約三年後
第83話 ただの虫除け
「芽衣ちゃん、休憩室にいるめっちゃ可愛い人は誰っすか?なんかみんな知ってるっぽいっすね」
廊下から入ってくる坊主頭で目鼻くっきりと立つスポーティーなイケメン小平は珍しく女に興味の耳が立っていた。実験台の隣で電気泳動状況を確認している芽衣は「可愛い人?」と困惑な視線を彼に向けた。
「うん。めっっちゃ可愛い!」と、小平は声を震わせながらもう一回目を光らせた。
ポイントそこじゃない!と、芽衣は呆れつつ心中で小平につっこんだ。
今年4月で他校から入ったこの博士1年の小平は、ゼミでは晴夏と並ぶ人気者。坊主でもイケメンならどうなってもイケメンという思想の元、顔だけでもゼミの女性陣の間人気を沸かせられるが、偏りなく誰にも紳士的に接する態度はさらに好感を獲得し、隣の薬理のある女子から密やかに恋心を寄せている噂も5階の面々の中に流れている。
しかし、彼女おらず、どんなアプローチされても靡かない彼はゲイではないかの疑惑も上がっている。
相思相愛な彼氏を持つ芽衣は小平に色恋にまつわる感情が沸かないから、割と清々しい気分で小平と友として付き合い、ゼミの女性陣の中では小平と一番親しい間柄になっている。その逆小平もまた然り。
そんな小平が初めて見た女に興味を持ち、しかもお世辞ではなく自ら興奮気味で「可愛い」と称賛した。驚きだけじゃ済まないと思う芽衣は、逆に目を細め、繫々と彼を眺める。
「なんっすか?」
芽衣の面白がって、かつ探るような視線に、小平はほんの少し眉を顰め、疑問と不満を語気に込めた。
「いや、小平さんが興味しかないぞ!みたいな顔で女子を可愛いと言うのは初めてじゃないですか?ちょっと驚きました。その人どんだけ絶世の可愛さを持ってるか、見に行きましょうー」と、芽衣は揶揄っているような煽りを小平に投げ、彼の反応を見る。
「まあ、外見だけなら、僕のストライクゾーンど真ん中っすね」と、まさかの自白が返され、芽衣は思わず目を丸くした。
今までアプローチして来た女子の誰にも靡かないのは、彼が面食いだからというシンプルな理由だった。結局男たちは顔と体しか考えてないなと、芽衣は心の中で嘆く。自分と安定した関係を築き、卒業後結婚の予定も組まれた彼氏も、最初はやっぱり顔から入っていた。可愛いや綺麗な女性に目が行くのは男の普通だ、女だって同じ。小平はどこか違うと思った自分は彼の本質を知り、勝手にがっかりするのは間違っている。
さて、その小平の心を射止めた「可愛い」人を見に行こうと、芽衣は小平に手を振って、一緒に休憩室へ足を運ぶ。
短い移動距離の中、芽衣はその人は誰かを脳内で推測した。小平が知らない、なら5階の人ではない。うちに遊びに来て、かつ可愛いと思えるくらいだったら、南先生ところの田中ちゃんと合成化学の原田ちゃんくらいだと、彼女は対象を絞った。
休憩室の前に立ち、新しいお土産が置かれたテーブルの両サイドに座って歓談している人の中、違うオーラを放つ一人の女性が芽衣の目に入る。
ふわりと鎖骨の下まで垂れたモカベージュの髪の下、アーモンドのような目元は柔らかな光を帯び、長いまつげが黒い瞳をさらに際立たせ、自然なカーブを描く眉がその顔を一層愛らしく見せる。すっと通った鼻と、薄ピンク色のづいた唇が合流した口角に、柔らかい笑みを這い合わせている。
ただの可愛いというより、大人女性の成熟した風味も少し加えられ、男女問わず誰の目も引き付けられるどこぞのアイドルと思えるくらい超絶可愛さの持ち主というべきだ。
小平がこの人に惚れたのは無理もない。けど、相手が悪かった。残念な念頭を脳の隅に置き、芽衣の視線がテーブルの上に置いた女性の左手に留まる。前回会う時まだなかった鋭い輝きを放つ物がその手の薬指にはめている。
