嘘つきと正直坂

桜田かける

嘘つきと正直坂


俺こと、朝峰陽真は嘘つきだ。


今までのことを、とある坂から思い出していた。



俺は、ADHDだった。そのせいで、小学生低学年の時は大荒れしていた。しかし、小学5年ぐらいになると、羞恥心という、思春期頃にではじめてくる感情により、暴力行為もしなくなり……さらに目立ちたがり屋だった俺は、承認欲求が表に出てくることはなくなり、俗に言う陰キャ……というものに成り果てていた。

特定の人物としかつるまず、(友達ではない)女子とはめっきり会話をしない。

そんな空気のような俺は、オタクだった。

好きなアニメキャラの絵を描き、友人とアニメの話をする。


中学1年のとある日の英語の時間にアニメ関連のクイズになった時、俺はその時間無双してしまった。

友人は当然だ……というような顔をしていた。

その日から、俺は全学年から学校1のオタク……通称1オタという呼び名が着いてしまった。

それ自体に関しては、別に嫌では無いしなにか支障を満たす訳でもない。だから、その呼び名について俺がとやかく言うことは無かった。




………ただ、その日からだろうか。



─────のは。



1オタ……学校1のオタクと呼ばれているものの、俺だって全てのアニメを見ている訳では無い。イケメンや男がそこまで好きではなかったこともあり(俺は自他ともに認める姫男子です)、男がしか出てこない話(滅多にないが)や、女が主人公で基本的には男しか出てこない話(俗に言う乙女ゲー的なの)は見ていなかった。もちろん、乙女ゲー的なのだって見てるものは見ているが。バリバリの恋愛が見れないだけであってボケやほかのギャラリー(女子)がいるのなら、見ていることは多々ある。


何が言いたいのかというと、俺だって見ていないアニメの一つや二つ、あるわけである。

星の数ほどあるアニメを学生の自分が全て見るってのも無理な話だし。


そんな俺は、1オタと呼ばれ始めてから見たことの無いアニメを見たと言い張るようになった。「あ〜そーだよね。それおもしろいよね」とかそんなことを言って誤魔化している。


そんなことが続き、俺は嘘つきだということがわかった。

小学生の頃。俺は担任の先生に「君は正直な人だよ」とよく言われていた。

でも、それすらも嘘だったのだ。

先生の前だけ正直になっていただけだった。確かに俺は故意に演じていたわけではなかった。


……そう。根っこからがダメだった。

俺は先生に言われると正直に言ってしまうことが小学生の時はよくあった。しかし、裏では嘘を平気でついていた。根っこからがダメだったのである。俺は正直だと思っていても気がつけば嘘をついている。


———だから、気が付かなかった。


しかし中学生から先生にも嘘をつき始めると自分が嘘つきなんだと自覚していった。

アニメでも、色んなところでも嘘をつく。

そんな……クソみたいな人生を送っていた。



俺は、そんな…………嘘で塗り固められた俺なんかが、みんなが当たり前に持っている資格を持っていていいのかと……思い始めていた。


人を騙してきているのに……俺は幸せになってもいいのかとか……そんなことを考えていた。


嘘つきには選択権なんてないんじゃないんだろうかって……そんなふうに思わざるを得なかった。


その理由が…………初恋の人だった。


初恋……自覚はしていないが俺のこの気持ちが始まったのは、小学5年生の時のこと……だとおもっていた。


小学5年生の時。

「…………」

俺はその頃から陰キャのような感じになっていた。しかし、隣の席の大前里穂と伊藤七海が動画でよく見た事のある○○Projectと、よく聞くキャラクターを描いていた。そんな姿を見た俺は、好奇心旺盛ボーイだったこともあり無意識に、

