5話 然るべき罰は〝自粛〟


バレンシア王国、国王ガレオ・ウェル・バレンシアの一日は執務に追われ執務に終わる。

開拓申請書類に目を通し、財務省からの国の金利書類に目を通し、魔物の研究書類、他国の(以下同文)、国王にとって必要のない書類までガレオは請け負う。

いつ何時でも国のために思考を凝らし、民を家族同然のように慈しみ、そのどれも苦に思わずこなす、それがガレオという国王の在り方だ。

だが、しかし、そんな国王にも一つ、たった一人と限定して苦にしかなりえない厄種が存在する。


「やほー! ヒゲー!」

「ぶほぉっ!」


バレンシア王国第三王女、ミューネ・ウェル・バレンシア。愛娘である。

見たまんまの厄種、何の変哲もない場所から急に現れては親以前に国王である存在に大声でヒゲ呼ばわり。心臓が止まりかねない登場の仕方と言動に、思わず紅茶を吹き出してしまった。


「ミュ、ミューネ!! じ、実の父を、それも一国の王に対してなんて口の聞き方だゴェ、ゴホッゴホッ……!」

「あんまり騒ぐと血圧上がりますよ? 父上」

「だ、誰のせいで……っ!」


そう、太陽の様に民を照らす存在となるよう名付けをした我が子は逞しく、立派に親を泣かせる娘へと変貌した。


「それが親だけで済めばよいが……。此度、貴様は何故ここに呼び出されたか理解でているか」

「はて? さっぱりですよ、父上。というか、やらかした事が多すぎてもう分かりません」


本当に見覚えがない、そう言った様子で首を傾げるミューネ。

これが厄介な事に、自分が仕出かしたことに無頓着なのだ。やる前は好奇心旺盛で、やった後は無関心。

幼子は仕出かした事を悪い事だとまだ認識出来ておらず、叱られてそれがしては行けない事だと認識して行くが、この娘は断じて違う。

叱っても尚、悪びれないのだ。悪びれる必要もないぐらい、この娘は馬鹿なのだ。叱られても尚、それが悪い事だと認識出来ないぐらいに、馬鹿なのだ。

何度でも言う。この娘は大馬鹿だ。

それでも、親としては叱らなければならない。子が理解しないからと諦めればそれは育児放棄となんら変わりはしないのだ。

子が誤った道を行くならば、それを正すのが親の責務。


「ミューネ。儂はお主に常々言っている事があるだろう」

「王族たる者、品行方正たれ? 父上もサリーネと同じ様な事……」

「ミューネの世話役じゃったか。いい事を言う。それが、王族とした生まれた者の在り方で責務だ」

「ぶーぶー、父上の意地っ張りい。そんなんだからハゲんだよ」

「……っ。よし、関係ない話はよそう……っ」


ここは、グッと堪える。年頃の娘だ。怒り方は慎重に、言葉は選ぶべきだ。


「ミューネ。儂はこれから、ここ一月の間でお主が仕出かした事を一つづつ述べて行く。一つづつだ。その際、何か弁明があるのなら聞こう。が、その弁明に儂が余地無しと判断すれば、儂はお主に罰を与える。よいな?」

「いいですねぇ。なら、私の弁明が通った場合、父上はどうされるおつもりで?」

「万が一にもないが……。仮に、その様な事があるのならば、城下の街を裸で逆立ちしながら一周してやろう」

「男に二言はないですか?」

「ない」

「なら、その提案を飲みましょ」

「この状況で、何故上からの物言いを通せるのか甚だ疑問だが……。まぁ、よい」


一度、紅茶を口に運んで精神を落ち着かせる。

この娘は、人のペースを乱すのが得意だ。相手のペースに決して飲まれてはならない。

これは、単純な教育ではないのだ。一国の王女として生まれてしまった者への強制……逃れる事の出来ない道だ。

可哀想だが、受け入れて貰わなければならない。


「では、まず、丁度一月前の話をしよう」

「ばっちこい」

「城の地下、初代バレンシア国王の時代から蓄えられて来た数多くの宝物の眠る宝物庫。そこから二つ、〝聖神剣〟と〝エンズの宝玉〟が何者かに持ち去られた。心当たりは?」

「ないです。宝物庫のセキリュティはあらゆる魔法に対抗する為に四百九六もの魔法妨害術式が組み込まれています。悔しいですが、私でも突破は不可能で——」

「言い忘れておったが、お主が宝物庫に掛かる四百九六もの魔法妨害術式を軽々突破したのを監視魔道具が捕らえておる。それを踏まえて、続けたまえ」

「嘘ですすいません私が盗みました」


頭を下げ、早口で謝罪を口にするミューネ。

監視魔道具に見られていたのを知らなかったとはいえ、あまりにも堂々と嘘を吐くものだから、内心こっちが間違っているのではないかと一瞬考えさせられてしまった。

カップを傾け、紅茶を口に運んでから二つ目に移る。


「では、二つ目だ。半月前、バレンシア剣魔祭にも使われるコロシアムが跡形もなく爆散した。被害はなく、直ぐに何もかも無かったかの様に再生されたそうだが、住人達から何者かのテロではないかと報告が殺到した。心当たりがあるな?」

「全くありません。私はその日、自分の屋敷で魔道具の開発に勤しんでいました。屋敷にいたサリーネや他の従者達に聞けば——」

「言い忘れておったが……っ。その従者等から既に言質は取ってある。皆、ミューネがやったと証言してくれた」

「ちっ。裏切り者め……っ」

「追加で言えば、一部の住民からも声が上がっている。爆散するコロシアム、その上空に月明かりに映える白銀の髪の少女が浮かんでいたとな」

「すいません紛れもなくそれは私です」


勢い良く頭を下げ、己が罪を認めるミューネ。

息をする様に飛び出る嘘の連発に、問い詰めている筈のこっちの頭が痛くなって来た。これでも七人の子の親、他の子らを見る限り育て方を間違えた覚えはないが……。これはもう、性根の問題なのだろうか……。

震える手でカップを傾け、紅茶を口に運んだ。


「これで、最後だ。四日前、悪天の空を魔法で消し飛ばし、住民の不安を煽ったものがいる。お主だな?」

「はいはい。これもどうせ、目撃者がいるんでしょ? それも私ですよ。はい、これで満足ですか?」

「いや、これに関しては目撃者は居なかった。証言もなしにお主がやったと断定するのは少々可哀想だと思っていたが……やはり、お主だったか」

「ちっ、やられた。謀りましたね、父上……」


唯一目撃者がなかったのが三つ目だ。どうせ、ミューネだとは思っていたが、炙り出す為に最後に回した。

その結果がこれだ。愛娘に面と向かって舌打ちされる。泣いていい?。

ここまで来たら、一周回って褒めた方がこの手は成長するだろうか……。少し、めげそうだ。

頭痛と胃痛を感じながら、震える手でカップを傾け——。


「……………」


カップの中、紅茶が無くなっている事に気づいた。


「え、何? どうしたの? 大丈夫? 父上」


気づいて、押さえ込んでいた怒りが沸騰した。


「ミューネ! 今直ぐに盗んだ宝物を儂に渡し! 三日間! 己の部屋で自粛に入れ! 無論、魔道具作りは禁止! 自粛部屋から出る事も禁じる! 三日間、しっかり反省してこい!!」

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