第2話

朝になり、ユークは目を覚ます。

ジルのベッドを見るが既にジルの姿はどこにもなく、寝ぼけながらも部屋から出る。するとリアナとジルが台所に立っていた姿があった。


「あら、ようやく目が覚めたのね?」


「おはよう、ユーク」


「おはよう。母さん、ジル…ふわぁ〜」


「あら?随分と眠そうね」


「昨日はあまり寝付けなくて」


そうユークが言うとリアナは、少し心配そうな顔をする。ユークのおでこに手を置き、熱を確認するが、リアナには何も感じられなかった。


「大丈夫だって。きっと昨日の疲れが残ってたんだよ。昨日は沢山、ジルと一緒に試合したから」


「そうね。でも、そう言う事なら今日は身体を休めるためにもお休みしないとね」


「あ、いやでも…ほら!もう身体はじゅうぶん動くよ?だから今日も出来ると思う」


しまったと言う顔をし、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。元気である事をアピールするが、ジルは冷たい視線を変えようとはしなかった。


「あのねユーク?身体を休めるのも大切な事なの。それに今日はお父さんが帰ってくるのよ?そのための準備の方が大切じゃないかしら」


「確かに…あれ、二人が台所にいるのって」


「料理の下準備よ」


ユークはしまったと言う顔をして、台所やテーブルを見渡す。だが、既に自分が手伝えそうな物はないことは見て明らかだった。


「ぼ、僕も手伝う!何かする事はない?」


「じゃあ、ヒサナさんの畑に行ってらっしゃい。丁度、収穫の時期だから手伝ってらっしゃい」


「はーい」


ユークは素早く着替え、かなり遅めの朝食を食べる。食べ終えると直ぐに木剣を持って外に出て行った。その慌ただしい様子からジルとリアナは、若干の苦笑いを浮かべるのだった。


