第78話 雪国は美しいけれども
帽子、マフラー、手袋、重ね着に分厚いコート、さらに六花ちゃんから借りた雪道氷道に強い防水防滑ブーツ…昨夜外で散歩する時はもうちょっと軽めだったのに、昼間になってなんでこんな着込まないといけないと、晴夏家から出る前に愚痴をこぼしたが、駅まで歩いたら大変有難く思えた。
一晩大雪が降った後、10時くらいから思い切り晴れて、透き通った純粋な青空と粉雪で飾った真っ白な街並みが輝く見え、景色はすごく綺麗が…
目がチカチカするほどの眩しい陽射しは全然暖かみを持たないし、軽い地吹雪を起こせるような風も吹いていて、昨夜は凍り付くような天気なら、今日昼間はもう完全に凍った。あんまりの寒さに思わず肩を竦め、目だけが外に露出するくらい顔をマフラーの中へ隠す。
除雪が間に合わなかった歩道は雪に埋もれ、けもの道みたいな細々としたところしか歩けなかった。慣れないハードモードの雪道で何回も脇の底の付かない深い雪の中に足を踏み外し、足を挫いてしまいそうになって、ドキドキが止まらなかった。
除雪された車道を横断歩道で渡る時も、なぜかえげつない滑るところが何箇所もあって、晴夏がいなければ尻もちをつきながら通るところだった…駅近くのアパートの前を通り、青空駐車場の中に車っぽい形の雪が並んであって、「車を掘り出すのは大変だよね」って晴夏がさりげなく言ってるそば、一人の男性が除雪道具を持って雪から自分の車を掘り出し始めた。
冬の雪国は美しくて見る分にはいいけど、生活になると本当に大変だと実感した。
観光者でよかった。
そんな観光者の私は実質の観光時間は二日しかないため、行ける場所は非常に限られている。私の要望を聞いた晴夏は今回の重点を食に置いた。
27日の今日は市内の観光名所を回って、念願の名店のスープカレーと狭くて賑やかなジンギスカン店で絶品なラム肉を堪能し、〆パフェ文化も体験したいので、甘い物食べない晴夏を無理矢理に目に入った歓楽街の店に連れ込んだ。可愛いパフェを頼んで、自分は場違いではないかと挙動不審になった晴夏に食べさせた。毒じゃないけど毒でも食べてるような嫌々な顔も可愛くて、もう、胸が苦しかった。
翌日、道は歩きやすくなり、電車も通常運転に戻ったため、隣町へ移動して、和風洋風が兼ね備えた小さくて可愛い港町でゆっくりと時間を過ごす。
硝子工芸品の店を一軒ずつ回り、繊細なガラス細工の中に閉じ込められた幻想的な色彩がまるで童話にある夢の世界を映し出しているようで、ついつい見てしまう。自分の好きな物、親が好きそうな物を何個か買い、そのまま家に発送した。
そして食になると、海鮮だけじゃなくて、有名デザートの本店もある。ここでしか食べられない数々の限定洋菓子を頬張ってる写真をお母さんに送ったら、激おこのスタンプが返されたくらい羨まれた。
観て、遊んで、食べて、晴夏と一緒に遊ぶ時間の流れはいつも速く、あっという間に空色が暗くなった。けど時はまだ午後5時手前、晩御飯食べるのも早過ぎた。ダラダラと運河のサイドで散歩したら、青いイルミネーションがライトアップして、白い雪と波の立たない静かな水面と映え合って、神秘的な雰囲気に包まれた。
数多くの観光客と一緒に、晴夏はスマホを取り出してガシャガシャと写真を撮り始めた。
「ちょっと暗いけど、一緒に撮る?」
隣で回りを眺めながら晴夏の趣味の時間を待っていると、被写体になったり、自撮りしたりするのが嫌いな彼女から意外な提案をされた。
「晴夏がそう言うのは珍しいね〜撮るー」
思うことをそのまま口にして、体と顔を彼女へ近つける。
「せっかくだから、観光客らしく振る舞おうと思って」
「観光客は私、晴夏はほぼ地元民でしょう」
スマホをバッグから取り出し、私もフロントカメラを起動して自撮りモードに入る。ボタンを押す前、晴夏はぼそっと「地元じゃないけど、確かによく来てた」を呟いた。
ちょっと深い意味がある感じはしたけど、気にせず不意打ちのほっぺチュウ写真を撮らせて貰った。反応遅れて撮り終わった後で一瞬赤面になった晴夏も、中々可愛かった。
本当未だ彼女が恥ずかしいと感じるシチュエーションがわからない。顔色一つ変えずに、キスとキス以上のことは普通にするし、たまに甘すぎる言葉もかけてくるし。なんなんだろうな、よくわからない。
まあ、可愛いからいいやーと思った途端、私たちの10メートル先で、不機嫌そうな一人の女性がごっつい男に絡まれてるところが目に入った。
波打つ茶色の長い髪に、トレンディなコートとチェックのマフラーを身に纏い、ファッション雑誌から飛び出した綺麗なモデルみたい女性は、周りの目を引く存在に違いない。しかし、しつこく絡まれてたせいか、美しい顔立ちを持つ彼女は眉間にしわを寄せ、明らかに苛立ちの色を浮かべていた。
「晴夏、それかお…」
まだ疑問を言い終わってないのに、晴夏はもう急ぎ足で女性の方に移動し始めた。彼女の動きに合わせて私も後ろについて行った。
