第5話



駅へ向かうと、

まだ時間も早いこともあってかこの前に来た時と比べるとどこか閑散としている。


仕事を終えた帰宅する人の姿もチラホラと見えていた。


たしか、店のオープンが20時頃だった。



まだ時間は、ある。


空腹のまま行っても悪い酔いするかもしれない。


とりあえず、近くにファミレスで腹ごしらえをする事にした。


普段から自炊をして、生活費を無駄のないようにしているのだが「まぁ、今日くらい」は、と普段では頼まないような料理を注文した。


注文した品は、どれも写真よりも違うなと思いつつも食べてみると美味しかった。

味は間違いない。




食事を終え、時計に目をやると20時を周ろとしていた。




レジで会計を済ませると、BARまでは歩いてすぐだった。


店を出ると、先ほどまで閑散としていた風景はこの短い時間で別の世界にきたかと思う程に景色を変えていた。


地下一階へと続く階段を降りると、

『ライムライト』が以前よりも重く見える


取手に手をかけ、扉を開く


「いらっしゃいませ」

この前、会ったバーテンダーがいた。


店の中には、BARにして早い時間なのか他のお客の姿は見え無かった。


「こんばんは」前回と同様に緊張していた。


「お久しぶりですね!何を飲まれますか?」

「覚えてるんですか?」

「えぇ、もちろんですよ」優しそうな笑みを浮かべながら答えた。


「何にしようかなー?オススメとかはありますか?」


「オススメですか?そうですね、お食事はお済みですか?」

「はい、この近くのファミレスで済まして来た所です」


「あのファミレスですか!僕もよく行きますよ!それでしたら、ハイボールなどはどうでしょうか?」

僅かな共通点が生まれた。


内心、ハイボールか…と思いながら

少し安直に答えてしまった自分に後悔した

「お願いします」



バーテンダーの男性は、注文を聞くと棚から細長いグラスを一つ取り出した。


グラスに氷を入れると、マドラー使い手早くクルクルと回転させる

そこに出た水を捨てた。


冷蔵庫からキンキン冷やされたウィスキーボトルを取り出した。


小さなカップウィスキーを注ぎ、ウィスキーを注いだグラスを再びマドラーを使い20回程度クルクル手早く混ぜる。

炭酸水を氷に当たらないようにグラスを傾けながら、ゆっくりと注ぎ、最後にマドラーで一回だけ混ぜる。


どの動きも無駄がなく、きめ細かい作業でありながら雰囲気の邪魔をしていなかった。


「お待たせしました」

バーテンダーの男性がコースターと共にハイボールを差し出した。

「いただきます」


口に入れた瞬間に自分が普段飲んでいたハイボールとは違うのが分かった。


お酒の強さも程よく味わえながら、変な苦味もない、それに加えて鼻から抜けるウィスキー独特の香りが飲んだ後に余韻として感じられた。


「すごい!僕が普段、飲んでるハイボールと全然違います!」

「そうですね、ハイボールは、誰にでも簡単に作れますが、実は結構奥深いんですよ。見えてない細かい作業がこの一杯を作られているんですよ」



自分が知らないだけこれほどまでにテクニックが隠されていたのかと改めてお酒の奥深さを知ることが出来た。


それを聞くと心の中で、自分の中で確信めいた感情が芽生えた。


酔ってしまう前に言おう。


「実は、今日お願いがあってここに来ました?」

緊張しながら、バーテンダーの男性に言う。


「お願い?」

訝しげな表情をしたまま聞いてくる。


「僕をここで働かせもらえませか?」


バーテンダーの男性は、突然のことに逡巡している様子だった。


「なぜ、またここで働きたいと思ったんですか?」静かに口を開いた。


「前に訪れた時に一つ一つ無駄のない丁寧にお酒を作られる姿に感動して」

「なるほど。ですが、今はバイトも募集をしているわけではないので…」

「そうなんですか」



やっぱり、こういう世界は自分とはかけ離れたものだったか…

だから、いつも自分にはこうじゃないか

「でも、僕の人生で何かやりたい事って今これしかないと思ったんです!」



このまま引き下がっていてもまた、あの時の自分に戻ってしまう。


カランカラン


後ろの扉が開いた。

スーツ姿の男性3人組が入って来た。


「いらっしゃいませ!そちらの席へお座り下さい。」

3人組は、一件目でなかなか飲んでいるのかどこか陽気な雰囲気があった。


「何にされますか?」バーテンダーは、問う


「そうだな、ハイボール!あとは?まぁ、いいや。とりあえず同じのを3つで!」

「あと、つまめるやつとかある?チーズ系かナッツ系か。」

「お前、ハイボールと言ったらナッツ系だろ!」

「いや、チーズだろ!」

謎の言い合いが始まろうとしていた。


「まぁまぁ、両方とも頼めばいいじゃん。

とりあえず、両方とも下さい。」一番端に座った大人しそうな男性が2人の意見をまとめて注文していた。



店がどんどんと普段の姿を見せ始めると、

バーテンダーの男性は慌ただしい様子で注文に対応していた。


目の前のハイボールは、半分以上飲んでいた。少しだけ氷が薄まって味も落ちてきた。




なんだか、このまま過ごしていても往生際が悪いばかりじゃないか

と落ち込みかけた時


バーテンダーの男性が近づき、静かに話した。


「だけど、基本的に1人でやっている事が多いので掃除や片付けなどをしてくれる人がいると助かります。」


「えっ?それって?」

僕はバーテンダーの男性を見た。


「明後日の夕方時間ありますか?よければ、

そこで話しましょう!

そうですね…近くのファミレスで待ち合わせましょう。」

「ありがとうございます。」と答えた


「申し遅れました。私、木下と言います。」バーテンダーの男性は、名刺を差し出した。


「僕は、日高です。よろしくお願いします。」


「日高?」

木下さんは、少しだけ何か引っかかる様な顔をした。

「どうかしましたか?」

「いえいえ、大した事ではないです。知り合いと同じ苗字だったので。

次のお酒は、どうしますか?」


「今日は、このくらいで」と答える

「ありがとうございました。」


先ほど3人組が再び注文をしている声が聞こえた…


「…えっと、…ハイボール…と…」




お家計を済ませ店を出てた。

“ここで働ける”なんだかそれを思うと弾むような気持ちで階段を登った。

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