10話 サリーネの日課
サリーネ・ウィントンの日課は、屋敷の主であるミューネ様の自室の清掃、寝巻きや普段着、下着などの洗濯と、ミューネ様主軸で始まる。
まずは、自室の窓を開け換気から始めます。次に、カーテンを取り外し、枕からカバーを外し、ベッドのシーツ等の諸々は後でミューネ様の服と一緒に洗濯へ。
洗濯籠に纏めた選択類は一旦自室の外へ。次に、ミューネ様考案の魔道具クルットワイパーなる魔道具で掃除のしにくい溝や高い位置にある物の埃を搦め取って行きます。
それが終わりましたら、これまたミューネ様考案のソーウジキーなる魔道具を使って床の埃などを吸引。後は、拭き掃除でミューネ様の自室をピカピカに仕上げます。
そうして、ミューネ様の自室の清掃が済めば次は洗濯へと向かうのですか、これもミューネ様(以下省略)のセンターキーを使って楽々と汚れを落として貰います。
汚れを落とし切るまで三十分ぐらい。勿論、待ちます。このグルグルと衣類を掻き回し、水と洗剤で汚れが落ちて行く光景が何とも愛おしく感じてしまうのです。
眺めていると、三十分もの時間はたちまちに過ぎ去ります。センターキーの稼働が止まり、汚れの落ちた衣類を物干し竿に干して行きます。
そうして、やっと屋敷の清掃へと移るのですが、この屋敷は一階と二階と三階、そして地下一階の四階層で構成されています。
困った事に、部屋の数は全部で五十六にも及びます。一つの埃も残さない私のやり方では、一日あってもまるで足りない数です。
が、ご安心を。何も、ミューネ様に仕える従者は私一人という訳では御座いません。
という事で、ご紹介させていただきます。
「サリーネ・ウィントン。部屋の掃除は終わった。次は何をすればいい」
レノン・アシュラウド殿。半年も前にミューネ様が連れて来られた新しい従者で、容姿は長い金の髪を一本に纏めた美青年と言った感じでしょうか。
物覚えも手際も良く、此方としてはありがたい限りで、今となっては良き同僚です。
「あら、早いですね。全部、抜かりなくですか?」
「あぁ、勿論だ」
「そうですか。……なら、買い出しをお願いします。こちらにメモが」
メイド服のポケットから紙切れを取り出し、私はレノン殿にメモを渡します。
これで、私にも時間が出来ます。首尾は着々と、です。
「了解した。……いつ頃戻って来れば夕食に間に合うだろか」
「何か用事でも?」
「少し、野暮用がな」
「……では、東刻には戻って来て頂ければ。料理長には、此方で話を通して置きましょう」
「ふむ……」
私がそう言うと、レノン殿は考え深げに腕を組みます。顎先に指を添えて、少し困った様子です。
私は、首を傾げました。
「どうかされましたか?」
「いや、買い出しの交代を申し出てくれるかもと期待したのだが……」
「面倒くさいです」
「……あ、あぁ、そうか。それは申し訳ない……」
きっぱりと即答する私に、レノン殿はビックリした顔をしていました。
ですが、知りません。私にも休養が必要なのです。
レノン殿は踵を返し、買い物?野暮用?どちらが先かは知りませんが、屋敷から出て行きました。
こうして、屋敷の清掃が終わった形となります。
私はミューネ様主軸の清掃を。レノン殿は屋敷全体の清掃を。いつも通りです。
割に合っていない?。そんな事はありません。
半年も前には、これを私一人でこなしていたのです。主人であるミューネ様主軸の清掃は滞りなく、しかし、屋敷全体の清掃は二日間に分けて行っていました。
正直、重労働でした。なので、私は少しサボっていいと思います。同僚に仕事を押し付け……手伝って貰い、私の休養時間を……誰かが多く仕事を請け負わない様に調整を。
あぁ、もう面倒くさいです。
「私にも、休養が必要なんですよ。分かりますか? この気持ち」
「いや、まぁ、分かりはするが……厨房に来ていきなり愚痴とは珍しいじゃねぇか、サリーネ嬢」
「あ、いえ、すいません……。私とした事が……」
「気にすんじゃねぇよ。俺とサリーネ穣の仲だろ?」
「……貴方の中で、私との仲がどういったモノに改変されているのかはご存知あげませんが、私の中では、貴方との仲はクソッタレな関係と記憶しておりますよ? リューガ殿」
「あっはー! 違いねぇー!」
この方は、リューガ・オルクレン殿。この方の紹介を適切に選ぶのならば、ミューネ様の呼び方を真似するのが手っ取り早いでしょう。剛力オヤジ。
正しく、名前から察せられる様に筋肉の塊の様な人物です。顔は、ミューネ様が良く言っている虎?ライオン?肉食獣の様な顔つきにクリソツらしいです。
と、彼の風貌についてはここまでにして置くとして、遅れた紹介をさせて頂きます。この方、リューガ殿こそがこの屋敷の料理長になります。
意外でしょ?。私も、この方がこの屋敷の料理長になるとミューネ様に紹介された時にはド肝を抜かれました。
ですが、この顔に似合わない事に、リューガ殿の作る料理はどれもこれもが絶品なのです。王国一、そう評して問題ないかと思われます。
「で、どうしてこんな早い時間に? いつもは買い出しの後、北刻の時間じゃねぇの」
「あぁ、そうでした……。それを伝えに来たのです」
「ていうと?」
「レノン殿に買い出しをお願いしたのですが、野暮用があるとの事で帰りが遅くなるそうです。東刻には戻るように伝えましたので、それまでには買い出しの品と一緒に戻られると思います」
私がそう言うと、リューガ殿はレノン殿の時と同じように考え深げに腕を組みました。
恐らく、言葉のニュアンスも似た様なモノになるでしょう。
「……。んー、それってよぉ」
「はい」
「サリーネ嬢ちゃんが行くんじゃ駄目だったのか?」
「面倒くさいです」
「え……。お、おう、そうか……」
レノン殿の時と同じく、私は即答します。
休養が欲しいだけなので、面倒くさいとは少し違いますが、こう答えると面白い反応が見れるので楽しいです。
「まぁ、分かったよ……。東刻だな? 何とかしてやるよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、私は自分の部屋に戻って少し休みます」
「全く、堂々と……。——あの主人が主人なら、その従者も従者だな」
ミューネ様、そして私共従者に良く向けられる言葉がそれです。
正直、ミューネ様を支持する人はそう多くないのです。その敵愾心が従者にまで及ぶ、そういったケースは幾度も経験致しました。
なので、私達の間でこういったモノが主流となりました。
ミューネ様流、中指立て&罵倒。
「黙ってろ、ボンクラ」
言って、私はリューガ殿の微笑みに見送られながら厨房を出ました。
そして、自室。私は悠々自適な時間を過ごします。
窓を開け、カップを傾けて紅茶を口に運び、開けた窓から吹き抜ける風が私の髪を撫でます。
これこそが、休養。実に優雅で、気品に溢れていて、心が休まります。
ですが——。
「邪魔されましたね……」
窓から入ってくる風が私に知らせます。肌を突き刺す魔力の波長を、絶対悪の象徴たる凄まじい殺意を。
「王城、ですか……。なら、私が出向く必要もないですね。既に、そこには……」
そこには、絶対悪を上回る〝怪物〟がいるのですから。
「お帰りをお待ちしております、ミューネ様」
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