第3話

早朝からユークとダリアットは森の開けた場所で木剣を振るっていた。


「確かに動きは良くなっているな。これもジルと一緒に試合をしていたからか?」


「うん。そうだよ…そこだ!」

「良い一撃だ」


ユークの鋭く放った突きを片手で軽くいなす。

甲高い音が広場に響き、ダリアットは難しい顔をしていた。


「う~む、筋は良い。だが、まだまだ攻撃が緩い。一つ一つの動きは良いがつながり方がお粗末だな。常に行動の先を考えておけ。慣れてきたらそれを幾つも頭の中に巡らせてみろ」


ユークはダリアットの背中から剣で貫くように攻撃をするが寸前のところで躱される。だが、ユークは、その勢いを殺さずにそのまま前転して体勢を整える。


「ユーク、お前の長所は素直なことだ。そして短所も素直なことだ」


「ど、どう言うこと?」


「言われた事を信じ、教えられた事を真っ直ぐに吸収する力。それは俺には無いお前だけの才能だ。だが、戦闘において素直さは致命的な短所にもなり得る。次の行動や考えていることがわかりやすく、先を読まれやすいからだ。恐らくジルはお前の先の先まで読んで行動しているはずだ」


「僕ってそんなにわかりやすいの!?」


「お前は表情や仕草も特に隠さないからなぁ…それも相まって尚のこと読みやすい」


ダリアットは、ユークの攻撃を受け止める。


「ユーク、お前はまだ天恵を発現できていない」


「……うん」


ユークは暗い顔を見せる。天恵と呼ばれる人間種にのみ与えられた唯一の力は、大人へと成長するに従って発言すると言われていた。


「いや別に落ち込むことはないぞ。貴族や冒険者でもなければ20歳以下では発現させる方が難しい力だからな」


「わかってるけど…それでも悔しいよ!」


ユークは力強く打ち付ける。ダリアットは、それを受け止める形になる。両者の剣が押し合いを始める。


「父さんの天恵が発現したのは18の時だな。天恵は、神の御技を習得する知恵を得る。父さんだとこの双剣術がそうだな。そして、ここからが面白い話だ。天恵の力は神の知恵を授かれることだ。じゃあ、その知恵を他の誰かに教えた場合はどうなると思う?」


「ッ!?」


ダリアットは剣でユークを弾き飛ばし、奇妙な構えを取る。


「正解はだな、下位互換の技が生まれるんだ。こんな風にな【狼牙】!」


ダリアットは、ユークの横にある木に向けて剣を振り下ろした。すると太い幹が噛み砕かれるように粉々になり倒れる。それを見たユークは口を開けて唖然としていた。


「本当にこれが下位互換の技なの?」


「そうだ。本物はこんなもんじゃ済まねーよ。街一つ吹き飛ぶからな。あいつの天恵、あまり使い勝手良くねぇんだよな。まぁ、威力はお墨付きだからな。これを今日中にユークには覚えてもらうぞ」


