あの国に捕まったら大変なことになる。だから、私たち考えたの」


 そう言うと、アメリアは着ていたシャツを脱いで裸になると、胸の間にある赤いルビーをつかんだ。そして、何か呪文を唱えて自分の身から引きはがした。


「何するのっ」


 わたしは口を押さえた。

 アメリアの胸から血が噴き出す。胸からはがれた途端、宝石が石になった。


「アメリアっ」


 アメリアががくんと膝をついた。

 わたしはすぐにアメリアの胸に手を当てると、回復魔法で傷を治した。血が止まったが、アメリアの顔色は悪く青ざめていた。


「どうしてっ。どうしてこんなことをっ」

「大丈夫よ。石がなくても私は生きられるから」


 アメリアは脱いだ服を着込み、ルビーだった宝石をわたしの方へ向けた。


「受け取って……。ミア」


 アメリアが心配でたまらなかった。

 目尻が熱くなって、涙が出てきそうだった。

 救世主の証は、ただの石に変わっていた。


「ミア、手を出して、お願い」


 懇願する声に、わたしは泣くまいとしながら手を差し出した。アメリアがその手を取り石を乗せた。

 とたん、石が手のひらに吸い込まれていき、お腹が燃えるように熱くなった。

 服をめくると、おへその下あたりに宝石が現れた。

 透明のダイヤモンドのように輝く宝石を見て、アメリアがほほ笑んだ。


「よかった。石が受け入れてくれた……」

「どういうこと?」


 いろんな事が起きて、頭が追い付かない。

 とうとう涙が出てきた。

 アメリアがその涙をそっと拭ってくれる。


「あなたが私の前に現れた時からずっとこの時を待っていたの」

「……なぜ?」

「教えたことは覚えているわね」


 わたしは頷いた。

 アメリアはベッドの上に置いてあった本を手に取って渡してきた。

 懐かしい聖歌の本。

 暗記してからはアメリアに本は返した。


「これを持って逃げて、ミア」

「え?」


 何を言われたのか、すぐに理解できなかった。


「い、嫌。一緒にいたい。離れたくないっ」

「私もよ。三歳の頃からずっと大切に見てきたのよ。離れたくないのは私もよ。でも、ここで捕まったらいけない。彼らの目的はあなたを捕らえることなの。あなたはまだ若い。もっと成長して、自分を守れるだけの力を持ったら、ジニアに来て。私はジニアで待っているから。あなたが暮らせるように、幸せになれるように、私はジニアを変えてみせる」

「テオは? テオはどうなるの?」

「彼はあの国の皇太子よ。今すぐは無理でも、いつか彼に会いに行きましょう」


 アメリアの言っていることはちぐはぐだった。

 どうしてわたしたちが離れなくてはいけないのか、全然理解できなかった。


 わたしは何も知らな過ぎたのだ。

 この国の戦争も。

 アメリアとジェイクに頼って、彼らが何とかしてくれると思い込んでいた。

 突然、自分にふりかかってやっと気づいた。


「行って」


 アメリアがわたしの手をつかみ、テントから押し出した。


「誰にも見つからないように早く逃げてっ」


 アメリアはそう言うと、ジェイクの向かった方へ走って行った。


「アメリアっ」


 わたしの声にも、アメリアは振り返らなかった。

 一人になって辺りを見渡した。

 静かだった。物音ひとつしない。


 だめだ。行けない。黙って行くなんてできない。

 わたしはアメリアの後を追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る