『ヴァール・シュタイン』 (仮)

@te_fish_ko

第1話

これは遠い遠い時代、まだ邪神によって世界が支配されていたころのお話。

邪神の眷属によって苦しんでいた三つの種族に三柱の神々はそれぞれ力を与えました。


知恵の神は、人間族に一つだけ神の御技を習得する知恵を。

力の神は、魔族に原始の悪魔の力を。

魔の神は精霊族に世界に漂う魔素を操る力を。


そして、力を与えられた種族達はそれまで世界を支配していた邪神の眷属である魔物達に対抗できるようになったのです。

次第に世界から魔物の数が減り、平和が訪れました。

しかし、それを嫌がった邪神は魔物に更なる力を与えました。

それによって世界の均衡は破れ、三つの種族と魔物との戦いは苛烈を極める事になりました。

激しい戦いが続く中、三つの種族の王達は神に救いを求めました。そして、渡されたのが三つの宝玉でした。


神は言いました。その宝玉は生きていると。

宝玉に認められた所有者には、大いなる力が宿ると神は言いました。

王達は、国に戻り多くの人を集めました。

貴族だけではなく、農民や奴隷などありとあらゆる人を集め、宝玉に選ばせたのです。


宝玉はそれぞれ一人の子供を選びました。

そうして宝玉によって選ばれた三人は、見事邪神を打ち倒すことができたのでした。邪神が倒された事により、魔物達に与えられていた力は無くなり、世界には再び平和が訪れました。


選ばれた三人の英雄は後にシュタインと呼ばれ、後世に語り継がれる事となったのでした。


「…はい、お終い。もう寝る時間よ」


「ねぇお母さん。僕、シュタインになれる?」


「無理よ。なれるわけないでしょ?」


「ジル?意地悪は駄目よ。それに…なれるわよ。ユークは頑張り屋さんだからね。努力すればきっとなれるわ」


「うん!」


ナラム王国の西に位置するシャフナリア公国との国境付近にある小さな村がある。

ココラ村と呼ばれ、50名程度の村民が豊かな自然に囲まれ、平穏な日々を過ごしていた。

そんな村に住む一人の少年であるユークは、家の窓から見える星々を眺め、夢に思いを馳せていたのだった。


「僕もいつかシュタインになるんだ」


数年後の午後、森には動物達の鳴き声以外に甲高い音が鳴り響いていた。


「やぁ!」


「甘いわね」


「うっ!」


それは、ユークとその幼馴染であるジルとが木剣で斬り合う音だった。


「まだまだ!」


「踏み込みが足りないわ。それと呼吸も姿勢も崩れてるわよ」


「痛っ!?」


木剣でジルは軽くユークの頭を突く。

そしてユークの踏み込みに合わせて体を横にずらし、足をかける。


「ふぎゃっ!?」


「ほら、足をかけただけで転んじゃったじゃない」


勢いを抑える事なくユークはそのまま姿勢を崩して顔面を地面へとぶつける。


「うぅ…ジル、強すぎるよぉ。勝てないよぉ」


「そりゃあ、私だもの。村の大人も含めて私に勝てる人なんて居ないわよ」


「むぅ〜」


うつ伏せになり、唸りをあげてるユークの頭をジルは無言で笑いながら撫でる。


「悔しい?」


「もちろん!」


「じゃあ、まだやる?」


「うん。……駄目?」


ジルは笑顔で頷き、ユークから離れて剣を構える。それに対してユークは急いで立ち上がり、ジルと同様に構える。

そしてまた何度も何度も日が暮れるまでずっとそれは続いた。

肩で息を吸うユークに対して、ジルは軽く汗を拭う。


「今日は終わりにしよ」


「わっ!もうこんなに暗くなってたんだ。早く帰らないと怒られちゃう」


ユークはそう言って家の方に走り出した。


「ジル、早く帰ろうよ?そして明日もやろうね。明日は絶対に勝つから!絶対にね」


「それは無理よ」


「えぇ!?そんな事ないもん」


不満そうな顔をしているユークに対してジルは笑っていた。家に帰るとユークの母であるリアナが怒った顔をしてユーク達を迎える。


「こんな時間まで森にいたのね?」


「ち、違うよ?村の中にいたよぉ?ね?」


「……ジル?」


「森の中で剣を振るっていたわ」


「ジルっ!?僕を裏切ったね?でも、それならジルも同罪だよ」


「あら、私はちゃんと言われた通りにユークの世話をしてただけだもの」


「そうね。今日もありがとう。ジル」


「ぐぬぬ、おかしいよ。同い年なのに、僕だけ子供扱いして!」


ユークはジルにそう言うが、ジルとリアナはそれを微笑ましそうに見ているだけだった。


「はいはい。もうご飯できてるわよ。早く身体を綺麗にしてきなさい。ジル、お願いね」


「わかってるわ」


「じ、自分で洗えるよ」


「駄目よ。ユークは、あまり髪を濡らしたがらないじゃない」


「だって、乾くの遅いし…面倒なんだもん。いっそのこと短く切ろうかな」


「駄目よ。絶対に駄目。髪を切るなら私に勝ってからにして」


「えぇ?それじゃあ、今すぐに切れないじゃん」


「ふふ、そうね」


ジルとユークは土や汗で汚れた服を脱ぎ、お風呂場に移動する。お湯が溜まっている大きな桶からお湯を掬い、身体にかける。そして、置かれている石鹸で泡だて、身体を洗い始める。