「薫、待たせたな」
男女の前に立ち、嘘を付いてる姿があんまりにも自然なので、今の晴夏はすごい奇妙に見えた。
目の前に突然現れた晴夏に、薫さんの顔にわずかな喜色を含んだ動揺が走った。さらに晴夏の隣にいる私を見た瞬間、その驚きは増したものの、彼女はすぐに晴夏の言葉に合わせて話し始めた。
「もうー晴夏遅すぎ!」と文句を垂らしながら晴夏の腕に抱きつき、視線だけを私に向き「悠梨ちゃんもー」と同じ愚痴をこぼした。
「お待たせしてすみません」
その自然と腕を抱く動きに微かな不愉快を感じても、私は二人のやりとりに合わせて、申し訳なさそうな雰囲気を顔に漂わせる。
けど、晴夏と私の到来は男を引き下がらせるきっかけにはなれなかった。太い眉に頬髭を生やした顔が濃い男は手を伸ばして薫さんの腕を掴み、不満そうに大声を出す。
「晩飯一緒に食べるくらいで何がダメなの?」
「だから言ったじゃん、先約があって迎えが来ますって。現に来ましたし」
薫さんの言葉にちょっと驚いた。てっきりナンパされてるかと思ったら、知り合いだったみたい。横目で晴夏を一瞥すると、彼女も予想外の表情をしている。
そして、男の大声のせいで回りの観光客たちの視線もこっちの方に集まって来た。
「先約なんで聞いてないし、今言われても困る。つっか、こいつら誰だよ」
「本当しつこいな。夕食まで付き合うなんでこっちから言ってませんし、今日一日遊んであげたから借りはもう返しました。丁度いい―」
うんざりとした表情が顔に這い回った薫さんは晴夏の腕を自分の方へ引き、男に向かって「私、こいつよりかっこいい、学歴高い人にしか興味ないです。ちなみに、こいつ博士です」と、驚愕なことを宣言した。
「ウッ、博士…」
学歴マウント取られた男は一瞬縮んだが、比較相手である晴夏を頭から足まで繁々と眺めたら、「かっこいいって、女じゃん」と太い声で無駄な足掻きをする。
男だからって、謎の優越感と女性に対する軽蔑感は如何なものだと思い、カッと頭に来た。論破しようと「女」の発音をした途端、薫さんは先に怒りの声をぶつけた。
「女だから何ですか?カッコ良さは性別と関係ないし、ましてこいつ顔も中身もマジでかっこいいですから。本当この女だから何々の考えは大嫌いです!晴夏、悠梨ちゃん行こう」
男だけをその場に残し、思いを全部代弁してくれた薫さんは晴夏と私を連れて別の方へ移動して、後ろから聞こえてくる「ちょっと、水沢!!」の呼び声もどんどん小さくなって、やがて風と共に消えた。
すこし離れたところまで歩いたら、薫さんは突然止まって、晴夏と私を掴んでいる手を離し、合掌しながらペコリと頭を下げた。
「お二人ともありがとう!そして晴夏本当申し訳ない!」
「昔からだからもう慣れたし、別にいいよ。でもナンパじゃないのは意外だった。会社の人?」
昔から…晴夏の口から出たこの言葉、私じゃまだ言えない。そんなどうでもいいことに、少し嫌な気持ちが湧いた。
「会社の先輩。まあ、私を口説いてる」
「悪い人には見えないけど、しつこいだったら距離取った方がいいと思うよ」
そう話している晴夏はほんの少し眉を顰め、微かに不愉快な色を顔に這わせた。きっとあの男のことが脳を過ったじゃないかと思った。
「わんこちゃんのことでちょっと借りができたから、しゃーないじゃん。晴夏がいればもっとスマートに解決できたなのにー!」
「それは本当ごめん。六花に事情話して哲に頼めばよかった」
わんこちゃんって何のことかな…薫さんは猫派だと勝手に思っているけど、猫じゃなくて犬飼っているのか?しかも哲さんに登場して貰いたいことだから、男がいる何か?大型犬?会話内容を聞いても全然わからない。
「あっ、変なあだ名だけど、わんこちゃんは薫のルームメイト。前ストーカー被害されてたみたい…」
困惑が表情にまんまと出たか、晴夏はすぐ視線を私に向け、簡単な説明をした。
なるほど、何となくことを掴めた。でも、ペットじゃなくて、薫さんにルームメイトがいることは私に衝撃を与えた。また勝手な想像だけど、とてもそのような人に見えない。
「それはもういい。悠梨ちゃん、デート邪魔してごめんね」と、薫さんの視線も私に移した。
「いいえ、全然大丈夫です」
「でも薫、悠梨と私がいなければどうすんの?たまたまその場を通ってよかったけどさ…」
「それは…あっ」
晴夏の質問に薫さんはまずそうな表情を示した途端、私たちの斜め後ろで何かを見かけてさらに小声で「やばい」と呟いた。
男には先約の人が迎えに来ると言ってたし、もしかして…いや、まさかと思いながら振り返ってみたら、薫さんより明るい茶色ロング髪で、もこもこなコートを着てる綺麗系な女性が立っている。
「薫姉、もう一個先の橋って言ったのに…は、晴夏…?」
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