3話 王城道途〜人気者は辛いぜぇ〜


六つの国、六つの国境から成るアバントール大陸は、大、大、中、特大、中、小、と時計回りの順でそれぞれの国がそれぞれの規模の国土を有している。

順番に説明すれば、図はこうだ。


——南の国、サンストーレ。

大の国土を所有する、貿易国家。海や山が多く、海藻や魚介類、薬草や山菜、その他多くの特産物を扱っている国だ。リゾート地や観光名所も多いと聞く。


——南西の国、セブンズ。

大の国を所有する、魔法国家。属性別に存在する七つの塔を起点に、様々な魔法士が魔法研究に勤しむ国だ。賢者、なんて呼ばれる魔法を超越した存在なんて者もいるとかいないとか。


——西の国、テクト。

中の国土を所有する、革命国家。魔道具の開発や薬の開発に長けた国で、多くの研究員が様々なテーマを掲げ切磋琢磨している。ロボット、なんてものもあるなんて噂で聞いたことがある。


——北の国、アブァントール。

特大の国土を所有する、実力主義国家。経済、軍事、技術、自他ともに最高峰を誇る国で、その主力は城程も大きいドラゴンを真二つにする剣聖なる者だと言う。


——東の国、ミューロン。

中の国土を所有する、精霊国家。精霊を愛し、精霊と共に生活するエルフなる耳長の種族が収める国で、精霊と契約し、精霊術なる魔法のような不思議な力を使うと聞く。


そして、最後は勿論——。


——南東の国、バレンシア。

小の国土を所有する、弱小国家。築いた代は我が父、ガレオ・ウェル・バレンシアで十二代目。経済面、軍事面、技術面、特に誇れる点のない国だ。

だけど、強いて挙げるのなら——。


「やっぱ、これだよね」


——砂糖を使ったスイーツ。

これだけは、他の国にも負けないと第三王女の私自ら進言させて貰う。

何せ、砂糖はバレンシアの特産物だ。他の国にもあるにはあるだろうけど、砂糖についてここまで知識を持ち、ここまで砂糖を扱うのに長けた国は他には存在しないだろう。

と、これだけお膳立てさせて貰えばもう分かったよね?。


「お、お待ちください! ミューネ様!」

「……ん?」


後ろからの慌てた声に、私は踵を返して振り返る。

そんな姿も、一般市民からして見れば実に美しく、時が止まる様な錯覚に陥ってしまうほど眩い光景だろう。

実に煌びやか。強面の男の瞳に私が映って、私が見蕩れてしまう。


「おっと、いきなり失礼しました……。今日もまたお美しく、その美しさに見蕩れる限りでございます」

「おべっかは結構だよ、アンドレー。で、そんなに慌ててどうしたの?」


ヤクザを疑い兼ねないThe強面おじさん。左目に負った傷跡が痛々しいこの男は、シン・アンドレー。

こう見えて砂糖菓子職人で、この王都では知らぬ者なしの猫屋の店主だ。


「店の者からミューネ様からお代を頂いたと聴きまして、それを返しに参りました」

「え、何で……? もしかして、値段間違ってた? 多く払った分を返しに来たって事?」

「いえ、その様な事は……。猫屋は、ミューネ様からお代を頂く訳には行かないという事です」

「あぁ……。まだ気にしてるの、それ……?」

「当たり前です。この王都、いえ、この国で今ブームとなっているスイーツは皆、ミューネ様が考案された物。ミューネ様の脛を齧り日々を生きる我々が、そのお方からお代なんて貰おうものならDOTAMAをかち割らなければ行けません」

