11話 王女の皮の中身


——〝魔王〟。


そう呼ばれる存在は、この世界に確かに存在する。

絶対的な強者、生命にとっての絶対悪、それが私の知る魔王という存在だ。この世界でもそれは例外ではなく、魔王は絶対的な強者の象徴とされている。

その名も——〝六天魔王〟。

名の通り、この世界に魔王は六人存在する。その誰一人として、生半可な力は有していない。たった一人で国家を滅亡に追いやるだけの力をその身に宿す、力の権化だ。

ただ、漫画や小説でよく見る魔物の王とは違い、ただ純粋に規格外の魔法や魔力を持つ者が魔王と呼ばれ、その存在の大多数は国の管理下にある。

しかし、大多数は、だ。

つまり、少数ではあるが国で管理しきれない者もまた存在するという事。

善があるのならば、悪も存在する。六人いれば、その中に悪が存在するのは必然。

縛られることを良しとしない、性格のひん曲がった人格破綻者。その中でも気性最悪と恐れられ、持てる力の限りを行使し、山を、海を、街を破滅させた、世界を破滅せしめんとする魔王がいる。

それが目の前の彼女、魔王序列第三位、〝破滅の魔王〟ウルカ・バーテルテェインだ。


「何故、貴様が此処に……っ!」

「何故って、今言ったばかりだと思うが? 言った言葉も一回で聞き取れぬ、これだから年寄りはいかん。お主もそう思わんか? 怪物王女」

「確かに、この頃ひげ……いえ、父上は」

「今、ヒゲって言った!? この状況で父に向かってヒゲって言った!?」

「あー、こほん。……確かに、この頃父上は薄くなる髪に合わせて限りなく頭の中身も薄くなられた」

「いい直せておらん! 毛の話から一個も逸れておらんし、薄い薄いとなんも上手いこと言えておらんわ!」

「いづ……っ」


我が父ながらキレッキレッのナイス突っ込み。

怒りの形相で此方の頭を引っぱたきに来る点も、実に観客を沸かすグッドな手法だ。

歳はとっても突っ込みは忘れるな、我が家の家訓(嘘)は実に有望なツッコミ職人を育ててくれたと言えよう。

お陰様で、あちらさんは大変ご立腹なご様子だが。

魔王さんそっちのけでの親子会話。これもツッコミ職人がいてこそ為せる匠の技。


——狙い通り、魔王の逆鱗に触れられた。


「お主ら……妾を、魔王である妾をおちょくっているのか……? こっちが下手に出ている事をいいことに、妾が慈悲深い、慈愛溢れるあの愚物共と一緒であると見定めたのではあるまいな?」

「いや? そんなことは……」

「——そこまで死に急ぎたいか? 愚者よ」


破滅の魔王の反応が変わる。

彼女の中の、いやそれだけじゃない。大気中の魔力が活性化しだしている。

見たまんまを言うならば、それは膨張に見える。しかし、感覚で言えばそれは進化に近い。大気中の魔力が、彼女の内の魔力に触れて進化している。


「…………」


しかも、これは、彼女だけを専用とした魔力。取り込めば害にしかなり得ず、実質、こちら側の魔力の供給源もまた絶たれたと言えようか。


「づっ、ぐあぁぁぁあああ!」


その急激な魔力の進化に空気が振動し、見る景色が捻れて歪んで行く。

既にこの場は、いるだけで体が捻切れ飛ぶ、そんな不安定な重力地帯に成り果てている。

父上も、私も、腕と足が片方ずつ飛んだ。

正しく、魔王の逆鱗。破滅の魔王とはよく言って、全てのモノを破滅させる恐ろしき力だ。


「だけど、それがどうした?」

「……は? お主、状況が理解出来ておらんのか? よく見てみろ。お主も、そこの老獪も地に突っ伏し、既にある筈のものがないではないか」

「はぁ……。たかが腕と足だろう? 狼狽える場面でもないのに、何で私がワーキャー騒がなければならないんだ」

「ミューネ……っ。逃げ、ろぉ……ッ!」

「お主、ただの馬鹿じゃろ……。ほれ、愛しの父君が娘を案じておる。既にお主に対する興味は失せた。逃げたければ逃げるがいい。逃げる間もなく、この国ごと更地に変えてやるがのぉ」