「それって○○?」

と聞いてしまっていた。2人はこちらの方を向き、

「そうだよ!」

と、里穂は元気よく言った。2人はこのキャラを知っていることに興味津々だった。俺はその時何とか会話を繋げたくて……嘘をついた。

「この○○って結構見てるんだよねー」

そんな……今思えば1番ついてはいけない嘘をついてしまった。好きな人に嘘をつくのは……嘘をついたという事実は俺をこれでもかというほど苦しめた。

その日の帰宅後は、すぐさま○○を見始めた。動画も何回も見て、ゲームも買ってプレイした。理由は単純。見栄を張ったのが原因だった。

嘘をついた後のこと。


「陽真って絵、描ける?」

「え?いやまぁ……それなりには……」

嘘ではなかった。イラストレーターにはその当時は興味がなかったが、絵は少し描いていて、上手い具合に描けることが多々あった。


そして……知りもしないのに。


それなのに。


○○のキャラクターを描いてくる────などとそんなことを……約束してしまったのだ。


先も言ったように、家に帰宅後、すぐさま家で○○について調べ始めた。そして、寝る間を惜しんで絵を描いた。そして、一応は完成した。


次の日見せると、2人は上手いと言ってくれた。その当時の学年のクラスには、親しい友人が誰もいなかったこともあったのか……魔法にかかったかのように無意識のうちに俺は彼女……大前里穂に弟子入りしていた。


その時間はものすごく……人生で1番楽しかったと言っても過言ではない時間だった。

里穂を知れば知るほど好きになっていく。

よく、恋をすると人は何もできなくなってくるといったが、俺は違った。

そもそも俺と里穂の関係は師弟関係で繋がれていると言っても過言ではなかった。そして弟子入り……つまりスカウトではなく俺自身から弟子入りしたのだ。

そんな関係から俺は、里穂に失望されないように絵をたくさん描き始めた。

それがあったから、何も出来なくなる……いわゆる無気力。惚けている状態にはならなかった。

それから、すぐに時間は過ぎていった。


しかし、小学5年の際にとある病気が流行り、学校は一時的に休校。

里穂とは会えなくなってしまった。しかし、里穂の方から電話番号をもらっていたためにたびたび電話をしながら過ごしていた。

そして6年生に突入。

そこから、俺は別クラスになったのをきっかけに今までの関係、日常に亀裂が入り始める。



まず、俺には勇気がなく、里穂と会話するためだけに別クラスに入ることができなかった。

そもそも、別クラスに入ることは学校側から極力するなと忠告されていた。

とある病気が流行っていたためである。

それはまだ治療薬はなく、感染率も高い。それに厄介なのが若い世代には無症状が多いと言うことが挙げられる。そのおかげで、集団感染が起きやすく、なおかつ身内のおばあちゃんやおじいちゃんの祖父母などに知らぬ間にうつしてしまい、重症化してしまう……というケースも多発しているため、それの対応だった。

俺はその期間、憤りを感じていた。


………いや、これから始まる約4年間。ずっと俺は憤りを感じていた。


それは病気によって里穂と俺が引き裂かれたことじゃなかった。


それを言い訳にして会いに行けたはずなのに会いに行かなかったことだ。

意気地なしのどうしようもないバカなのが俺だ。勇気がないのを認めずに言い訳を作って逃げている。

病気をうつしたくない……?確かにもっともな理由だし、それは間違ってないと思う。

でも緩和された後も、俺は会いに行かなかった。

そして何も無いまま1年が過ぎた。

そして、俺らは中学生になった。中学1年生の時も同じクラスにはなれなかった。

しかし、妙なことをクラスメイトから聞いた。


「ねぇ知ってる?」

そうやってクラスメイトが話しかけてきた。

「何を」

俺は急に話しかけられたためにそう答えた。

「里穂って、最近早退することが多いんだって」

そう、聞いた。

「は?」


俺は唖然としてしまった。

毎日学校にいつもきていた里穂が早退することが多いだなんて……。

俺はまず、病気を疑ったがそんなことはなかった。校内にて、すれ違った際に元気な里穂を目撃したからだ。

そして、里穂と仲の良かったクラスメイトとも確証が取れている。


しかし、俺はそれ以上できなかった。

直接聞くこと……それでしか答えを知ることができなかったからだ。

それから2年が経過した。

中学2年生になった際も里穂と同じクラスになることができなかったからだ。その2年間は、俺の時間は停止しているかのようだった。ただただ友人と悪ふざけをしているだけの日々。確かに青春といえば青春だしつまらなかったわけではない。だが、何か心に穴が空いているかのような虚しさが俺を包んでいた。