「いや、重い重い……」


強面からのDOTAMA発言。正しく、ヤクザらしくなってくるので即刻に止めて頂きたい。

というか、アンドレーがそこまで重く受け止める必要は何処にもないのだ。何せ、今バレンシア中で流行っているスイーツはどれも私が考案した物なんかじゃない。

前世にいた人達の集大成とでも言えばいいものか。前世の数多いる砂糖職人が考え、手掛け、受け継ぎ、何世代にも渡って積み重ねてきた努力の結晶。

それが、私がバレンシアで流行らせた物の正体だ。

それに、私がスイーツのレシピを彼らに共有した理由は私の独り善がりな理由でしかない。


「前にも言ったけど、私は料理とかスイーツとか作るのが苦手なの。だから、器用な人達にレシピを共有して代わりに作って貰う。この時点で、私からしたらwinwinの関係なんだよ。加えて、利益の十五パーセントも貰ってるし、お代を頂く訳には行きませんなんて言われる筋合いは何処にもないと思うよ?」


そう、これは対等な取引なのだ。

なんなら、こちらに利益が出過ぎてるくらい。異世界で、前世で巡り会った数多くのスイーツを食べられる、それはどんな名誉、どんな金銀財宝よりも貴重だ。


「ミューネ様にとってはそうでしょう。しかし、職人にとっては違います。私共職人にとって、これは一つの革新なのですよ」


が、私に譲れない部分がある様に、アンドレーにも譲れない部分があるらしい。


「革新?」

「そう、革新です! ミューネ様が様々なスイーツを考案される以前、このバレンシアにはパサパサのフランシの様な菓子しかありませんでした。それがどうですか! ミューネ様のお陰で私共の世界は一変ですよ! 砂糖菓子に分量が大切な事! 少しの誤差であろうと形にならない物がある事! 何より、砂糖菓子がガラス細工の様にあそこまで美しく輝くことが出来ることなど知りもしませんでした! これを、革新と言わず何と言えましょうか!」

「お、おお……。取り敢えず、落ち着こうかアンドレー」


職人魂。どうやら、私はそれに火を付けてしまったらしい。

それはもう業火。両手を痛いぐらい握られ、キラッキラの瞳で怖い顔を近づけてくるアンドレーには恐怖を覚えた程だ。

一応、これでも王女なんだけど。死刑、行っとく?。まぁ、冗談だけど。


「いや、ははは……。失礼しましたミューネ様! どうか、この不埒な輩に死刑をお与え下さい!」

「いや、だから重い重い。別にいいから……」

「そういう訳には」

「はいはい。お代、今日だけは受け取る事にしとくから、これでアンドレーも折れる。これでこの話はお終いね?」

「はい、分かりました。ミューネ様、次からもまた是非に無償での提供を」


チャリン。


「……。……ん?」


なんか、もう色々と面倒くさくて言ってしまう。

まぁ、そこは別にいい。私が折れることで、アンドレーの暴走が止まるならそれでいいと思ったから。

けど、これは、なんと言えばいいか。見計らったかの様な素早さで払った代金が手元に返された。

それに、どうしてアンドレーはそんなにもあっさりとして……。


「あぁ、そういう事……。謀ったな? この腹黒……っ」


恐らく、あの熱を増した語り辺りからだ。上手く、アンドレーに騙された。


「何の事ですか?」

「白々しい……っ。次からはちゃんとお代払うせて貰うから。覚えときなさい、アンドレー」

「はい。次のご来店も心からお待ちしております、ミューネ様」


一国の王女相手にこの豪胆さ。さっきの演技とはかけ離れた鋼の精神には感服の二文字だ。

皮肉を皮肉で返し、再びアンドレーに皮肉を含んだ別れを告げられる悔しさを噛み締めて、今度こそ私は本当に踵を返す。

そして——。


「あら、ミューネ様! 今日は如何な御用向きで此処に?」

「ミューネ様! 見て見て! これ、僕が作ったの。どう? カッコイイでしょ!」

「王女様。こないだ頂いた薬、よく効きました。ご覧の通りに!」

「ミューネ様、これ貰ってくだされ。え? そんなのいいって? そう言いなされるな。これはお礼なのです。どうか、受け取ってくだされ」


王城、父上に会いに行く道すがら立ち寄った王都。人気過ぎて、めちゃくちゃ色んな人達に足止めを食らった。

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