2話 身内に優しい人


この世に、バレンシア王国第三王女、ミューネ・ウェル・バレンシアとして生を受けてから早十五年。

私は、そんな十五年もの年月で大変多くの事を学び、経験し、大変多くの不名誉な呼び名が付けられた。

人格破綻者、王族の面汚し、異端者、悪魔、天災、怪物王女。と、ご覧の通りだ。

ただ、気に入っている呼び名もある。


——怪物王女。


何故、私にそんな悪名がついたのか、いつから付き始めたのか、心当たりがあり過ぎて今となってはどこからが始まりだったかも何をしでかしたのかもあやふやだ。

まぁ、今となってはどうでもいいし、カッコイイからそれでいい。

というか、今目の前にある事を思うなら、この世に起こる全ての事象が些細な事で、どうでもいいと言わざるを得ない。


「…………」


じっくり、ねっとり、みっちりと観察する。

生い茂った芝生と、今ではそこにはない懐かしのブツ、その代わりとなって存在する割れ目を。


「よし。問題なし」


アバウトに、大胆に股の間に突っ込んでいた顔を上げ、予め準備してあったハンカチで鼻から垂れる血を拭く。

断じて、なんて言うまでもなく、私は私の身体に欲情している。

この世に女として生まれてから、欠かさずに毎日確認して来た朝の恒例行事だ。

元男として、これは重要な確認&訓練。そう、女の身となった自分が男としての欲求を忘れないようにする為の訓練なのだ。


「何がよしですか。毎朝毎朝、何故そのような事をなさっているのか理解に苦しみます。女として、王女としてもっと気品を……」

「そうカッカしないの、サリーネ。私がする事は私にとって重要な事で、その結果がいつも国の利益と結びついてるのは事実でしょう?」

「それは、確かにそうですが……」


第三王女の世話役、サリーネ・ウィントン。

私の行動の一部始終を見ていた彼女の言葉はいつも厳しいものだ。やれ、王女としての嗜みを、やれ、人として最低限の道徳を、などといつも説教ばかり。

暇さえあれば篭絡してやろうと手を尽くしているが、この堅物、おいそれと堕ちてくれるタマでは無い。

こうして壁に押し付け、擦るように股下に足を滑らせても、胸を揉みしだいてやっても、耳元で甘ったるく囁こうとも、全くもって微動だにしない。

この女は、どうやら中身だけじゃなく皮も堅物だ。


「で、いつまでそうしているおつもりで?」

「いやぁ~、サリーネの胸が極上すぎてぇ~」

「……はぁ。ミューネ様の性癖はご存知ですが……いえ、まぁ、これは一万歩譲っていいです。それ以外の件、度外視できない点で国王様がお呼びです」

「げっ。まじですか……」

「まじです」


我が父、国王ガレオ・ウェル・バレンシアを一言で言えば傑物。二言で言えば親バカである。

私含めて七人いる兄弟の内、私は四番目に生まれた子供だが、その誰一人として存外に扱うことがないのだ。

七人入ればそのどれかに愛情が偏りそうなものだが、ガレオという親は平等に我が子を気にかけ心の底から愛を注いでいる。

例外なく、〝怪物王女〟と名高い私にも、だ。

どれだけ迷惑をかけようと、どれだけ悪名を広げようと、どれだけ女を侍らせようとも。

だから、私はそんな父が苦手だ。


「どうせ、説教でしょ……?」

「心当たりがおありで?」

「そりゃ、勿論。ありすぎてもう忘れちゃったくらいだよぉ~」


パンツを履き、スカートを履き、服を着て、身支度の合間に髪を纏めてくれるサリーネに笑いかける。

反対に、爆弾発言を受けたサリーネの顔は引き攣っていたが、いつも通りだとため息一つで払拭した様子。

そうして身支度が整って、私は部屋の入口とは正反対、準備万端といった様子で開け放たれていた窓際へと向かい、サリーネに行って来ますのご挨拶。


「じゃあ、行ってくるよ。帰りは遅くならないようにするから、体とベッドの準備をよろしくね。行って来ますのチューは?」

「はいはい。馬鹿言ってないで早く行ってください」


いつも通り、サリーネとのくだらないやり取りを終えて、私は窓の外へ向き直る。


「んじゃ、愛しのパピーに会いに行きますかね」


言って、窓の外に飛び出して行ったミューネ様の姿は既に、外のどこを見ても見当たりません。

私がミューネ様について知っていることを大々的に述べるのならば、それは彼女がこの国で、いえ、世界でも稀に見る馬鹿であること。

そして、もう一つは——。

彼女がただの馬鹿ではなく、〝空間を切る〟という歴史上誰もなし得なかった難解魔法を移動という手段に変えて簡単に行使してしまう天才であること。


「後は、誰よりも身内に優しい人、でしょうか」

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