そして中学3年生になった。

そこから俺の時間は動き出したんだ。はっきりと、着実に。

それは、里穂と同じクラスになったからだ。


同じクラスになっただけだというのになぜだろうか。

普通に教室にいる里穂に話しかけることができた。

ただ、着実に小学生の頃とは変わっていた。教室に来ないのである。特別教室と呼ばれている場所に登校していた。しかし、たまに教室にもくることがあった。

別の教室同士という、軽いようでいざ立ち向かうと重くなるその足枷がなくなった俺は、里穂に教室に来ていない理由を聞いた。すると、

「単純に学校がつまんなくなった」

と言う回答が返ってきた。それは病気ではなかったことに安堵させる反面、俺を絶望の淵に叩き落とした。

例えば、「クラスメイトの関係がめんどくさい」とか、「授業がめんどくさい」という理由であれば、今後も特別教室にくる可能性が高いということになる。だってそれは『教室』が原因なのだから。

クラスメイトも授業も教室にしかない。

特別教室には友人七海とだけ喋ってられるし、他の人はそんなにいない。授業もただノートをとっていたらいいという(もちろん、必要最低限の単元はする必要はあるが)、自分のタイミングで勉強できるスタイルだ。

しかし、「学校がつまんない」というのは授業でもなくクラスメイトでもない……つまり特別教室にも当てられるのだ。友人がいるためになんとか学校に登校はしてきているが、いつ友人七海が学校に来ない……つまり不登校になるのかはわからない。そうなったら里穂も学校に来ないのではないか。

そんな考えが頭をよぎったからだ。

それから俺は、ただただ里穂と話した。もちろん、教室に来る時だけだが。

アニメの話とか、イラストの話とかゲームの話とか、WeTuberの話をした。

けど、完全にやっていることって束縛だよな……。

里穂が学校をつまんないと思っているのなら、俺は縛りつけちゃダメなんだ。学校に。

そんなことを思いながらも、俺は里穂に話しかけずにはいられなかった。

もはや、受験勉強なんて手が全く手がつかないほどに。


そして、気がつけば里穂は全く学校に来なくなっていた。

それは必然的に話す機会がガックっと減ることを意味していて……。

そして月日が流れていき……例の噂を耳にすることになる。



「ねぇ、朝峰」

突然話しかけられたので声の方向を見ると、

「ってなんだ。お前かよ」

友人だった。

「急にどうしたんだよ」

俺はそう友人に尋ねる。

「お前って、正直坂の噂って知ってるか?」

「なんだそれ」

初耳だった。正直坂なるものの存在は。

「あそこの坂あるじゃん?意外と緩やかの」

「あ〜、あの坂か」

「あの坂ではどうやらな、嘘つき限定で、あの坂では嘘をつくことができなくなってしまうんだと」

「まじ?」

俺は最初は信じていなかった。当然だ。嘘つきだけが正直になってしまう坂なんてあるはずがないから。

「噂だけどな?」

「まぁ、そうだよな」


その日の放課後、俺はその坂に直行していた。

ここでなら、俺も正直になれるかもしれない。そう思ったからだ。

しかし、そんな都合のいい話なんてなかった。

その坂で嘘をつけてしまった。帰り道にいた友人に、嘘をつこうとしたが普通につけてしまった。

「なんだよ。結局は噂……てことなのか」

そう思って俺は帰宅した。

しかし、帰宅最中、俺はなぜか正直坂のことが頭から離れなかった。何かが引っかかっている。そんな気がした。それから何事もなく月日は流れ、いつの間にか卒業間近になっていた。

そんな卒業間近になったある日。


珍しく学校に来ていた里穂と喧嘩……いや、俺が一方的に怒らせてしまった。

理由は意外と単純で、俺が自分のことを卑下しすぎたのが問題だった。

里穂の前で自分の絵は下手ということをたくさん言いまくったのが問題だった。

自己肯定感のなさが俺の課題だった。俺はみんなからすごいと言われても素直に自分はすごいんだと思うことができない。お世辞じゃないのか……?という最低な考えが頭をよぎってしまうのだ。

