08 帰郷

 待ち合わせ場所にラルクが現れるかどうか、半信半疑だった。

 峠にある林檎の木の下で、エリオはフォレスタの兵士たちと共に彼を待った。

 大聖堂で逃げられず捕まった兵士は、天使の慈悲で解放され、事前に打ち合わせた場所に全員集合することができた。そこでエリオは、大聖堂で天使と会ったこと、彼が友人でフォレスタを救うのに協力してくれるということを、兵士たちに説明した。


「本当に、その天使は来るのでしょうか」


 兵士たちは、不安そうだった。

 だが、見つかったら斬首される覚悟だった大聖堂への侵入で、見逃されたのが何よりの証拠だ。とりあえず駄目でもともとだから、待ってみようと彼らは考えた。

 

「……待たせたな」

 

 そして、林檎の木にふわりと着地するように、天から舞い降りた天使の姿に、彼らは瞠目する。


「本当に天使だ……!」

 

 ラルクは翼を隠さなかった。

 論より証拠、翼を見せてくれた方が、エリオとしても説明が楽で助かるが、大丈夫なのだろうか。

 地面に降りたラルクの肩から、すぅっと空気に溶けるよう翼が消える。どうやら翼は出し入れ可能らしい。


「お前の故郷に案内してくれ」

 

 そう言うラルクに、エリオは深く感謝した。


「ああ、案内する。これからよろしく頼む」


 一行は険しい山道を歩き出す。二人とも山歩きが好きな健全な若者なので、屈強な兵士と同じ速度で進むのは、そこまで大変ではなかった。

 その日は、山の中の渓流沿いで野営した。

 

「エリオ、お前に渡したい奴がいる」

 

 二人の周囲から兵士が遠ざかった時を狙い、ラルクが胸ポケットから出したのは、栗鼠りすのピックだった。

 栗鼠はエリオの顔に飛び付いて、腕と肩を何回も往復する。


「ピック! 元気にしてたか」

 

 ラルクにありがとう、と感謝しようとして、エリオは少し黙った。


「どうした?」

 

 ラルクが心配そうに聞いてくる。

 それにエリオは、申し訳ないと思いながら返事をした。


「……ピックは、森に帰した方が良いかもしれない」


 これから故郷に戻って、父にラルクのことを説明し、ズタトロクと戦うことになる。忙しくなるのは目に見えているし、帝国の追っ手に襲われないとも限らない。

 小さな可愛い栗鼠の面倒を見る、時間や余裕が無くなるかもしれない。

 

「せっかく、ここまで連れてきてくれたけど、ピックのことを考えるなら、ここでお別れかな」

「……」

 

 エリオは、不思議そうにする栗鼠を、地面に降ろした。


「森にお帰り、ピック」

 

 栗鼠は戸惑ったように、動かない。

 黒いつぶらな瞳で一心にエリオを見上げている。


「止めておけ、エリオ。そいつは、お前のことが大好きなんだ」

 

 ラルクが言った。


「そんなの……栗鼠の気持ちが、お前に分かるのか?」

「分かる」

 

 エリオが八つ当たりのように声を上げたのに、ラルクは即答する。


「俺は天使だからな」

 

 栗鼠が、足元に駆け寄ってくる。

 逃げずに手のひらにまとわりついてきて、エリオは泣きそうになった。


「前は誤魔化してただろ。どういう心変わりだよ。本当に、僕と一緒にフォレスタに来て良いのか?」

「もう、決めた」

 

 焚き火を見つめるラルクの、深海色の瞳は澄んでいる。

 この友人は天使であることを隠していた。それなのに、今はてのひらをひるがえしたように、天使である身分を明らかにし、エリオに全面的に協力してくれている。何が友人を決断させたのか。

 何に悩み、なぜエリオに協力すると決めたのか。

 その心の内を話して欲しい。ラルクが助けてくれたように、エリオも彼を助けたいのだ。

 しかし、頑固な友人の本音をどうやって聞き出せば良いか分からず、エリオは無言で栗鼠りすの尻尾を揉むしかなかった。

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