4話 騎士の訓練はVeryVeryHARD


「み、ミューネ様!? 護衛もつけずに何故この様な場所に!」


と、父上の部屋に向かう道すがら、演習場の前を通りかかった私に駆け寄って来たのは、バレンシア王国騎士団、そこの副団長様だ。

名を、カイゼル・ブラウン。赤茶けた髪と真紅の双眸を兼ね備えたイケメンで、彼の二つ名もまた実に格好の良いものだ。


——〝閃剣赫怒〟。


彼の逆鱗に触れた盗賊が、閃光の速さで切り刻まれた事から付けられた二つ名で、その実力はバレンシア王国騎士団元五十四代目団長という肩書きから容易に知る事が出来る。

光の剣。対人戦、連続百三十勝。バレンシア剣魔祭、五年連続優勝者。不動のカイゼル。ドラゴンキラー。

彼の伝説と呼び名は、数え切れない程ある。

ここは敢えて……。


「久しぶりだね、不動のカイゼル」

「……な、何故、今その名前で……」

「んー、その嫌そうな顔を見たかったから?」

「そ、そうですか……。お変わりない様で安心しました」


ホッと安堵に息を吐き出すカイゼル。何故、その言い回しを今使ったのかは私はとても優しいので追求しないで置く。が、後が怖いよ?。


「所で、ミューネ様はどうして此方に?」

「それ、聞いちゃう?」

「はい、聞きます。予想は出来ていますが」


ならば、仕方ない。無垢な副団長殿にこの私自ら教えてあげてしんぜよう。

私が王城に出向いた理由、それは——。


「また父上に呼び出し食らっちゃった。てへ」

「あ、はい。分かってました。ミューネ様の仕出かした事の後始末は私の役目なので……」

「いつもすまないねぇ。その代わり、毎月の給金は弾ませて貰ってるから許してね?」

「分かっていますよ」

「うんうん。……所で、カイゼルが演習場にいるなんて珍しいね。新人の訓練?」


カイゼルの横から顔を出して、私は演習場の方を見る。

そこには、二列に並べられた五十二人もの騎士達の姿。拙いながらも一生懸命に剣を合わせる姿は、私が初めて剣を握った日の事を思い出させられる。


「そうです。男性四十九名、女性が三名。今日で四日目になりますが、めげずに良く励んでくれています」

「それでも、一ヶ月後に残るのは半分にも満たない……。バレンシアの最高峰、〝銀嶺騎士団〟の訓練は地獄って良く聞くからね。手加減してあげなよ?」

「心得ております。ですが、手加減など出来ませんよ。それこそが、王国の最高峰と呼ばれる所以なのですから」

「それも、そうだね。——なら、私が手伝おうか?」


思わず、ニヤつきながら言ってしまう。

それを、正面から見ていたカイゼルの顔はドン引き。自分がどんな顔をしていたかは分からないが、いつも周りから向けられる目を思うならかなり危ない顔をしていたと思う。


「え、遠慮させて頂きます……。ミューネ様が出ると、それこそ今日一日も持たないと思うので……」

「そう? ……あ、なら、私がカイゼルに訓練をつけてあげるよ」

「え?」

「最近、魔道具の開発に熱中し過ぎて、全然体動かせてないんだよねぇっ。訛った体を解すついでに、カイゼルに訓練付けてあげるよ」


両手を組み、体を上に伸ばしながらカイゼルに言う。

と、あからさまに嫌な顔をされた。


「笑顔が怖いです……。でも、願ってもない提案ですね。見るばかりで、ミューネ様と直接剣を交えた事はありませんで」

「なら、成立だね。ルールはどうする? 模擬戦形式か実戦形式。私はどっちでもいいよ」

「実戦形式でお願いします」

「おっけー」


ルールを決めながら、私とカイゼルは演習場へと入場して行く。

それを見た新人騎士達の手が一瞬止まるが、新人とはいえ、やはりと言って騎士。一国の王女を前にしても、副団長の指示がない以上、その剣を振るう。


「なら、真剣にする? それとも、ひよって木剣にしとく?」

「下手な挑発には乗りませんよ? 勿論、真剣で」


武器箱から私は木剣と真剣の二本を掴み取り、分かりやすく挑発。そして、此方も分かりやすく挑発を受けてくれたカイゼルに、私は真剣を投げ渡す。

木剣を武器箱に戻し、私も真剣をこの手に握った。


「私は魔法を使わない。いいよね?」

「そうして頂けると有難いです。私は、遠慮なく魔法を使わせて頂きますがよろしいですね?」

「いいよ。——それが、格上の勤めだからね」

「胸をお借りします。——ですが、格下の牙も日々磨かれていますよ?」


戦闘は、始まる前から始まっている。

言葉での挑発もそうだ。が、何よりも重要なのは相手の構えや重心、そして視線だ。

構えは、相手が積み上げて来た物をそのまま表わす。どういった鍛錬をして来たか、どういった戦術を取るのか、どれだけ研鑽しどれだけ洗練させたか、それは構えから測る事が出来る。

重心は、相手の動き出しを予想出来る。勿論、フェイクもある。が、相手の姿勢から行動を予測するのは戦闘において基本中の基本。戦闘開始から終わりまで、絶対、目を離しては行けない。