家を飛び出したユークは真っ直ぐに畑へと向かっていた。そして、遠目からでも既に畑の手伝いをしている姿がちらほら見える。


「ヒサ爺ちゃーん!手伝いに来たよー!」


大きな声でユークは手を振りながら伝える。

すると季節外れの麦わら帽子を被った背丈の大きな老人が振り返り、手を振り返した。


「おーう、ユークじゃないか。ありがとうな、こっちから先の野菜たちを収穫してくれねぇか?」


ヒサナは畑の前まで来たユークに伝える。


「任せて!この籠を使えばいいんだよね?」


「そうだ。野菜たちはくれぐれも…」


「くれぐれも丁寧に扱え…でしょ?」


「んだ。命を頂くわけだかんな、無碍に扱ったら駄目だ」


「わかってるよ。僕はそんな事はしないもん」


「まぁそうだな。そんじゃあ頼むよ。儂は果樹と蜂のとこ行ってくるからな」


「はーい!」


ヒサナはそう言って森に続いている道を大きめの籠を背負いながら歩いて消えて行った。

ユークは、言われた通りに野菜の収穫を丁寧にしていく。


「ユーク、見ろよ俺が収穫したデカン!」


「わぁ、全部大きいね」


ユークに自慢げに収穫したデカンを見せているのは、ノロだった。日焼けした肌と右眉の上に傷があり、全身から元気が溢れているような少年だ。

ノロは、ユークに褒められると少しむず痒いのか鼻をさする。


「へへ、そうだろう、そうだろう。毎日、朝早くからヒサナ爺ちゃんの手伝いをしてるからな。どのデカンが大きく育ってるのかなんて俺の目には一網打尽だぜ!」


「それを言うなら一目瞭然だよ?」


「そ、そうとも言うな。それよりも、あまり小さいのは収穫するんじゃねぇぞ。勿体無いからな」


「うーん…でも僕じゃあそんなの見分けがつかないよ。ノロ、どうやって大きいのを見分けているの?」


「そんなの簡単だぜ。葉っぱを見ればわかるぞ」


ノロは得意げに一つのデカンを指差す。


「この外側の葉っぱがあるだろ?」


「地面に垂れてるやつだよね?」


「そうだ。それが地面に垂れ下がっていれば、それは確実にでかい。もしそうじゃないならまだ収穫の時期は早いって事だ」


「なるほど…流石はノロだね」


「だろう?これでユークも収穫できるな!」


「ありがとう、ノロ」


「ま、まぁ?これも畑仕事の先輩の仕事だしな」


ノロは上機嫌に別のエリアに向かって行った。

ユークは教えてもらった通りに小さいデカンを収穫せず、大きいものだけを収穫することにした。

そして黙々と作業をしていると村の入り口の方が妙に騒がしいことに気づく。


そして一人の少女がユークの所に走って来てくれた。興奮した様子で言葉よりも先に指を指していた。


「アミラ、落ち着いて?」


「えっと、あのねユーク!ユークのお父さんが帰ってきてたよ!」


「え、本当!?アミラ」


「今は村長と話してるよ」


「僕、行ってくる!」


「うん、行ってらっしゃい」


ユークは籠と木剣を置いて村の入り口の方へと向かう。その目は喜びに満ちており、畑仕事で疲れていた様子は何処かへ消え去っていた。

ダリアットは冒険者と呼ばれ、大陸中を旅しては魔物を討伐する危険な仕事をこなす人物だった。

そんな彼は、週に一度は家族の元に必ず帰ってくる。


ユークが村の入り口に行くと腰に二つの剣を差した男が村長と話していた。


「お父さん!おかえりなさい」


「ただいま、ユーク。ちゃんと元気してたか?」


「うん!」


近づいて来たユークの頭を撫でまわし、ダリアットは、嬉しそうに笑う。


「また背が伸びたか?」


「本当!?」


「いや、気のせいかもな」


「え〜…」


ダリアットの言葉に嬉しそうにしていたユークはガックリと肩を落とす。


「ハッハッハ!なんだ?まだ身長の事を気にしてんのか?別に身長が少し低いからって困ることなんかないぞ」


「でも、背が低いと子供扱いされるんだよ?」


ユークは村人達に子供扱いされていることに対しての不満を言う。


「あー……まぁ、それは気にするな。それに、俺はお前を子供扱いはしないだろ?」


「確かに!ねぇねぇ!早く冒険の話を聞かせて?今回はどんな所に行って来たの?」


「…多分、こう言う所なんだろうなぁ」


ダリアットは、期待して輝いているユークの目を見てそうボソリと呟く。


「ん?どうしたの、お父さん」


「いや、なんでもないぞ。そうだな、今日は迷宮にだな」


「…あなた?」


「リアナッ!?」


いつの間にかダリアットの後ろにいたリアナは腕を組み、目を鋭くしていた。


「迷宮には行かないという約束はどうしたのかしら?」


「り、リアナ?ちょっと目が怖いぞ?ほら、子供達もいるから…な?」


「正座」


「いや、だから」


「正座」


「……はい。あ、ユーク。少し後で話がある」


その場で大人しく正座をするダリアットは、ユークにそう言った。


「う、うん。わかった、お父さんも頑張ってね」


返事をしたユークはそそくさとその場から離れる。


「任せろ!これも愛情だと思えば楽勝…」


「反省の色が見えませんね?一体、いつになれば約束を守れる大人になれるのですか?」


「ごめんなさい」


ユークは畑に戻り、父の無事を祈りつつ手伝いをこなすのだった。


ロノのアドバイスもあってか、ユークは日が暮れる前に畑仕事を終わらすことができた。

ヒサナに褒められ、沢山の野菜と果物を分けてもらい、それを籠に入れてもらい家に持ち帰る。

