第11話 目的地ジニアに到着して
アメリアから、本の内容を聖歌としてみんなに歌で伝えてほしいと頼まれた。
わたしは、ドレンテでいた時、実は聖歌隊に入っていた。歌が大好きで、人に歌を教えるのも得意だった。
「やりまちゅ!」
ドレンテは、やりたいことがたくさんある少女だった。ミアもチャレンジ精神が半端ないようだ。
そこで、わたしは一行に加わった人たちに聖歌を伝えていった。
聖歌は、宇宙の調和は音楽によってあらわされると考えられているので、興味を持つ人は多かった。
わたしも、みんなの声が響きとなって、平和をもたらすと信じて歌ってきた。
そうして、わたしたちはジニアへ向かって旅を続けた。ひたすら歩き続ける中でもやることはたくさんある。
食べ物、魔法、聖歌をみんなに教え、出会いと別れ、そして、ゴーレの襲撃の他にも人間という敵も多く現れた。
戦争が悪化する中、人間を捕虜にして自国を守る国も多く出てきた。
それから、七年が過ぎ、わたしは十歳にテオは十五歳になっていた。
テオは成長して、仲間に加わる女の子達から熱い視線を受けるような少年になっていた。
わたしは相変わらず小さかったが、言葉は、はっきり言える。
ジェイクから魔法を教わり、ジニアまでの地図はわたしが作成していた。
地図の作成方法は、ほんの数キロ先を見通す魔法を使って、道順を記録していくものだ。間違えたら戻ることもできる。
「師匠、とうとうここまで来ましたね。すでにジニアの領地ですけど」
わたしの見方では、この森を抜けると、開けた草原があり、さらに進むと小さな集落が出てくる。そこからは、作物を作っている村人がポツポツと出てくる感じだ。
ジニアはかなり大きな国で栄えていると聞いた。
アメリアの故郷だ。やっと、たどり着いた。
ジェイクも何も言わなかったから、同じように思っているだろう。
出会ったとき、ジェイクは二十歳だったから、今は二十七歳だ。
「ジニアに入る前に、そろそろアメリアと結婚をするべきでは」
「お前な……。そういうことをさらっと言うなと教えたよな」
「わたしは、結婚しておくべきだと何度も言いました。司祭様がいらっしゃる場所だってあったし」
ジェイクが、手を伸ばしてわたしの頭をがしかしと撫でた。
「俺たちは今のままでいいんだよ」
ジェイクはよくてもアメリアは違うかもしれない。
アメリアだって一緒に年をとるのよ。
出会ったときが十六歳だから、今では二十三歳だ。しかも、アメリアのようにすごいきれいなお姫様なら、ジニアに入ったら誰かに取られてしまうかもしれない。
ま、アメリアはしっかりしているから、ジェイク以外の人に目はくれないだろうけど。
言いたいことはたくさんあったが、ジェイクは目をそらして聞いてくれない。
アメリアとジェイクは心から愛し合っているのに。
わたしたちはいつ死んでもおかしくない世界に生きている。それなら、大切な人と一緒にいていいと思うのに。
「今夜はここで休む。明日はジニア入りだ」
ジェイクが言って、アメリアに伝えに行った。わたしも頷いて、後方にいるみんなに伝えるため移動した。
テオのまわりには女の子が集まっていた。よく見る光景だ。
「今夜はここで野宿をしてから、明日ジニアに入るそうよ」
わたしがみんなに伝えると、安堵する声が上がった。
「やっと、着いたのね」
「もう、足がへとへとだわ」
最近、仲間に入った女の子たちが嬉しそうに言った。
「ミア、隣に座れよ」
テオが手招きした。
わたしはいつものように隣に座る。
これまで、いろんな仲間と出会って別れてきた。
ジニアに入ったら、どうなるのだろう。
この世界に来て定住したことがなかったので、これからのことを考えるとワクワクした。
ジニアとはどんな国なのか。
楽しみで仕方ない。みんなも浮き足だっているように見えた。
畑で作物を作りたいとか、お洋服を作る仕事がやってみたいだの、みんな夢を語っている。
わたしもどうせなら、ドレンテの時にできなかったことをやってみたかった。
テオを見ると、何だかぼんやりしているように見えた。
「テオ?」
「ん?」
「疲れたの?」
「いや、そうじゃないよ」