手が早いなと感嘆するそば、小平が余計かわいそうと思った芽衣は頭を振り、ため息を漏らす。小平に現実を教えないと、忠告するような口ぶりに彼に話し掛ける。
「小平さん、その人は諦めた方が身の為ですよ」
「え?なんでそう言うんっすか?」
困惑に不服そうな逆質問に、芽衣はまた少々呆れた。
この場合、他人から諦めと言われる理由は非常に限られているのに、小平はそれを考えようとしない。よほど顔がドストライクで、どんなわけがあっても落としに行く気満々だろう。
でも、その人は絶対彼の手に入れない。
「可愛さに惹かれたのはわかりますが、左手にはめてる物は目に入りませんか?」
芽衣の言葉に従って、小平の視線は初めて女性の顔から離れ、左手に移した。
その物―リングが可愛いセンターダイヤを優しく抱きしめるような指輪―から放つ満月の月光でも遜色するほどの輝きはきっと彼の心を貫通する矢になっただろう。キューピットの恋の矢ではなく、恋心を粉砕する矢として。そう思うまま、芽衣は横目で小平を一瞥する。
眉が一気に上がり、驚きの様子を示してから肩が落とし、小平の顔に残念と悔いの色が這い上がった。脳の理解が体の反応より遅れた彼は数秒後「それもそうだようね、こんな可愛い人に相手がいないわけないっすよね」と、無念をこぼす。
「まあ、その人のお相手は小平さんもよく知ってる方ですよ」
「え?!」
目を大きく見開き、口をぽかんと開けてからさらに「誰っすか?」と問い詰めてくる小平に、芽衣は愉快な口調で「そのうちわかりますよ」を小平に返し、軽やかな足取りでその女性に近づく。
「悠梨先輩、お久しぶりです!」
「お久しぶり、芽衣ちゃん〜元気?」
「はい!今日まさか悠梨先輩に会えて、さらに元気もりもりです!」
後を追って近くに立つ小平のドン引きした様子が目の隅から入っても、芽衣は自制せず、ハイテンションを維持する。
芽衣は悠梨が好き。普通の先輩へ対する尊敬の念はもちろん、百合系作品が大好きな彼女にとって、悠梨と晴夏の関係以上美味しい物はない。先輩たちのやりとりを目にする度、芽衣は特別な心理的満足感に包まれる。どれだけ小説と漫画を読んでも、映画とドラマを観ても、身近にある本物が彼女に与えられる快楽には叶わない。そんなちょっと変わった自分も受け入れて、仲良くしてくれる悠梨と晴夏に、彼女はいつも傍観者兼保護者の姿勢を貫く。
「そうだ、お土産。店で買ったこれと、クッキーね」
悠梨から化粧箱に入ってる高そうなお菓子の詰め合わせを紹介された後、可愛い袋で小分けしたクッキーが芽衣の手に渡された。「これ昨日晴夏が焼いたの。めっちゃ美味しいから早く食べて〜」と、高級なお土産より晴夏のお手製を自慢げに薦めてくる悠梨の笑顔は眩しく尊く、芽衣は気持ち悪い笑みをこぼした。
隣に立つ小平は悠梨の話を聞き、不思議な顔で「はるか…?」と小声に呟いた。察したみたいだが、信じられない気持ちが大きいだろうなと思う芽衣は、そんな小平のことはさて置き、悠梨が期待な眼差しで自分をみているから、すぐ食べるべきと、悠梨の願いに応じる。
「はい、いただきます!」
リボンで留めた袋を開け、まず中のバタークッキーらしき物を口に入れる。さすがシェフ並の腕前を持つ晴夏のお手製、香りも味のバランスもサクサクの食感も文句の付けようがない。
次のクッキーに手を伸ばそうとするとこ、悠梨の指にある指輪はまた芽衣の目に入った。いつ、どんな言葉を受けながらはめられたのか、ゴシップ心の騒ぎが止まない。ここは聞いてみよう、好奇心を満足するためにも、隣の小平の思いを完全に断たせるにも。
ナッツの粒が入ったもう一個のクッキーを頬張り、芽衣は狡猾とも言える表情で悠梨に尋ねる。
「悠梨先輩〜薬指にある物はなんですか?すっごい眩しいですね」
「これ?晴夏曰く、ただの虫除け」
目を細め、指輪を眺めながら何か幸せな記憶を辿っている悠梨の顔には愛おしそうな笑みが浮かんだ。