ドアを開けると床に倒れているダリアットの姿と未だに不機嫌なリアナがいた。


「ただいま」


「おかえりなさい」


「……」


「う、うん。お父さん、今にも死にそうな顔してるけど…何があったの?」


「ジルに言われたことがショックだった見たい」


「あぁ…」


ユークはそのリアナの言葉で察した。

ジルは無関心を貫くようで黙々と台所で料理の手伝いをしていた。


「ジル?今回はお父さんに何を言ったの?」


「人をそんな怖いものを見る目で見ないでよ。ただ約束を守れない人は嫌いだと言っただけよ」


「私との約束を破った罰ね」


ユークは籠をジルに受け渡す。そして、落ち込んでいるダリアットに近づき、背中をさすった。


「ユークぅ…ユークはお父さんのことは嫌いじゃないよな?大好きだよな?」


「うん、勿論だよ?」


「ユーク、甘やかしたら駄目よ。今度という今度は絶対に許さないんだから」


「迷宮に入らない約束だっけ?どうして迷宮に入ったら駄目なの?」


ユークはリアナに不思議そうに聞く。

冒険者という存在は物語にも登場する。そして、本の中で描かれている彼らは魔物を討伐し、踏破されていない迷宮へ赴き、宝を求める。

ユークもその冒険者達には憧れを抱いていた。


「迷宮はね、とっても危険なの。迷宮に入った冒険者がどれくらい生きて外に帰ってくるかわかる?」


「ううん、わからない」


「10人に一人か二人よ」


「えっ!?」


ユークは思わず項垂れている自分の父を見る。

自分の父親がまさかそんな危険な場所に行ってきたと言う事実に驚いたのだった。


「ね?わかったでしょ?それくらい迷宮は危険なのよ。だから、私は迷宮には絶対に入って欲しくなかったの。…家族は失いたくないから」


リアナはどこか遠い場所を見ながらそう言った。ダリアットは起き上がり、寂しそうにしているリアナを抱きしめる。


「悪かった。心配させてすまない。だが、今回のは必要な事だったんだ。ユークだけじゃない、ジルにも関係のある話だ。食べながら話そう。今日は煮込み料理か…リアナの料理はどの店よりも美味いから楽しみだ」


「そんなこと言っても何も出ないわよ」


ダリアットは腰につけた小さなポーチから一枚の書類を出した。


「これを手に入れるためにとある依頼で迷宮に入ったんだ」


「これは?」


「編入手続き書だ」


ダリアットは椅子に座り、ユークとジルに言う。

先ほどの頼りなさそうな表情は消え、真剣な面持ちで二人に話し始める。


「お前達も16歳になった。つまり、学園に通えると言う事だ。それでな?俺の友人に学園で教育者をしている奴がいる。そいつに聞いた所、そいつの権限で編入する事ができるのは一人が限界らしい。ユーク、ジル…お前達のどっちかが行け」


突然のことで二人は互いに見合い、固まる。


「明後日までに決めてくれ。決め方は自由だ。話し合っても良いし、試合をしても良い。どっちが行くのかを決めれば問題ない」


「……どこの学園なのよ」


「聞いて驚くな?ノスタルド学園だ」


「えー!?僕でも知ってるよ。凄い場所だ!」


ノスタルド学園とは大陸の各地から優秀な者たちがこぞって集まる学園であった。そこでは一切の階級制度が適応されず、平民でも貴族でも奴隷であっても自由に学ぶ事ができる学園だ。


「そう」


短くそう返事をするとジルは食卓につく。ユークはダリアットの急な提案にまだ追いついていなかった。いつかは村を出ると言う漠然とした思いは、あった。しかし、その機会が目の前に現れるとは思ってもいなかったのだ。


「まぁ、決めるのは飯を食べてからだな」


「そうね。今日はジルが手伝ってくれたのよ?それにサラダははユークが収穫してきてくれた物を使ってるわ」


「二人とも偉いじゃないか」


「えへへ〜」

「別に普通よ」


ユークは素直に笑顔を浮かべ、ジルは髪の毛を弄りながら答える。


「はいはい、早くお風呂に入ってしまいなさい」


「ユーク、一緒に入るか?」


「うん。ジルも入る?」


「私は後でいいわ。先に入ってきなさい」


ジルはそう言って2階に上がっていく。

昨日は一緒に入ったのにどうしたんだろうとユークは疑問に思う。


全員がお風呂から上がり、食事の用意ができたのは、それから数時間後の事だった。四人はそのまま食卓に並べられたいつもよりも少しだけ豪華な食事を楽しみ、自分たちの部屋に戻る。


「ねぇ、ジル」


「何よ」


食事を終え、部屋に入ってからユークはジルに話しかける。


「学園の話なんだけどさ?僕とジルのどっちが行くべきか試合をして決めようよ」


「…いいわよ」


「やった!試合は明後日の午前中だから」


「ユーク、それがどう言う事なのかわかって言ってるの?」


ジルは苛立っているようにユークに問う。

ユークはジルが一体何を言いたいのかわかっていた。だが、それでもユークは提案を取り消さない。


「うん。でもね?別に僕は勝てないなんて思ってないよ」


「じゃあ断言してあげる。絶対にユークは私には勝てない」


「それは、やってみないとわからないよ。明日は朝からお父さんに修行してもらうんだ。だから、もう寝ないと…おやすみ〜」


ユークはそう言って横になる。

そしてすぐに可愛らしい寝息が聞こえてくるとジルが抱えていた苛立ちを静かに壁にぶつけた。


「無理よ、絶対に無理なの。だって私は…」

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