9話 魔王襲来


「ミューネ。何か、弁明があるなら聞こう」

「い、いえ……ありません……」


そんな訳で、呼び出し再びである。

王城、父上の執務室。私は床に正座し、言い逃れもへったくれもないやらかしに私は父上の顔を見れないでいる。

同様に、父上も組んだ両手に顔を埋め、私が部屋に入って来てから今までその顔を上げようともしない。


「本命を聞く前に、一つ問おう。何故、逃げ出した?」


心做しかやつれた父上の顔が上がる。

今回ばかりは、私もやり過ぎたと自覚している。流石に、自分の作った魔道具で宇宙にまで進出するとは思ってもみなかった。

そりゃ、めちゃくちゃ焦った。

焦り過ぎて、ここ丸一日身を隠していた程に。


「流石に、やり過ぎだと思って……」

「……うっ……」

「え、な、なに!?」


何故か、急に泣き出してしまう父上。

胃痛?心臓病?癌?え、何、死ぬの?。


「まさか、あのミューネに自責の念が芽生えるとは……」

「あぁ、そこ……?」


失礼な、と言いたい。父上は、私をまるで心のない化け物の様に言うが、これでも一人の純情な乙女である。

自分の仕出かした事が悪い事だと認識出来れば、ちゃんと罪悪感くらい抱く人間性を持ち合わせている。


「長かった……。儂の教育が間違っていたのかと自分を責めたり、この子は馬鹿なのか? 人間なのか? と思ったりした事もあったが……。よかった。お主は紛れもなく人間だ」

「本当に失礼だな糞爺……っ」


目尻の涙を指で拭いながら、爽やかな笑顔で言ってくれる父上。

幾ら温厚な性格である私でも怒る事ぐらいあるんだからな?四肢捥ぎ取るぞ?。


「今なら、何を聞いても許せる気がする……。そろそろ、本命を聞こう。何故、あの様な事をしたんだい?」

「破壊してみたかったから?」

「あぁッ? 訳が分からん。ここゼシアの安全装置を壊した理由が破壊してみたかったから? 馬鹿なのかっ?」

「あの、父上……。少しは情緒安定させて貰ってもいいですか?」


間違いなく私のせいないなのだろうが、涙を流したり、直前に言ってた事と次に言う言葉が真逆になったりと、父上の情緒が不安定過ぎて心配になる。


「あ、あぁ……すまない……。少し待て。直ぐに落ち着く」


そう言って、父上はカップに入った紅茶を啜る。

こないだからそうだが、父上にとって紅茶は精神安定剤なのかな?。今度、ストレス解消効果のあるアロマキャンドルでも作って上げよう。


「……で、あれは何なのだ? まるで、世界の終わりでも見ている様だったぞ」


落ち着いた所で、父上は一番聞きたかった部分を私に聞いて来た。

流石、父上。何よりも重要で最も優先すべき事項、私の一番触れて欲しい所に触れてくれる。

思わず、ニヤけてしまう。


「そう言うと思って、実物を持って来てあります」


立ち上がり、私は亜空間から例の物、竜核砲銃を取り出す。

勿論、重すぎて持てないので浮遊魔法で操作だ。

そして、ここからは父上の娘としてではなく、一人の商人として国王ガレオに接する事にする。


「核兵器——〝竜核砲銃ドラゴンバースト〟」

「……兵器、か。それは、一体どの様な物だ」


言われて、物体操作を使って竜核砲銃をパーツ事に空中で分解。説明の為に、竜核砲銃の中身を父上に見せた。


「大気中の魔力を取り込み、魔力を高密度に圧縮し蓄えるドラゴンの心臓、竜核。この兵器は、その竜核を原動力として制作した魔道具になります。参考は、ドラゴンのブレスになりますが……ここからは少し、父上の想像力をお借りしても?」

「構わん。何を想像すればいい?」

「ドラゴンの体、そして、その内部を想像して欲しいのです」

「分かった」

「……まずは、ドラゴンのブレスについて。竜核で魔力を吸収し、高密度に凝縮。魔袋で元素変換し、広範囲にまで及ぶ超火力のブレスを吐き出す。それが、ドラゴンブレスの原理です」

「あぁ、そうだな」

「そこに更に、手を加えます。魔袋とブレスの通り道となる喉、そこに威力強化、速度強化、耐熱強化、硬度強化、圧縮、高密度化の魔法術式を刻み、広範囲に及ぶ超火力のドラゴンブレスを極限にまで圧縮。ドラゴンの限界を魔法術式で大幅に引き上げる事により、ブレスの威力も速度も跳ね上がり……」

