第6話



予定時刻よりも早くファミレスに着いた。


腕時計の秒針は、刻々と動いてる。

自分の緊張感もそれにつられて上がっていくような気がした。




自動ドアの扉が開くと、近くに住む主婦たちが井戸端会議を繰り広げていた。


「いらっしゃいませ!」

少し小柄な店員さんが出迎える



「何名様ですか?2名?かしこまりました!では席に案内します。」


先ほど見えていた主婦の横を抜ける。


「この前ね。ウチの旦那がね…」

「…あっ、これ美味しい!一口食べる?…」

「そいえば、次のPTAって誰かしら?…」




取り止めのない会話に少しうんざりした様子を見せている人もいた。


1人が席を立つ。


「私、ドリンクバーとってきますね。何か入りますか?」

「いいの?」

「全然、大丈夫です!ついでなので」

「じゃあ、わたしコーヒーかな」

「じゃあわたしは、オレンジジュースお願い!」


「分かりました。」女性は、一通りの意見を携えてドリンクバーに向かった。



店員に案内される席へ着いた。


荷物を置くと、店員に聞かれた。

「ご注文は、どうしますか?」

「とりあえず、ドリンクバーをお願いします」


とりあえず、飲み物でも取りに行くか

お酒の事についてまだまだ知らないからな


なんて会話したらいいかな…


そんな事を考えていると、

先ほどの女性がドリンクコーナーに向かっていくと目があった。

知り合い?じゃないよな


それよりもなんだか疲れてるなという印象を受けた。


ホットコーヒーを飲みながら、時間まで過ごそうかなと入り口に目をやると木下さんが現れた。


薄い青色のシャツに黒のスラックスを履いて、少しだけお店とは違った雰囲気を出していた。


「ごめん、ごめん、待った?」

木下さんは、申し訳なさそうな顔で聞いてきた。


「いえいえ、ちょうど今来た所ですよ」

改めて自己紹介をすると


「なにか、注文した?」

「とりあえず、今はこれだけです」

と湯気が上るコーヒーを見せて答える。


店員さんがお水を運んできた。

「ご注文は、お決まりですか?」


メニューをパッと開くと、少し考えて


「じゃあ、これにするね。日高君は?」


写真でこれでもかというくらいふわふわな感じがスフレパンケーキを選んでいた。

メニューを渡される。


「とりあえず、これで大丈夫です」

「そう」

「あと、ドリンクバーも」


木下さんは、なんだか嬉しそうな表情をしながら話した。


「いや、この前は、突然言われたからどうしようかなと思っていたけど、よろしくね」

「こちらこそ」



このままなんて会話を広げていけばいいのか分からないままだった。


すると、先ほど注文したスフレパンケーキが届けられる。

「助かるよ、僕ね甘いものが大好きなんだけど、おじさん一人で食べるのも変でしょ?だから誰かと一緒ならね!」


そういう事か。



「それよりも一つ気になったんだけど…甘いもの好き?」


「えっ?嫌いではないですよ」


店との印象が違いすぎて少しだけ戸惑うな


「ごめんごめん、冗談。なんでバーテンダーになろうって思ったの?」


「それは…はっきりとした事はないです。もともとバーテンダーをやりたいと思っていたわけでもなくて」

「そうなんだ」


あっ…しまった


「でも、一つだけ言えるのは…今の自分にとってこれしかないと思ったからです」

「すごい意気込みだね」


「今、こんな風に言えるのも自分でもすごいと感じています。この歳になるまでは引きこもりをしていたので」


「引きこもり?そんな風には全然見えないけど」

突然の告白に驚いた様子を見せていた。


「小さい頃から運動も勉強もダメで、何をするにしても諦めてばかりいました。そんなせいもあってか友達も全然出来なくて、次第に学校に通うのも嫌になって家で引き篭もるようになりました。」


過去の自分の話をしている自分に少し変な感じを覚えていた


「でも、今みたいに外に出れるようになったのは何かきっかけとかあったの?」


「こんな毎日を過ごしても生きている意味なんかあるかなって考えている時でした。

そんな時、親父から渡された一本の映画でした」


「親父さんから渡された映画?」

木下さんは、あまりの事にそのまま復唱していた。


「その映画は、かなり前の映画でチャップリンという人が出ている作品です。チャップリンわかりますか?」


「もちろん、チョビヒゲの人だよね?」

手でチョビヒゲを作りながら答える。


「まぁ、そんなとこですね。その映画は、踊りを諦めたバレリーナが自殺を図ろうとしてる所を主人公の喜劇役者が助けるという話です」


「チャップリンって名前は、知ってるけど。映画は、観た事無かったから」


目の前のスフレを一口頬張る


「そうなんですか?お店の名前が映画のタイトルだったから」

「そうだったんだ!知らなかった。もともと前のオーナーから引き継いだだけだから」


恥ずかしさを隠すように笑って答えた。



「その中セリフの一つに


『何のために意味なんか求めるんだ?人生は願望だよ、意味ではなく。願望が全ての生命の根源だ!』


というセリフを聞いて、自分はやりたい事を諦めなくていいのかってなったんです」


「なんか、感動的なストーリーだね。」



「ありがとうございます」

素直に答えた


「今度は、別のことを聞くけどバーテンダーにとって大切な事って何んだと思う?」

「バーテンダーに大切な事ですか…そうですね。お酒を覚えたりとかですか?」


「まぁ、それよりも大事だね!だけど、それよりも大事な事は相手の事をよく見る事だね」

真剣な眼差しになっていた


「よく見る?」

「目の前にいる人がどんな人でどんな事を考えてどんな事を思っているのかを知る為に」


「でも、それってバーテンダーと関係ありますか?」

「何よりも大事な事なんだよ。例えばこの前お店に来たお客さん覚えてる?」

少し引き締まった笑顔で言葉に重みがあった。

「スーツ姿の3人組ですか?」


手元に近くにある水を掴むと

「そうそう。その一杯には、色んな思いが込められている。それを飲むことのね。ここに来るまでにどんな事があったのかとかね!」



「思い…ですか…あの3人組は、そんな風に見えませんでしたけど。」


「まぁ、人によってはそうかもしれない。何年ぶりかの再会だったりとかもしたりとかね。」

少しだけ遠くを見るような目で答え、


「そのうちに分かるようになるよ」

嬉しそうにスフレを食べていた。


「そのうちですか」僕は、答える。

何か話題を変えた方がいいかな



「木下さんは、ご結婚とかはされてますか?」


少し質問としては踏み込み過ぎたかと言ってから気がついた。


「結婚?昔はしてたよ。まぁ、バツってやつかな」

「そうだったんですね」

「娘もいたけど、母親といた方が安心だってそっちに引き取れたけどね」


しまった、なんか変な事聞いてしまったかな



「全然、気にしなくていいから!一口いる?」

戯けたな様にスフレを差し出した


「えっあ、大丈夫です」

本当は、貰いたかったけどやめておこ。


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