甘い、あの晴夏先輩がこう言う時素直じゃないのが甘すぎると、芽衣は心中大声で叫んだ。
三年弱前、悠梨が長期実習に入ることを機に、晴夏の家で同棲し始めた。お互いへの溺愛ぶりは日常の些細なことから漏れ出し、研究室の人たちは散々見せつけられていた。スキルセットと趣味が異なる二人はお互いに影響を与え、お互いの色に染まりつつある。悠梨は晴夏につられて少しアウトドアになり、登山もキャンプも行くようになった。片方、裁縫スキルが壊滅だったはずの晴夏はちょっとずつ裁縫と編み物を覚え、簡単なマフラーも編めるようになった。悠梨が愛用しているストライプ模様のマフラーはまさに晴夏初めての傑作―所々歪んでいるが―である。一緒に生活するのはいいことばっかりではない。こんな二人でも、もちろん小さい喧嘩もあった。だが、二人で会話してすぐ解決するところも、またよい関係性が垣間見る。
月日が重ね、悠梨の言葉からそのラブラブさは今なお健在を知り、直接ではなくとも、悠梨が卒業して滅多に補充ができないリアル百合養分は流れ込み、芽衣の心の渇きを潤った。元々二人付き合い始める頃からはべたべたな熱愛を通り越して、長年付き合ってたような安心感のある雰囲気だったので、変わってないのが当たり前と思えるドロドロハラハラと無縁な安定さも、先輩二人しか彼女に与えられない養分である。
「虫除け、さすが晴夏先輩!悠梨先輩は病院で働いてますもんね。若い独身医者と同業者に狙われそうですし。というか実習の時もありましたよねー」
「ちょっと絡まれてたね…晴夏にも愚痴ってた。だからこれをはめられた時、晴夏は悪い虫は全部除けてくれって。本当バカなんだからー」
いつも優しい顔してる晴夏は悠梨になると独占欲の塊に変身するのはとっくにわかったことだけど、それでも芽衣は感心した。GWの時、二人はあのことも計画している話も聞かされてたから、指輪の虫除けはあくまで付随の効果だと彼女は分かっている。
「いやいや、最高の対策でしょう!いつのことですか?GWで飲む時まだなかったですよね?」
「晴夏誕生日の時。私がネックレス送ったら、まさか同じ意味の逆プレゼントされた。サプライズのタイミングいつもおかしよね、晴夏は」
口では不満を語っているが、太陽のような笑みが浮かぶ悠梨の顔からは幸せのオーラしか漂っていない。悠梨を囲んでいる女子の中も、いいなと、小さく羨むような声が上がった。
そして、芽衣は悠梨の言葉から自分の推測が正しいと、胸を張った。晴夏の誕生日の後、彼女がずっと付けている悠梨とお揃いのハートのネックレスは新しい物に変わっていたことは、芽衣の目は見逃せていない。ずっと気になっていたが、なんとなくそのような気がしていたから、晴夏に理由を聞かなかった。今、そのなんとなくはすべて確信に変わった。
「それこそサプライズではありませんか!はぁ、さすが晴夏先輩、行動力…」
「行動力ありすぎて、体壊すか心配なの。まだ仕事に就いてないのに、そんな金どこから来たのって聞いたら、こっそりネットでプログラミング案件を探してお金を貯めてたらしい。だから内定貰ってからでも、時々夜中でパソコンに向かって作業していたわ…」
温かい笑顔から一転、悠梨の眉間に深い皺が寄り、目の奥に心配が映し出された。
晴夏は実験と論文で忙しいのに、さらに内職して指輪のお金を貯めるとか、やはりすごいと、芽衣は再び晴夏に感服した。
「すまないが…割り込んでいいっすか?」
さっきからずっと黙り込んでいた小平はようやく会話内容から見えた信じがたい事実に耐えられず、おどおどと声を発した。
「はい、どうぞ?」
「博士1年の小平です。その…お二人が言うはるかさんって、真島晴夏さん、ですか?」
