第8話 テオの秘密とわたしはドレンテ。

 



 その日の夜、テントを張って休む頃、テオは眠そうに目を擦り横になった。


「お腹空いてないか? ミア」

「ちゅいてにゃい」


 食事も変わらずで、朝はポリッジ、昼は果物、夜はポリッジとスープ、時々、肉やパンもあった。

 わたしは、今日はこれから話をするので、緊張のあまり食事が喉を通らなかった。


 テオとゆっくり話をする時間は限られている。わたしは心臓が飛び出そうなほど緊張していた。

 もし、わたしがテオの知っているミアではないってわかれば、彼はどんな風に思うだろう。真実を話すのが、とてつもなく怖かった。


「ミア? どうしたんだ?」


 体をこわばらせたわたしに気づいて、テオが不思議そうに言った。


 今話さなきゃ。

 わたしは覚悟を決めた。

 横になっていた体を起こし、テオの方へ向き直った。


「テ、テオにおはなちがあるにょ」

「うん」

「あ、あたち……」


 どこから話せばいいんだろう。

 

「テオとあたちはほんちょのきょうたいなにょ?」

「え?」

「あたち、テオにほんちょのことかいえにゃくて。これいじょうたまっちぇいるにょ、ちゅりゃくて」


 舌足らずでうまく話ができない。

 テオがゆっくりと体を起こした。

 わたしは懸命に伝わるよう話を続けた。

 

「あたち、ほんちょはここちゃない、べつにょせかいからきちゃの。ほんもにょのミアから、たちゅけてってよばれちゃの。めをあけちゃら、ミアににゃってたにょ」

「ミアに呼ばれた?」

「うん。でも、アメリアは、あたちとミアはどういちゅじんぶちゅたっていっちぇくれたにょ。それて、あたち、テオときょうたいかもわからにゃいにょ」


 伝わっただろうか。

 目を見るのが怖くてうつむいていた。


「テオ?」


 テオの返事がない。すると、テオがわたしの背中を優しく撫でてくれた。


「ごめんな、ミア。俺こそずっとこの話から逃げていた」


 顔を上げると、見たこともないほど悲しい顔のテオがいた。

 テオも辛かったんだ。


「おちえて」

「俺とミアはきょうだいじゃないよ。詳しい話はできないけど、ミアの母上は強力な魔法使いだったんだ。それで、危険が迫った俺たちを魔法で転送させた。でも、その転送先は、ゴーレの襲撃にあっていて、移動したとたん、ミアはゴーレの鉤爪で襲われ、俺はどうすることもできなかった」


 じ、じゃあ、あの魔方陣はミアのお母さんの魔法なの?


「あたち、ミアによばれちゃの。たちゅけて、はやくきちぇっていっちぇた」

「ミアが? そうだったのか……。それからは覚えているだろ? アメリア姫が助けてくれた」

「おかあちゃまは、アメリアのもとへてんちょーちたのにぇ?」

「そうだと思う」

「おかあちゃまはとうなっちゃの? なにかあったの?」

「俺たちは城にいた。あの日、ゴーレの襲撃があって、それで、俺たちを守るためにミアの母上が魔法で逃がしてくれた」


 城が襲われるなんて。

 お母様は亡くなられたのだろうか。

 それを聞くことはできなかった。テオも知らないかもしれない。

 わたしはテオの手をそっと握った。


「あたちをまもってくれちぇ、ありあとう」

「ミア………。俺にとってミアはいなくちゃならない存在なんだ。だから、何があっても離れちゃいけないんだ」

「うんっ」


 わたしはテオをしっかり抱き締めた。

 過去のミアの記憶は全然ないけど、テオがとても大切な人であることはわかる。

 テオには知っていて欲しかった。


「あたち、ここにくるまえはドレンテってなまえたったにょ」

「ドレンテ?」

「うん」

「俺の母上と同じ名前だ……」


 テオが小さく呟いた。


 テオのお母様と同じ名前。

 これは、偶然じゃない。

 確信はないけど、そんな気がした。


「ちゅてきなおにゃまえにぇ」


 わたしの言葉にテオがキョトンとした。そして、言葉を理解してからクスッと笑った。


「ああ。優しい母上だった。忘れないよ」

「ておにょおとちはいくちゅ?」


 一番聞きたかったこと。


「俺は八歳だよ」


 子どもらしい笑顔。

 にっこりと笑うテオを愛しく思った。

 血は繋がっていなくても、心から頼れるお兄ちゃんだ。

 その夜はテオと手を繋いでいろんな話をした。

 テオにとって、わたしが十六歳であった事が一番の驚きだったらしい。


「おかしいと思っていたんだ。普通、三歳の子どもはラテン語なんて読めるはずないだろ?」


 テオは表情を隠すのが非常に上手なタイプらしい。あのクールな顔の裏で驚いていたのか。

 

「ミアは万能なんだな。何でもできるのか?」


 変人と呼ばれていたことは黙っておこう。

 万能の方がよほどいい。

 こちらに来てからは、誉められてばかりだ。


「ちゃんちゃいにちてはばんにょうかもにぇ」


 テオは、うーんと唸って、まずはその言葉を理解しなきゃ、だけどね、と苦笑した。


「おやすみ、ミア」


 額にキスをしてくれて、わたしはテオの腕の中で今までで一番幸せな気持ちで眠った。

 

 ミアの気持ちがひとつわかった。

 テオが大好きなのだ。

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