第8話
…
…
……
声が聞こえる。
「……きて、ねぇ起きてったら!」
女の人の声が聞こえた。
まだまだ眠いな…
昨日の仕事が深夜過ぎまで長引いて遅くなったからだなと木下は、自分の身体の重さを問いかけている。
「起きてってたら、もう朝だよ」
再び、その女性は、僕の体を揺すりながら声を掛ける。
「おはよう!」
僕は、まだ眠たいなと思いながらも目を擦り、返事をした。
「ねぇねぇ!見て。昨日、あんなに雨が降っていたのにこんなにもいい天気だよ!こんな日に寝てるなんてもったいない!」
彼女は言う。
無邪気な笑顔を見せる彼女がそこには、いた。
”そっか”と、横にいる彼女の存在を改めて、確かめるように僕は、見つめていた。
シーツをどけて、ベットから重い身体を引き摺り出し、窓に向かう。
カーテンを広げると、
窓の外は、本当にきれいな空が広がっていた。
雲一とつない快晴の僕の身体にエネルギーを送ってくれているような気がした。
本当に昨日の雨が嘘ようだった。
「本当だね」と振り返ると、
先ほどまで無邪気な笑顔を見せていた彼女は、いなくなっていた。
あれ…
どこに…
えっと… さ…
名前が出てこない。
また、同じ日が繰り返される。
目を覚ました。
はぁ…はぁ…
服にビッショリと汗がしみついていた。
また同じ夢を見ていた。
ベトベトになった服を洗いものかごに入れる。
このまま裸のままでもいいが誰かが来たら面倒だと思い、お決まりの白いティシャツに着替えた。
着替えてからは、特に何をするでもなくただひたすらに時間が過ぎるのを待っていた。
こうして、毎日、毎日をなんとかやっている。
それだけで充分だ。
もう、他になにも望まない。
一つだけ願いが叶うなら、彼女が幸せでいてくれれば…
「……さ…ん……木…下さん、木下さん」
シュンは、カウンターのテーブルを何度も入念に拭いている木下さんに声を掛ける。
自分がボーッとしている事に気がついた。
「木下さん、大丈夫ですか?この後は、何をしますか?」
シュンは、グラスを磨き終えた布巾を片手に質問した。
「えっと、そうだね。まぁ、今日はあがりでいいよ!ありがとう、お疲れ様。」
「えっ?…はい。」
「今日は、そこまで忙しくないから最初からいろいろと飛ばし過ぎもよくないからね!」
シュンは、
まだ、2時間くらいしか働いてなかったので、大丈夫なのか?と思いつつも上がらせてもらう事にした。
シュンが帰った後も先ほどの女性の席を見つめていた。
「あの頃に戻れるなら、今頃は…」
カウンターテーブルに落ちた水滴を拭きながら木下は、過去の自分に何度も問いかけていた。
「お疲れ様です!」シュンは言う。
「お疲れ様!」木下は言う。
少しだけ木下さんの様子が変だなと感じた。
だが、ここで聞いてもいいものかと迷ったあげく、また別の機会に聞く事にする事にした。
店を出ると、数時間の間にこれほどまでに変わるものかと夜が深まっていた。
あまりにも早くに帰される事になり、なんだか手持ち無沙汰になりつつも、
駅前の方へと向かうと、多くの仕事帰りのサラリーマンがチラホラと見えた。
仕事が終わったばかりの人もいれば、もうすでにけっこう飲んでるように見える人いる。
まだこんな時間だというのに千鳥足になりながら、次の店をどこにしようかと散策している人もいた。
「30分飲み放題500円です」
居酒屋の前では、どんどんお客を招こうとビラ配りをしている店員さんもいた。
「いらっしゃいませ」
「ガールズバーです!どうですか?今からでも入れますよ!」
その近くでは、酔いを回ったサラリーマンをまた夜の店へと案内している女の子が声をかけていた。
シュンは、まだまだこの雰囲気になれない所もあってか足早にこの場所を離れようとしていた。
すると、ふとっ目に入った。
「あれは、たしか…」
綺麗な装いをした女性がいた。
「今日は、ありがとうございました。また、きてくださいね!」
この前の合コン出会った女の子がいた。
あっ
一瞬、目が合ったような気がした。
向こうもこちらに気付いたのかもしれない。
だが、その子は、何もなかったかように再び店の方へと戻っていた。
そいえば、マリさんはどうしているのかな
この前、たまたま会った以降、特に連絡を取る関係でもなかった。
今度会ったら、ギター教えてもらおうかな。
休みの日とか何してるのかな。
ふっ
なんで、自分がそんな事を考えていんだろと少しだけおかしくて笑えてきた。
まるで…
それ以上は、雄太の事を思うと考えるのをやめておく事にした。
ネオン街から離れると、薄暗い道が続いていた。
街灯がポツリとポツリとしか光らない道の先をゆっくり歩いて家へ向かった。
東京ライムライト 一の八 @hanbag
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