「………」

「と、それをこの竜核砲銃で行い、その結果……大気圏を超えて大爆発しちゃった。てへ」


真面目ぶるのにも限界が来て、最後の最後でちょけてしまった。

父上の反応は、いつからか分からないが、またも机上で組んだ両手に顔を伏せてしまっている。


「お主は本当……天才なのか、馬鹿なのか……。そんな物を作ってどうするのだ? 国一個丸々消し飛ぶ威力だぞ、あれは……」

「いる?」

「いらんわっ!」


青ざめた顔を勢い良く上げ、ナイスツッコミを入れてくれる父上。

でも、やっぱり、そうか……。


「やっぱり、父上もいらないかぁ。私も、これはないと思ってたんだよね。威力調整皆無だし」

「いや、そう言う問題じゃ……」


せっかく作ったのだから誰かに使って欲しかったのだが、残念無念。流石に実用的とは言い難い。

バラした竜核砲銃を組み立て直し、亜空間に片付ける。


「あ、そうじゃ。問題と言えば、あれがその素材か……? 何故、あんな場所にとか色々思う所はあるが、儂はもう疲れた……。とっととあれも片付けて置いてくれ」

「あれ?」

「惚けるでないわ。ここからでも見える。窓の外を見て見るがいい」

「窓の外? なんでそんな所……」

「なんで仕出かした本人が覚えていないんだ……っ。まぁ、とにかく見てみろ。見れば思い出す」


執務室の窓、書類が山のように積まれた机の後ろを指差し、父上は私に窓の外を見るよう促す。

その指示に従い、私は窓際へと歩みを向けた。

私は窓の外を覗き、そして——。


「父上」

「どうだ? 理解出来たか? 理解出来たなら、綺麗さっぱりと片付けて……」

「——あれ、私じゃありません」

「……は?」


窓の外、城の屋根に身に覚えのないドラゴンの頭部が突き刺さっていた。


       ***


「あれ、私じゃありません」

「は?」


あけすけに、そう振り返った先ですっとんきょんな顔の娘に言われて、ガレオは目を見張った。

ミューネの親であるガレオは、親でありながら娘のことが毛ほども理解できない。やる事やる事が想像の斜めを突っ切り、騎士団からの報告のほとんどが娘の損害を占めるからだ。

天才、怪物王女、歴代最凶、自分の娘が仕出かしてきた事と規模を思えばこれもさも当然と、そう思っていた。

王城にぶっ刺さる形で放棄された、漆黒の竜の頭部も、てっきりと。


「……っ。アローラ!!」

「はっ。此処に」


呼び掛けと同時、ガレオの前に突として現れる黒ずくめの女性。バレンシア騎士団、密偵隊アローラにガレオは凄まじい剣幕で緊急の指示を出す。


「国王が命ずる!! 直ちに城内にいる全ての騎士達に民の避難を開始させ、街全体に警戒網を敷け!! これは冗談でもなんでもない!! 一国の存亡がかかった国家滅亡級カタストロフである!!」

「は、はっ!」


指示を受け、その姿を消すアローラ。


「どうか、間に合ってくれ……っ」


バレンシア王国王城と、その心都であるゼシア。そのセキュリティは他国から鉄壁と称賛されるまでに、娘を除いて突破されたことがないまでに万全だ。

幾重もの対魔法障壁を街全体を包み込む規模で、地中上空構わず一個のボールの様になるよう張り巡らせてある。

単純な力も魔法も通用しない、それがこのゼシアに張り巡らされた守護装置だ。

それを突破する輩が、この怪物娘に匹敵する存在が今このゼシアにいるのだ。楽観視など出来る筈も無い。

それに何より、この規模の巨竜を、それも竜の中でも最高位に位置する漆黒色の竜をこのザマにする、その恐怖がガレオの心身を犯す。

娘に抱くことなどあってはならない、その恐怖と同等の恐怖が。


「ほら、来ますよ父上」

「……っ!?」


「——キャハッ! こやつを放置して早一晩、やっと会えましたよ、第三王女ミューネ・ウェル・バレンシア様。怪物王女と名高き汝の噂を聞きつけ、この〝破滅の魔王〟、ウルカ・バーテルチェインが逢いに来てやったぞ?」


窓の外、漆黒竜の頭部を足蹴にし、一人の少女が立っている。

うねり、曲がり、二本ある巨大な角の片方を撫でながら、少女はそこに立っている。

恍惚の笑みを浮かべ、王城の屋根に立っている。


——魔王序列第三位、〝破滅の魔王〟がそこに立っていた。

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