第7話 1号との待遇差が激しいらしい
大変な迷惑を掛けてしまったゆうりちゃんに、そんな失礼なことをする予定はない。チョコはただ謝ることを切り出すため前菜にすぎない。
回転椅子を右に回って、手を伸ばして力づくでゆうりちゃんの椅子を左に回す。突然動かされて、彼女はびっくりした顔で私を見つめる。
「違う。誠心誠意ゆうりちゃんに謝るつもりなので、ご飯を奢らせてください」
面を向かって真面目な顔で丁重に説明して、ゆうりちゃんの誤解を解く。
彼女は私の言葉を聞いて、すこし悩んだあと目を光らせた。
「私が選んでいい?」
「なんでもいいから、どうぞ。破産の準備は出来ている」
「そんな高級のところ行かないから、はる先輩構えすぎ」
「それくらいじゃないと、昨日のことは返せないから…」
昨日自分の失態を考えると、実際それでも足りないくらいだけど…
「私ね、はる先輩の手料理がいい」
「え、それでいいの?もっとこう、洒落た店とか…」
「私がいいって言ってるじゃん?」
思わぬ要望が返ってきた。
料理作るのは好きだから作ってあげるのは全然問題ないけど、ゆうりちゃんは別の物がいいと思っていたので、驚きはある。だって、前はおしゃれで高そうなレストランに行きたいとあっきーちゃんに言ってたし。
まぁ、彼女の希望なら私は実現してあげるのみだ。
「了解。では森崎様、ご注文はいかがなさいますか?」
「ぷっ、ちょっとはる先輩、笑わせないで」
ゆうりちゃんが私の店員マネで笑っている時、部屋の入口から声が聞こえて来る。
「
「佳乃ちゃん、声大きい。また隣の薬理から苦情が来るよ」
外へ昼を食べに行ったたかよしと辻井さんが会話しながらで部屋に入って来た。
薬理の人が部屋に来て、「高木さん、音量を少し下げていただけますか?」と言われた時のことはまだ鮮明に覚えている。それでたかよしのボリュームは大分下がったけど、大きいのは変わらない。
自席に近づいたら、たかよしはゆうりちゃんに恒例の挨拶をする。
「おっ、悠梨ちゃんお疲れー」
「佳乃先輩、辻井さん、お疲れ様です」
「悠梨ちゃんご飯食べた?今日まだ講義あるよね?」
「ご飯はまだです。でも次は4限目なので、まだ余裕があります」
丁寧にたかよしと辻井さんに受け答えしているゆうりちゃんをみていると、さっき私を揶揄う小悪魔と恥ずかしさをみせる『女子』はなんなのかを考えたくなる。
ゆうりちゃん普段みんなと接する時は気さくだけど、本当の自分のテリトリーに踏み入れられないように、どこかでちゃんと距離を置く。その距離の遠近は、人にもよる。
ゼミ彼2号の立場を有する私は、多分結構近い方。
私はその距離に心の安らぎを感じると同時に、ずっとその距離に甘えている自分に対する苛立ちも感じている。私は彼女が引いてくれたラインの前に立ち、前進しようとしない。それところか、たまに彼女がラインを下げてくれた時、私は逆に後退する。
いつものライン以上は踏み入れてはいけない、どちらも傷つくかもしれないから。
いや、私だけか。
「で、なんで真島と悠梨ちゃんはこんな面向かって話してんの?」
たかよしは不思議そうな顔で私たちを見ている。確かに、席が隣なのに、わざわざこうして話す必要はない。
「はる先輩は私にご飯を奢ってくれる話をしています」
「真島が?」
「昨日のお詫びだそうです」
「あぁーーなるほど。私の分はない?」
ゆうりちゃんに迷惑をかけて、謝らないといけなくなった理由、遡れば半分たかよしにあると思うけど。
「ないわ。大体なんでゆうりちゃんにやらせた?」
「その話するなら、真島クソ弱いのくせになんで潰れるまで飲むの?」
それは…言いたくない。
ゆうりちゃんが合コンに来たから、ちょっと嫌になって
「もうー佳乃先輩、はる先輩を虐めないでください」
私とたかよしが半分冗談の言い合いをしている時、ゆうりちゃんが割り込んで来た。
「なんで私が真島を虐めることになってんの?ちょっと悠梨ちゃんーー真島と私の待遇差激しすぎない?」