そう言ってほほ笑んだが、やはり、少し表情がかたい。テオの中にもいろんな思いがあるのだろう。
今夜、一緒に寝る時に話が聞けたら聞いてみよう。
空もだいぶ薄暗くなっていた。
夜の食事の用意は担当の人たちがやってくれている。わたしたちは最後の食事をとるために自ずと動き始めた。
夜、めいめいがテントを張り、おやすみを言い合って分かれた。
長年、旅をしてきて、これが最後の一日になるのかと思うと感慨深い気持ちになった。
夜は明かりがないため早めに寝る習慣がついている。
わたしもテオの隣に毛布を敷いて横になった。テオは、まだ起きて座っていた。
わたしはテオの横顔を見ながら、息をついた。
「無事にここまで来られたなんて、奇跡だよね」
ふうっと息を吐く。いろんなことがあった。意見の違いで小さなケンカもしたし、テオが病気になったりわたしも体を壊したり、魔法がうまく使えなくてちょっとイライラしたり、思い出すとキリがない。
「テオ?」
テオも思い出にひたっているのかな。
起きてテオの顔を覗き込むと、深刻そうな顔をしている。
「どうしたの?」
「ミア」
「なに?」
「ずっと言えなかったけど、今夜しかないと思ったから話すよ」
と、突然、真剣な顔で言った。
びっくりして、わたしは姿勢を正した。
もしかして、ずっと黙っていたことを話す気になったの?
「う、うんっ」
「俺の、名前を言う。俺の本当の名前はテオドア。テオドア・ローゼン。そして、なぜ、ミアが三歳の時に一緒にいたのか、その話もする」
「う、うんっ」
こんなに長い間、誰にも言わないできたテオが、本当の事を話すのだ。
よほどの事があったのだろう。
今日一日様子が沈んでいたのは、それが理由だったんだ。
「ミアの名前は、ミカエラ・オブ・リンジー。ミアは、俺の婚約者だ」
い、今なんて言った?
「婚約者? わたしとテオが?」
「ああ。ミアは公爵家令嬢で、俺との結婚はすぐに決められた。あの日、俺は、ミアの城にいたんだ」
「さ、三歳で婚約が決まっていたの?」
「ああ……」
話がすごすぎてついていけない。でも、
「わたしがテオの婚約者?」
「そうだ……」
と、テオのはっきりした答えに思わず飛び上がった。
「や、やったぁ!」
テントの上までは届かなかったが、突然跳び跳ねるわたしに、テオが面食らう。
「嫌じゃないのか?」
「嫌じゃない! 嬉しいっ」
わたしはテオの胸に飛び込んでぎゅっと抱き締めた。嬉しくて泣きそうだった。
「わたし、テオが大好きだもの。もし、テオが誰かと結婚してしまったら、どうしようって悩んでいたもの」
「そんな、まだまだ先だよ」
「先じゃない!」
少し怒るとテオが、はあっと体の力を抜いた。
「よかった。ミアがそう言ってくれて」
「まさか、わたしがテオ以外の人を選ぶと思った?」
「まだ、十歳だから」
「絶対にないっ」
テオのお嫁さん。
嬉しくて泣きそうだ。
「で、でも、なんでこのタイミングで?」
「俺、ミアのこと好きだから。最近、一緒にいて寝るのが辛くなって、だから……」
そう言うなり、テオは片膝を地面につけてわたしの右手を取った。
「も、もう一度約束したいんだ。ミアが十六歳になったら俺と結婚して欲しい。だから、明日からだけど、一緒に寝るのはやめて、ミアが十六歳になったら必ず迎えに行く」
「は、はい! 待つ。ずっと、待ってる!」
わたしは有頂天になりながら、無我夢中でテオを抱き締めた。
「ア、アメリアに報告してくる!」
「え? 明日に……」
「今すぐ伝えてくる!」
わたしはテントを飛び出すと、アメリアの休んでいるテントを目指した。
嘘みたい。こんな素晴らしいことが起こるなんて。
幸せで息がうまくできないほどだった。
走ってアメリアのテントまで近づいた時、ワーッという人の声に体が止まった。
今のは何?
振り向くと、火の手が見えた。
「襲撃……」
頭が真っ白になる。
すぐに我に返って来た道を引き返そうとしたら、腕をとられた。
アメリアがそばに立っていた。
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