06 告白と、決断

 真夜中、エリオたちは人目を忍んで大聖堂へ向かった。

 大聖堂の警備は、予想に反して手薄だった。

 見回りの兵士もおらず、出入口の門番が交代で受付に座っているだけで、侵入し放題の状態である。


「本当に天使がいるんですかね……」

「う~ん。だけど、手掛かりがあるとしたら、ここしかないだろう」

  

 帝国の習慣に詳しくないエリオとフォレスタの兵士は戸惑ったが、大聖堂の警備が薄いのは理由があった。

 大聖堂、天使の座す場所は、中立地帯であり、困った者は身分を問わず駆け込んで助けを求めることが許されている。そんな慈愛に満ちた場所で窃盗せっとうを働くなど、人道にもとる。帝国民は誰もそんなことを思い付かないので、警備も不要という訳だ。

 もう一つ理由としては、人間に翼ある天使を害することは、実際問題不可能という事がある。天使がその気になれば、空を飛んで難を回避できるのだ。

 しかし、天使に詳しくないエリオたちは、そのことを知らなかった。


「無用な騒ぎを起こしたくない。横の塀を乗り越えて入ろう」

 

 エリオたちは、塀に縄ばしごを引っかけ、園内に侵入した。

 そして大聖堂を囲む広大な庭園に、目を見張る。

 月下に輝く泉と、風に揺れる紅葉に染まった植栽は、それは見事だった。


「広いな。これじゃ、どこに天使がいるのか分からない」

 

 当てずっぽうに侵入するのではなく、事前に内部の見取り図を仕入れておくべきだった。

 もっとも、帝国で友人の少ないエリオは、そういった伝手つてもないのだが。


「……案内してあげようか」

 

 頭上から、子供の声が降ってくる。

 見上げると、木の上に白い翼の少年が座っていた。容姿端麗な金髪の少年で、背中の翼は内側から光を放っているようだ。少年の姿は幻想的で、聖なる気配に満ちていた。

 これが天使。

 本当に存在しているとは。それに、こんなに早く出会えるなんて。


「っつ! 天使だ、捕まえろ」

「止め」

 

 天使は攻撃的でなかったので、まずは会話したほうが良いと感じたエリオだったが、フォレスタから連れてきた兵士は焦って矢を射ってしまった。

 矢は天使の前で、強風に吹き散らされ、地面に落ちる。

 それと同時に、天使の少年の雰囲気が冷ややかなものに変わった。


「愚かな人間だな。どうやら、僕の助けは必要ないようだ」

「待っ」

 

 ピーーーッとどこかで甲高い鳥の声が響いた。

 大聖堂に、灯りが付く。庭園にも、次々に灯りが付き、周囲は明るくなった。

 警備の兵士が、侵入者に気付いたらしい。


「お前たち、散開して逃げろ!!」

 

 エリオはすぐさま、命令を下した。

 どう考えても、今天使を捕まえることは不可能だ。それどころか、こちらが捕まる可能性の方が高い。

 フォレスタの兵士たちは頷き、それぞれ別の方向に逃げ始めた。

 彼らの内、誰か一人でも、逃げられれば良い。

 エリオも植栽に隠れながら、逃げる場所を探して走る。


「大聖堂に侵入者だ!」

「ありえない! どこの田舎者だ?!」

 

 松明たいまつを持った警備の兵士が駆け回る足音が響く。

 田舎者で悪かったなと思いながら、エリオは姿勢を低くして地を這う。どこに行けば、外に出られるだろう。


「……こっちだ」

「!!」

 

 突然、掛けられた懐かしい声に、エリオは心臓が止まりそうなほど、驚いた。

 振り返ると、唇に人差し指をあてたラルクが、目配せしている。

 彼は無言で手招きし、エリオはぐっと言葉を飲み込んで、それに従った。

 死んだという噂は、嘘なのか。

 どうして大聖堂にいたのか。

 タイミングよく現れたのは、何故か。

 分からないことばかりだ。




 ラルクは大聖堂の構造が頭に入っているらしく、暗がりを迷わず走る。

 裏手にある、通用口らしき門を潜り抜けると、そこはもう大聖堂の敷地の外だった。

 眼前には、夜の海が広がっている。海岸線を辿れば、街の中に戻れるだろうか。

 

「……助かったよ。ありがとう、ラルク」

 

 逃げきったのだと分かり、エリオは息を整え汗をぬぐいながら、ラルクを見つめた。


「だけど、どうして大聖堂に?」

「それは、こっちの台詞だぞ。お前こそ、大聖堂に何の用だ」

 

 ラルクの声に、こちらを責めている気配は無かった。

 彼は帝国貴族なのに、エリオを逃がしてくれようとしている。

 良心が痛んだエリオは、正直に事情を話すことにした。


「僕たちは……天使をさらおうとしていた」

「……」

 

 ラルクは無言で片眉を上げる。

 糾弾されないのを良いことに、エリオは説明を続けた。


「故郷のフォレスタは今、ズタトロクという魔物が暴れていて、不作の上に災厄が振りかかってどうしようもない状況だ。帝国に反旗をひるがえしてでも、フォレスタを救うために、考え付く手段は何でも試すつもりだった」

「……魔物か。それで、天使を」

 

 天使は、天候を操って豊作をもたらす存在だが、同時に魔を払う聖なる力も有しているとされている。

 エリオの追い詰められた状況を理解したのか、ラルクは痛ましそうな表情になる。


「君は、なぜ大聖堂に? 僕は助かったけど……」

 

 この騒ぎが露見し、ラルクがエリオを逃がしたと知られれば、彼も只では済まないだろう。

 大丈夫かと、エリオは心配する。


「……」

 

 ラルクはうつむいて何か考えていたようだが、すっと顔を上げ、エリオを見た。


「お前は、お前たちは天使を必要としているのだろう。なら、俺をフォレスタに連れて行け」

「え? ラルクが来てくれるのは大歓迎だけど」

 

 戸惑うエリオに歩み寄り、ラルクが正面から見つめてくる。

 そのやけに真剣な顔つきに、エリオは困惑した。


「前に俺を天使のようだと言ったな? その通りだ」

「!!」

 

 ラルクの肩から白い翼が広がった。

 月光を遮ることなく、それ自体が輝いているような、不思議な翼だ。

 

「俺は、お前たちが求めている天使だ」

 

 エリオは、呆気にとられた。

 翼は幻などではなく、確かに存在しており、ラルクの背中と自然につながっている。

 大きな翼だった。人間の体に見合う大きさなのだから当然だが、風切り羽の長さも腕より長い。近くで見ると、翼に包み込まれるようだった。


「本当に……?」

 

 思わず手を伸ばして、羽に触れようとしてしまう。

 するとラルクは表情を変え、翼を後ろに遠ざける。

 もしかして、触ってほしくなかったりするのだろうか。


「ごめん」

「いや……あまり他人に翼を触られたくない」

 

 そう言われ、エリオはやっと、ラルクが天使なのだと実感した。

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