「ねぇ、ジル」


「なに?」


「どうしてジルはそんなに強いの?」


ユークはジルにそう聞く。決して初めてした質問ではない。ジルは、前に一度だけユークにそう聞かれていた。


「何よ?いきなりそんな事を聞いて。前も言ったわよ。才能の違いだって」


「うーん、きっとそれもあるんだろうけど…それ以外にもあるのかなって」


「ふーん」


ジルは身体を洗い終え、ひと足先に湯船に身体を浸からせる。


「まぁ、そんなの無いのかもしれないけどさ」


「あるわ」


「え!?あるの?教えて!」


「……自分にね、一つの誓いを立てるの。これだけは必ず守り抜くと言う誓いをね」


ジルは身体を伸ばしながら言う。


「それで強くなれるの?」


「ほら、御伽話とかで騎士が王様の前で誓いを立てるじゃない?あれと似たようなものよ」


ユークはその言葉にふむふむと頷く。そして閃いたように手を叩く。


「わかった!じゃあ、僕はいつかシュタインになるって誓うよ」


「もう少し現実味のある誓いにしなさい?」


ジルは少しだけニヤけながら言う。


「む、ジルの意地悪!じゃあジルに絶対に勝つことにする!」


「それだと私がわざと負けたり、まぐれで一回だけ勝てたら終わっちゃうわね。継続性のあるものにしなさいよ」


その言葉にユークの顔は膨れ上がり、風船のようになっていた。


「むー!文句ばっかり。じゃあジルはどんな誓いを立てたんだよ」


「そ…そんなの教えないわよ」


「えー!?なんで?」


ユークはジルに何度も聞くが、一向にジルは答えようとしない。そしてジルは逃げるように湯船から出る。


「うるさいわね。この話はもう終わり。私はもう出るわ。ユークはちゃんとお湯に浸かるのよ?」


ジルはお風呂場から素早く出て行った。

ユークはジルと入れ替わりでお湯に入り、ジルが立てた誓いの事を考えていた。


「なんなんだろう。気になるよ〜」


ユークは目を瞑る。そして、今日の試合を思い出していた。


「はぁ、今日も勝てなかったなぁ。全部躱されるし、足払いも避けられた…何がいけなかったのかな。もしも僕があの時にこう動いていれば…」


これもユークの日課だった。

毎日、ジルに挑んでは負けを繰り返していくうちについた癖でもある。

思考の中でユークはジルをイメージする。そして、そのジルに対して攻撃をして、どう反応するのかを予測し、次はどうするのかを考えるのだ。

そして一つの答えを見つけ出し、ユークは湯船から出て、乾いた布で身体と髪を拭く。


「ジル!聞いてよ。もしさあの時の僕がさ」


そして数秒前に閃いた事を嬉しそうにジルに話すのだ。ジルはそれを楽しそうに聞いている。

まるで子や弟子の成長を楽しんでいる親や師のように。


「はいはい、試合の話もいいけど。今はご飯にしましょう?お腹空いたでしょ?」


「はーい!」


リアナとジル、ユークは食卓につき手を揃える。

そして祈るように数秒間、静かに目を閉じたまま止まる。


「……はい。じゃあ食べましょう」


「うん!」

「頂くわ」


ユークとジルは美味しそうにリアナの作った料理を食べる。リアナはそれを眺めてから自分も料理を口にするのだった。


「美味しい!やっぱり、お母さんの料理は美味しいよね?ジル」


「そうね。ずっと食べていたいぐらいだわ」


「ありがとう。二人の笑顔で私も幸せよ」


「お父さん、食べれないの残念だなぁ」


「そうね。でも、ダリアットは明日には帰ってくるわ。だから、明日も美味しいものを作ってあげないとね」


「うん。僕も手伝うよ。お父さんの冒険の話、また聞きたいな〜。ジルも一緒に聞こうね」


「えぇ、そうね。私も楽しみよ」


その日の夜、ジルもリアナも寝静まったころ。

ユークは寝れずにいた。いつもならぐっすりと眠れるはずが、どうしてか今日は眠る事ができず、木剣を片手に外に出ていた。


「振らないけど、持つだけならいいよね」


ユークは剣を抱き抱えるようにして持ち、星々が綺麗に見える場所で座っていた。冷たい夜風がユークの身体を通り抜ける。


『もう少し現実味のある誓いにしなさい?』


ユークはジルにお風呂場で言われた事を思い返していた。


「…やっぱり駄目なのかな」


ユークはジルにお風呂場で言われた事を思い返していた。ジルが意地悪を言おうとして言ったわけではない事は、ユークにもわかっていた。だから別に傷ついたわけでは無い。だが、ユークにはなぜかその言葉が素直に飲み込めずにいた。


「ジルの言うことはいつも正しいよ。間違った事なんて言わない。でも、それでも僕は諦めたくない!」


一粒が膨れ、やがて線となりユークの頬にそれは溢れる。袖口で拭い、ユークは空を見上げる。


「だから誓うんだ。僕は絶対にシュタインになるって。そして、ジルもお母さんもお父さんもみんなを守れるくらいに強くなって見せるんだ」


星々が暗い夜空に煌めく下で木剣を掲げて静かに誓いを立てる。それは奇しくも子供の頃に聞いていたとある英雄譚と同じ始まりだった。暫く夜空を眺め、ユークは家に帰る。


音が立たないようにゆっくりと扉を開け、自分の部屋に戻る。そしていつものように温かい毛布を被り、今度こそ夢見心地に包まれていくのだった。やがて、ユークの寝息が聞こえ始めるとジルはそっと起き上がり、ユークを見つめる。


「…馬鹿ね」


ジルはそう言うとユークの毛布をかけ直し、自分も眠りにつくのだった。

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