良く口が回ると、そう思った。強者の余裕というやつだろうか。

見てみろ、あの顔を。他者を貶める快感に酔いしれ、蕩け落ちてしまいそうなあの恍惚顔を。

口が回り、恍惚とした笑みを浮かべ、他者を貶めることが絶対強者の特権というのならば——。


「僕も、いいよねぇ!」


■■■■■■■■■■■


「……あ? なんだ……いや、何が起こった!?」


暗転した世界、真っ暗な世界で魔王は目を見張った。

ほんの一秒、いや、そんな生半可なものじゃない。鼻からそこにいたように、まるで止められた時間の中で場所だけを移されたような、一切の齟齬がない転移が起きたのだ。

気がつけばそこにいた。その不可解さと、後ろの気配に全身がヒリついた。


「ようこそ、我が揺籃へ。たかが魔王序列第三位、ウルカ・バーテルテェイン」

「お主、一体何をしたぁっ!? それに、その腕と足はどうした! 何故、再生している!?」

「そんなに怖い顔しないでよ。これでも僕、女の子なんだよ? 怖いわぁ~」

「ふざけおって……っ! 今すぐその首へし折って……」


■■■■■■■■■■■


「——そうワーキャー騒ぐなよ、愚者が」

「……あ、れ……?」


瞬間、違和感を感じた。

あるものが欠けたような、大切なものが抜け落ちたような、そんな感覚。

確かめようと眼球を彷徨わせれば、そこには得体の知れない女がいた。にたりと嗤う、女がいた。

——恍惚とした笑みを貼り付けた、怪物がいた。

恐怖に、喉が鳴った。


「ひゅ」


視界が変わる。自分の意思でもないのに、視界がくるりと女の姿がある方向とは真逆に向けられる。

そこには、なにかがあった。見覚えのある何かが。

バクバクと、何かが高鳴っていくのが分かる。いや、なんで分かるんだ?分かる筈なんてないのに。なんで?なんで?なんで?だって、そこにあるのは、いや、そもそも繋がって——。


「どうだぁ? 頭と体が離れた感想はぁ?」

「え、ァ……ぐぎぃッ! ぎやぁぁぁあああああ!!」


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


頭か、目か、首か、胸部か、腹か、臓器か、腕か、手か、足か、骨か。痛いのがどこかも分からない。

ただ、痛みに脳が焼き切れる。思考が出来ない。涙と血で赤く染まる視界の先で嗤う怪物が、恐ろしくて堪らない。


「あはは。遮断しておいた痛覚を戻してみたけど、よっぽど痛いんだね。でも、死ねないよ? 戻したのは痛みだけだ。死ぬに必要な体の時間は止めてあるからね。……あれ? 何も言わないの? あれだけ喋ってたのに? 反抗して見せてよ。喋るの好きだろ? 他者を貶める感覚が好きだろ? 胸が高ぶっていただろ? 絶対的な強者、その愉悦感がさぞ堪らなかったんだろ? なら、僕を貶めてみなよ。あの口で、あの顔で、僕を恐怖のどん底に落として見せてよ。さぁ、さぁ、さぁっ!!」

「い、や、ァ……いや、ァ……」

「どうしたの? そんな顔して……。この国を更地に変えるんだろ? そう父上と僕の前で豪語したんだろ? まさか! まさかとは思うけど、絶対的強者の魔王様が僕なんかに恐怖を抱いてるなんて事はないよね? あれだけ啖呵を切って、一時の間とはいえ一国の王と王女の腕と足を奪っておいて、まさか、そんな事はないよね? なんとか言ってよ魔王様」

「いや……も、う、やめ、て……おね、が、します……や、め、てく、ださ、い……」

「やめないよ?」

「ひっ」

「だって君、今までどれだけの人を殺したの? いや、まぁ、それはどうでもいいんだけどさぁ。……あれでも僕の父だ。僕のモノに手を出してただで済むなんて烏滸がましいよ。君も、レノンの二の前になるといい」

「……れ、のん。ま、さ、か……いち、いの、あ、の……?」

「あは! いい顔だぁ……。そうだよ? 魔王序列第一位、〝絶望の魔王〟レノン・アシュラウド。そうさ、彼を殺したのは僕だ」


ウルカ・バーテルテェインは、思い違いをしていた。

世界で最も恐ろしく、残酷で、彼以外はただのお飾りの魔王ではないのかと思うほどの規格外の強さ。

魔王序列第一位、〝絶望の魔王〟レノン・アシュラウドとはそういった存在だ。

畏怖の象徴。絶望の象徴。真の力の権化。真の魔王。軽く指を弾くだけで全てを無に返す圧倒的存在。

だけど、真に恐ろしいのは他でもない、この目の前の怪物だ。消息不明となったレノンを殺したと言った、この怪物王女だ。


「——さぁ、楽しい楽しい時間の始まりだ」

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