「こ、こんな凄い技を僕が?」


「そうだ。ジルに勝ちたいんだろ?なら、これぐらいかましてやらねぇとな」


「…うん!頑張るよ」


ダリアットはユークに【狼牙】の要素を教え始める。


「いいか?この技は身体強化の応用と気力の応用が合わさったもんだ」


「…身体強化?気力?」


ユークは頭を傾げる。

どちらの言葉もユークには聞き馴染みのない物だった。ダリアットは、そのまま説明を続ける。


「身体強化は魔法だ。魔力を使って身体の身体機能を向上させるんだが…ジルに教わってないのか?」


「え、ジルは使えるの?」


ユークはダリアットのその言葉に意外そうに反応した。


「…あいつ、わざと教えなかったのか?ま、まぁそんな事はいい。それよりも魔力の使い方はわかるな?」


「うん。ずっと言われた通りに魔力操作だけはやってるからね」


「よし。じゃあ自分の中にある魔力をゆっくりと均等に全身に巡らせてみろ」


「わかった!」


ユークは体内にある魔力をゆっくりと移動させる。全身に魔力が行き渡るように過不足なく調節する。そして数分後には、全身を己の魔力で包むことに成功していた。


「結構、難しいはずなんだけどな。ずっと魔力操作をやり続けていたお陰だな。魔力が身体に馴染んでいるようだ。よし、じゃあその状態で剣を振ってみろ」


「やってみる!」


ユークは言われた通りに剣を軽く振る。

するとブンッと言う音と共に剣圧によって土煙が舞う。


「え、え?軽く振っただけなのになんで?」


「お前が軽く振ったつもりでも、速度は前よりも上がっている。単純な身体能力の向上がその技の強みだ」


「凄い!凄いよ!」


「おいおい、あまり長く使い過ぎるなよ?その魔法はかなり魔力を使うからって…こりゃ聞いてないな」


剣を楽しげに振る姿は新しい玩具を貰った子供のようだとダリアットは感じていた。


「身体強化は概ね大丈夫だな。問題はこっちだ」


「うん、気力ってなに?」


ダリアットは、ユークの質問に対して顎を触りながら唸る。


「あ~そうだな。簡単に言えば生命が持つ力の事だ。これに関しては様々な解釈がある。お前なりの解釈を今後は探していくことになるだろうな」


「へぇ…全くわからないだけど大丈夫かな?」


「問題ないだろ。これは説明して理解できるようなもんじゃねぇしな」


ダリアットは不安そうにしているユークの両手を握り、腰を下ろして目線を同じ高さに合わせる。


「よく聞け、今から俺が自分の気力をゆっくりお前の身体に流し始める。何かを感じた瞬間に俺の手を離してみろ」


「離すだけ?」


「そうだ。簡単だろ?」


「うん」


ダリアットは深く呼吸をして握った手に力を込める。そして、それと同時に自身の気力をユークに向けて流し始める。


「……ッ!?」


数秒後、ユークはダリアットの手を離し、後ろに飛び退いた。額には汗を流し、焦った表情を隠せずにいる。そんなユークを見たダリアットは、ニヤリと口角を上げた。


「何を感じた?」


「うーん…わかんない。でもなんか物凄く怖かった。だって今も震えてるもん」


「まぁ、そうだろうな。俺が気力に込めたのはユークを倒すと言う意志だ」


「意志?つまり、気持ちってこと?」


「そうだ。気持ちだな」


ダリアットはユークの問いに頷く。ユークは自分の両手を見ながら納得いってない顔をしていた。


「本当にそれだけなの?」


「ユークが少し敏感という事もあるがそれだけだ。もう一度言うが、気力ってのは生命が持つ力なんだ。人間はその力を普段は無意識に制御している。そして、その制御の枷を外すために必要なのが気持ちだ。例えば魔物を殺すと言う意志であったり、相手に勝つという熱い思いでも良い。まぁ、今感じた感覚を忘れずにやってみろ」


ダリアットは両手をユークの前に出し、手を握るように促す。ユークは少し困惑しながらもダリアットの手を握り、目を閉じる。


「うーん…!どう?」


「わからん。一体何を念じたんだ?」


「え、お腹すいたなぁって」


ユークは、はにかみながら言う。呆れたようにダリアットは肩を落とす。


「おいおい、それは少し平和すぎねぇか?まぁ確かにもう飯時だけどもよ」


「僕、もうお腹すいた~」


「はぁ…よし。一度飯にして休憩するか。リアナに作ってもらった弁当もあるしな」


「やった!お母さんのお弁当、僕大好きなんだ」


「俺もだ。リアナの作る飯は美味いからな」


二人は木陰に移動し、お弁当と渡された箱を開ける。中には赤、緑、黄色などの色とりどり野菜や肉を挟んだサンドイッチが入っていた。それぞれ食べたいものを手に取り食事を始める。


ダリアットは一つ目を食べながらユークにある質問をした。


「ユーク、お前は村を出たいか?」


ダリアットは唐突にそう聞いた。

ユークはサンドイッチを頬張りながらダリアットの方に向き、首を傾げて考える仕草をする。少しだけ考えた後にユークは首を縦に振った。


「うん。でもね?僕はこの村が大好き。だから、皆んなを守れるくらいに強くなりたいんだ」


「そうか。だから学園に行きたいのか。確かにあの学園なら学べることも多いしな」


「え?」


「ん?」


互いに視線が交差し合う中でユークは二つ目のサンドイッチに手を伸ばす。

風に木々の葉が揺れ、鳥の囀りの中でダリアットにゆっくりとユークは、自分の思いを語り始めた。

紛れもないユークの本心であり、それを聞いたダリアットは、機嫌良くユークの頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でる。


「ハッハッハ!良いじゃねぇか!そうか…じゃあ尚更今以上に頑張らねぇとな?今のままだと相当厳しいぞ?」


「わかってる!だからちゃんと教えてよ?」


「任せとけ。そうと決まれば休憩は終わりだ」


昼休憩が終わり、そして午後を一時間ほど過ぎた頃に変化は訪れた。


「はぁ!」


ユークが木に剣を振ると幹の一部が削り取られていた。


「できた?できてたよね!?」


「…た、確かに今のは【狼牙】だ。かなり威力は落ちているが間違いない」


「やった!本当に僕にもできた」


この時、ダリアットは驚愕していた。それは、こんな早くに習得してみせた事ではなかった。気力の方は全くのあれだが、ユークは元々剣の筋は悪く無い。そのため、今日中には覚えることが出来るだろうとダリアット自身も予想していた。

では何に目を見開いたのか…それはユークの放った技にあった。


ダリアットは、ユークにまだ伝えていないことがあった。それはスキルについての話である。


本来であれば、天恵によって得られた知識を100%発揮するのは本人以外は不可能である。

そして、天恵を模倣して得られた物は恩恵と呼ばれる。恩恵はその殆どが50%以下の力しか発揮する事ができないと言われている。

更に恩恵を模倣したものを人々はスキルと呼ぶ。これは、世界に広く普及している技術であり、多くの者が指導を経てスキルを取得する事が可能である。だが、スキルはオリジナルである天恵の20%ほどの力しか発揮する事ができない。

これは長い能力研究の中で培われた真理だと考えられていた。


「何が起きてやがる?」


本来であるならユークが放つべき技は【狼牙】ではなく、その下位互換であるスキル【狗牙】なのだ。


「でも全然足りない。ジルに勝つにはこれじゃ駄目なんだ」


「…全身に魔力を巡らせることは出来ている。あとは気力のコツを掴むことだな。そして剣を振る時にそれを両腕に集めてみせろ」


しかし、ユークにその事を聞く素振りも見せず、ただ今の力に満足していないユークを見て助言をする。ダリアットには、そんな事はどうでもよかった。今はただ眼の前にいる夢を追いかけようとしている一人の男を応援したい…ただそれだけだった。


「え、そんなの難しいよ。今のでもかなり難しいのに…」


「でもやらないと勝てないぞー?ジルはもっと強いぞ」


発破をかけるようにダリアットは言う。


「わ、わかった。やるよ、やって見るから!ちゃんと見ててよね?」


「当たり前だ」


夕方までユークとダリアットの修行は続いた。

そして、翌日の早朝。いつもの場所に二人は剣を構えて立ち向かっていた。

真ん中にダリアットを立たせる。やがて一つの声が聞こえる。


「始めッ!」

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