この質問が出た途端、被害者また増えたとか、小平さんに言ってないのかいよーとか、テーブルを囲んでいる人たちからため息混ざりの憐憫な声が続々と上がった。
小平の自己紹介に応じて、悠梨は椅子から立ち上がり、軽く会釈する。
「初めまして、OGの森崎です。来年戻って来るかもしれませんが…まあ、はい、その晴夏です」
肯定な返事を貰った小平は肩を富士山のような形に落とし、「やっぱそうっすか…」と無力な声を発してようやく現実に目を向き、受け入れた。
けど、小平想定内の反応に同情心はすっかり消え、慰めする気持ちも湧かない、それより耳に留まる悠梨の来年戻るかもしれないの言葉に芽衣は凄まじい興味を示した。
「戻って来るってどういうことですか?!」
「あっ…えっと、実は来年博士課程に進学しようと思って、今日はそのために先生に会いに来たところ」
「博士進学?附属病院の薬剤師になったのにですか?!」
芽衣は回り薬学専門の人たち驚きのざわつきを黙らせられるほどの甲高い声で悠梨に問いかけた。
大学病院の薬剤師、そんな薬学新卒で病院勤務希望の人なら誰しも艶羨な職を勝ち取った悠梨はその仕事を捨てようとしている。勿体無い。一所懸命に就活してやっとまあまあな内定を貰った自分には理解し難いことだと、芽衣は思った。
「色々あって…一番なのは、働いてみたら、これは自分が求めている物じゃないと思ったかな。もちろんただの調剤より患者さんに寄り添った医療ができるのは結構やり甲斐のある仕事だけど、一生これか?って考えたら、やっぱり違う。思い返せば、実習終わった後真剣に研究課題に取り込む時間が一番楽しかったから、研究の道の方が性に合うと思ったよね」
求めている物という響きが芽衣の脳に深く刺した。自分が求めている物とはなんぞや?考えたことすらない。ただ仕事を見つけ、これから就て行くとしか…合わなければ転職の選択肢も視野に入れられるが、悠梨みたい一回試して、やっぱり違うと思ったら年齢考えず学生に戻る気概はないし、奨学金借りてやっと修士課程を終わらせられる自分に財力もない。羨む気持ちが少し芽衣の心頭に上がった。
「悠梨先輩その思い切り感、いいですね」
「晴夏がいなければこんなすぐ決められなかったかもな。思いを行動に移せたきっかけは晴夏の後押だから。『好きだと、やりたいだと思う事があれば思った時でやるべきだ。あれこれ気にして先延ばしして結局やらなくなったら絶対後悔してしまう。家のことなら心配しないで、私がなんとかする』って。かっこよすぎて惚れ直した…それに、休日勤務や夜勤も組まれ、生活リズムが不規則になって半年で2回も体調崩すこともあったから、本当に合わなくて…」
冷たく澄んだ岩清水が百合心を潤ったすっきりで甘美な感じは悠梨の言葉と一緒に芽衣の体に染み込んだ。
ラブラブな恋愛関係に留まらず、深い信頼に基づき、人生の目標や価値観を共有して互いを支え合うパートナーシップを築いてからこそ、悠梨は晴夏サポートの元で勇気のある決断を下したとも言えるだろう。元々単なる百合養分として摂取した先輩二人の関係性に、芽衣は心底から憧れが生れた。いいな、もう百合とか関係ない、理想すぎる関係だ。
にしても、悠梨は半年で2回も体調を崩したとは…緊張と心配のあまり、眉を顰め、汗ばんだ晴夏の面が目に見える。記憶を漁る前に、芽衣はふと平日基本休まない晴夏が研究室を休んだ日のことを思い出した。きっと懸命に看病しただろう。
芽衣が思考に浸っている間、周りの人たちも悠梨に仕事なり、プライベートなりあれこれの質問攻めをし続けていた。ただ、一人の例外がいた―小平だ。そんな楔を打ち込む隙全くない話聞かされて、さぞかしダメージ大きいだろう。ゆっくりと息を吐き、慰めるように芽衣は体を捻って小平の背中を二回叩いた。
「え、悠梨もう来た?午後じゃないの?」