そして、里穂は口を聞いてくれなくなった。普段は怒るなんてことは全く持ってなく、笑顔な里穂なのだが、その日はずっと怒った顔だった。そして、それが俺の心を蝕んだ。

どうにかして、機嫌を取らないと……謝らないと……。

そう思っていたが、里穂は自分が来るとどこかに行ってしまう……いやこれも言い訳だ。

本気で追いかけられたのにしなかった。


そして、俺に追い打ちをかける事実が知らされる。


俺が里穂と関わったのは、小学5年生ではなく、小学1年生だったそうなのだ。

しかも、小学1年生の俺は勝手な正義感で、悪ふざけをしていた里穂を止めようとした。

その際に俺の手が里穂の右目の数ミリずれた場所に当たった。もう少しずれていたら失明の危険があった。

俺は……もう無理だった。

俺が里穂の光を奪おうとした……?

俺には里穂に告る資格なんてない。

そう、もう思い込んでいた。嘘つきというのを自覚した時点で、少し芽生えていた種は、もはや切っても切っても生えてくる巨大な植物へと成長していた。


学校だけは親を悲しませたくなかったため、行っていたが授業の内容なんて一切頭に入っていなかった。


しかし………これはきっと、学生だから。学生だからできたことなのかもしれないことが起こった。


俺の状況を見かねた友人が相談に乗ってくれたのだ。

そして、友人は俺のことを叱ってくれた。


「お前さぁ……何やってんだよ!」

「そうだぞ!普通は追いかけに行くのが普通だろ?」

「お前はお前らしくいきゃあいんだよ」


俺らしく……。

そんな時、正直坂のことが頭をよぎった。そして、正直坂のに気がついてしまった。

俺は、放課後に教室を飛び出した。

玄関には俺のことを叱ってくれた友人がいて、背中を押してくれた。

切っても切っても生えてくる悩みの種を、根っこから。もっと言えば種からからしてくれる、暖かい種だった。

「ありがとよ」

そう言って俺は学校を一目散に出た。

向かう先はただ一つ。



———正直坂だ。



そして、今に至る。


現在俺は坂上にいる。


この道は里穂が通る、帰路でもある。

俺はただその時を待った。


そして……ついにその時が来た。

俺は深呼吸をする。震えが止まらなかったから。


正直坂。

嘘つきのみ、そこでは嘘をつくことができなくなってしまう坂。

けれどそんなものは嘘っぱちだ。

けれども本当にここで嘘つきたちは嘘をつかなかったんだろう。



正直になってしまうから正直坂なんじゃなくて、




——から正直坂なんだ。


俺は俺らしく。

そう友人から言われたことでようやく気がついた。

引っかかっていたのはきっとこれだ。


嘘つきたちが、正直坂という噂を利用して、『正直坂だから』という嘘をついて正直になる坂。側から見たら、人は嘘つきが正直になっているように見える。

そうして、嘘つきたちは言うのだ。

「嘘がつけなかった」

———と。

それが正直坂の正体。


俺はきっと、普通に素直になることはきっとまだできないんだろう。

もしかしたら、一生無理なのかもしれない。



俺はこれから、里穂に告る。

正直坂という、卑怯に近い嘘を吐いて。

けれども、俺は俺らしく告白することにしたんだ。

神は見ているのだとしたらそれは許してくれ。

嘘つきだって、嘘つきなりに、苦しんでるんだよ。

正直になりたいさ。けれどもなれないからこそ、俺ら嘘つきは嘘と上手く付き合っていかなくちゃいけない。


嘘つきな俺だが、この気持ちは嘘じゃない。

5年間……いや、小1からの10年前から惹かれていたんだ俺は。


失明させかけたあの日。

あの日君は……笑っていたんだ。

「あはは〜」

……って。



里穂と目が合った。

俺は再び深呼吸をすると、大声で叫んだ。



正直になるきっかけは嘘でも、この言葉は嘘じゃない。


それが、成功しようと、しまいと。


それだけは変わらない。




数年後のとある日の夕暮れ。


とある、坂にてプロポーズが行われたらしい。




最後に。








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