視線は、相手が次に取る行動を忠実に再現する。見てから動く人間は、視線=行動以上には持っていけない。重心と視線を見れば、相手の未来すら予見する事が出来る。

だけど——。


「しッ!」

「なっ!?」


——それは、常人同士の戦いに限った話だ。


目測五・六メートル。カイゼルと私に空いた距離を一・二秒で縮め、即座に後ろに身を引いたカイゼルの紅瞳、懐に低く入り込んだ私の金瞳が交差する。

潰した間合い、カイゼルの懐に入った私は躊躇いなくその首に刺突を見舞う。

と、ギリギリの所で剣身にいなされた。

直ぐに、カイゼルから追撃の気配。奥歯を噛み締め、腕の筋繊維が収縮。追撃の横凪が私の胴体に到着するまで、凡そ一・一秒。

此処は、相手の虚を突く為に斬新且つ合理的に……。


「しっ!」

「剣を、弾いて……ぐっ!!」


刺突に見舞った剣を指先で弾いて空中へ。〇・五秒逸れたカイゼルの注意、その隙に剣を振るおうとしていた右腕に掌低を打ち込んで阻止。

刺突に使った右腕を引き戻し、カイゼルの鳩尾に一発キツいのをぶち込む。

が、これまたギリギリの所で左手が鳩尾のカバーに間に合う。直撃はいなされる。

一・二秒は対応可。なら、ここからは少しペースを上げて行こう。


「はや……ッ!」


——一・〇秒。


上空に弾き飛ばした剣を掴んでから、剣速を上げる。上下左右から斜めに至るまで、あらゆる角度から剣をカイゼルに打ち込む。

威力は控えめに設定。すると、案の定、受けても問題無いと判断したカイゼルは剣で受ける攻撃を急所のみに絞り、空いた手数を反撃に回す。

バックステップからの刺突。

が、遅い。行動に移すまで〇・五秒、剣が私に届くまで一・一秒も掛かってしまっている。


「く、そ……っ。ぐぅ……ッ!」


——〇・八秒。


勿論、それを上回る速度でぶち抜く。

剣の到着地点を剣先で少しズラし、私の横顔を剣が通過。後は、〇・八秒の剣速でカイゼルを斬り刻んで行く。

対応不可。まだ目で追えてはいるが、速度に体がついて行けていない。

まだ上がるけど、速度はこれが限界だろう。

となれば、次は別の趣向でやってみよう。


「こ、攻撃が、病んだ……? 何の、つもりですか? ミューネ様……」

「少し、趣向を変えようと思ってね。次、私はここから一歩も動かない。好きに打ち込んで来ていいよ」

「全く……。私も、舐められたものですね……」

「それだけの実力はあるでしょ?」

「……はい。知ってはいましたが、圧倒的ですね」

「止める?」

「いえ、続けます。騎士道度外視、男の維持ってやつです!」

「心意気は良し。ならば、掛かってきたまえ、副団長殿」


いつからか、この演習場に響き渡っていた甲高い音はたった一つになっていた。

訓練に励んでいた五二人もの新人騎士達。その注意は私とカイゼルの一騎打ちに釘付けになっていた。

静かに、騎士達はその時が来るのを待ち望んでいる。

速度重視だった一ラウンド。次の、二ラウンドは小手先の技やタイミング、己が積み上げて来た物全てが折り合う技術重視。

これには、私も少し期待している。勝敗の分かれ目は速度と力こそが全てだが、技術には人間臭さがある。

誰しもに届く可能性。努力の結晶。洗練された技術ほど、この世に美しいものはない。


「行きます」


剣を構えたカイゼル。その姿が、一瞬にして私の視界から掻き消える。

現れる場所は、私の後ろ。

行動に移すまでの判断を見てから動くのではなく、経験から来る直感のみにシフト。脳をクリアに、魔力を筋繊維の補強と強化に使い速度を上げ、足と腕には魔力とは別の力、〝気〟を纏わせて破壊力と速度を強化。

〝身体強化〟と〝気瞬爽〟の折り合い。

総合して、〇・四秒。背後からの強襲は間違いなく成功。


——が、それは常人だけに通用する折り合いだ。


「……まじですか。これに反応しますか……」


背後、上段大振りに振るわれた剣。辿る軌跡は、右肩から左脇腹への袈裟懸け。

それを剣先で突き上げ、私は私に振るわれた剣を下から上へ弾いて軌道を逸らした。

これこそが、タイミング。


「——ようこそ、コンマの世界へ」


そして、これこそが——。


「がはぁ……ッ!!」


手首を回し、剣先をカイゼルに向け、掌底の応用で衝撃のみを打ち込む。

肩から腕、凝縮された力を一気に押し出す様に。そして、最後にその一切の力を抜けば、あら不思議。


——人は魚雷と化す。


水平一直線上に吹き飛び、武器箱を巻き込んでカイゼルは壁へと衝突して行った。

決着である。


「まぁ、こんなもんかな……。どう? 訛った体は解れた?」

「……は、はい……。解れた所か、肋が何本か持っていかれましたよ……」

「それは良かった」


私はカイゼルに歩み寄り、しっかりと治癒の魔法で折れた肋を治して上げる。

ついでに、八六箇所の切傷から服、武器箱と壁も。


「ほら、治ったなら立つ! それとも、王国騎士が守るべき立場である私に手を貸されたい?」

「……それは、騎士のプライドがありますので遠慮させて頂きます。少し、これから自分がすべき事が見えた気がするので考えていたのです」

「何か得た物があったならよかったよ。そろそろ私は行くけど、新人さん達の事はお願いね?」

「あぁ……。これは、参りましたね……。萎縮してしまっていますね」

「いや、そうじゃないと思うよ?」

「え?」

「じゃあ、またね、カイゼル」

「わ、分かりました。ありがとうございました、ミューネ様」


カイゼルに別れの挨拶を告げて、私は転移で演習場から姿を消す。

目的地は、父上の部屋。と、見せかけて、廊下の柱の影から新人騎士達のわっと沸いた歓声を聞いてから、私は父上の部屋へと転移した。

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