ドア付近から中へ響く疑問の一声で、芽衣の慰めの動きが止まり、楽しげな会話と笑いが交錯する休憩室も静まり返った。声の方向に辿ってドアに視線を向けたら、クーラーボックスが手元からぶら下がっていて、驚きで目をぱちぱちと瞬かせる晴夏がいた。
晴夏の様子に眉ひとつも動かない悠梨は、近くにある彼女のトートバッグから水玉柄の可愛い風呂敷で包まれた四角の物を取り出し、晴夏の方向へ歩み寄る。
「忘れ物」
腕を伸ばし、晴夏の前に差し出す。目の前に出された物を見て、晴夏はやっと自分の忘れに気づき、申し訳無さそうに「ごめん、急いで出たから詰め忘れた…」と、誤魔化しの効く笑みを浮かべながら、忘れ物を受け取った。
「今日は私の弁当当番なのに、私の力作忘れてどうするの?またカップ焼きそば?」
「いや、えっと…食堂?」
「ふーん、本当かな?」と半信半疑の瞳でおどおどな晴夏観察し、悠梨は振り返って、「芽衣ちゃん、弁当じゃない時晴夏は何食べてたの?」と突然質問を投げた。
芽衣はすぐ反応できなかった。弁当じゃない時、晴夏は大体カップ焼きそばで腹ごしらえしていたから。安い、速い、美味しい、カップラーメンと一緒に、実験で忙しい人の心と腹の友である。でも、なぜか悠梨はカップ焼きそばアンチである。特に晴夏が食べると、ぶつぶつと文句を言いながらもサラダチキンや野菜物を追加してあげていた。
晴夏の食生活を心配し、愛故のことだが、ここはカバーすべきだと、芽衣は自分に向かって右目をパチパチし続けて合図を送る晴夏を見て判断した。
「カップ焼きそばは滅多にだと思います。弁当じゃない日お昼になると晴夏先輩研究室にいないことが多いから、食堂か外食ですかね」
「そうか…芽衣ちゃんがそういうなら、信じるわ」
ふぅーと、ほっとした晴夏は芽衣に感謝の眼差しを送って、「じゃあ、作業に戻るね。先生は2限の授業終わったら戻って来るので、その時一緒に話しましょう」と、氷も余裕に溶ける温かい声で悠梨に予定を伝え、クーラーボックスを持って実験部屋へ向かった。
晴夏がいなくなってすぐ、悠梨はまたざわつく人たちに囲まれた。悠梨を中心にした楕円から3歩離れたところで、芽衣は小平と並んで立つ。だらんと首を垂らした小平に、芽衣は最後の追い打ちをする。
「私の言った通り、諦めた方が身の為でしょう?」
「晴夏さんに恋人がいるのは知っていたが、まさかこんな可愛い女性とは…大手製薬会社の研究職内定に、相思相愛の恋人、めっちゃ勝ち組じゃないっすか?聞くにはもう一緒に住んでいますよね?」
「そうですね。悠梨先輩が長期実習に入る直前からなので、来年頭で3年なところですかね」
「もう3年……ああ、まあ、でも同性の恋人は大体家から反対されますよね?結婚もできないっすし、そこら辺はまだネックっすね」
小平後半の発言は単純に好意的な心配なのか、それとも社会的問題から悠梨と晴夏関係の不確定性を狙っているか、芽衣ははっきりと分からない。でも、後者だとしても彼のチャンスはゼロだと、芽衣は自信を持って言える。
「それも、心配ご無用だと思います。あの二人、両家公認ですし、GWで飲む時、悠梨先輩は晴夏先輩が就職した後パートナーシップ制度で宣誓するも言ってました。でも悠梨先輩は博士進学に方向転換したから、待たずにもしかするともう宣誓したかもしれないよ」
「そうっすか…」
最後の嘆きをこぼした小平に、芽衣は憐みな眼差しで彼を一瞥して視線を悠梨の方に移した。
時に恥ずかし気に、時に嬉しそうに、時に優し気にみんなと話している悠梨をみていると――やっぱりいいな、先輩二人ならきっとなんでも乗り越えられる、と芽衣の頬に満足と羨望が入り混じった笑みが浮かんだ。
悠梨ちゃんの「ゼミ彼」 だるいアザラシ @YururiYuri
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