「佳乃ちゃん、それは日頃の行い」
「えぇ?私、悠梨ちゃんの指導担当だし、ゼミ彼1号だよ?どうからどう見ても、私に加勢するのが普通じゃんか?」
「1号だから負けよ。夫より愛人の方に魅力を感じるってやつだ」
辻井さんの例えに、あんまりピンと来ないけど、たかよしは妙に納得した。そして自席に座って、手を顎に当てながら何かを回想するように頭を傾け、目をクルクルと回す。数秒の回想を終え、たかよしはパッと手を打ち鳴らす。
「わかった!」
「何が?!」
たかよし突然の大声に、辻井さんが驚いて思わず大声で問い返した。正直私もバルーンが割ったかと思ったくらいびっくりした。
こっそりと視線をゆうりちゃんに移して様子を確認したら、彼女は案外平然な顔をしている。
「ほら、私は指導担当だからさ、悠梨ちゃんに厳しいところあるじゃん?真島は隣で見てたら、大体後で悠梨ちゃんに話を掛けたりするから、私が悪人みたいになったじゃん?それのせいかーーー」
「そういうことじゃないですから。佳乃先輩の厳しいところ全然悪く思っていません。むしろありがたいです」
ゆうりちゃんは真面目に否定した。
「じゃあなんでよーー悠梨ちゃんに待遇改善を強く要求する!」
「日頃の行いです」
ゆうりちゃんと辻井さんに日頃の行いで片付けられたたかよしはちょっとかわいそうと思った。たかよし普段はちゃんと実験しているし、実験台も綺麗に片付けるし、誰かが困ったらすぐ助けてあげる。確かに後輩たちに厳しいところあるが、それは先輩としてちゃんと責任を果たそうとしているからだ。
日頃の行いは結構いい方だと思うけど。たまに雑になるとこと、声が大きい以外。
「佳乃ちゃん、諦めましょう。あなたは晴夏ちゃんに勝てっこないから」
「辻井さんまで…ううう、この部屋での私の立場が…」
「佳乃先輩、泣く前にちょっといいですか?」
たかよしがいかに嘘っぱちな嘘泣きをし出した途端、ゆうりちゃんは手をたかよしの肩に置き、注意を引く。その悪巧みをしそうな表情を見て、心の中でたかよしの無事を祈る。
「私ははる先輩が好きです」
と言いながら、ゆうりちゃんは私を見つめる。
5秒前たかよしの無事を祈ることが間違っているを教えてくれるかのように、ゆうりちゃんの目に優しさが溢れていた。そして、彼女はまたたかよしと辻井さんに向ける。
「佳乃先輩も好きです。辻井さんも好きです。だからこれ以上佳乃先輩の待遇改善はありません。ゼミ彼1号から夫に昇格させる予定もありません。以上!」
「えぇーー悠梨ちゃんのケチーー」
たかよしは声を伸ばして不満をこぼしたら、ゆうりちゃんに絡まることを辞めて、椅子の方向を自席の机に戻って午後の準備をし始める。
昼休憩のふざける時間もこれで終わり。
心臓に悪いひと時だった。
「ふふふ、はる先輩はドキドキした?」
同じく自席に振り返ったゆうりちゃんは椅子を私に近づき、笑いながら小声で私に尋ねる。
その悪巧みが成功して、面白がっている笑みについ言い返したくなった。
「ちょっとね。ゆうりちゃんファンに暗殺されそうなことに」
「はる先輩のばか」
馬鹿と言われても文句は言えないのは現状。本当はドキドキして、何かを勘違いしそうになった。今日はこれ以上のことはもう食らいたくないし、考えたくもないから、情報収集に兼ねてわざと話題をたかよしと辻井さんが入る直前のものに戻す。
「それはさておき。ゆうりちゃんは何が食べたい?」
「うんーーピッツァ!」
「ピザじゃなくてピッツァなんだ。なんのピッツァ?」
「私が好きなピッツァ」
「マルゲリータかな」
「ビンゴ」
「ほかの物は?」
「私が好きな肉料理」
「ローストビーフ」
「正解!」
パチパチと拍手しそうな様子は、なんともいえないくらい可愛い。
「手間かかるやつばっかりだな…」
「そうじゃないと、はる先輩の謝罪にはならないから」
「わかった。残りは適当に作るわ」
「わ、楽しみー」
「来週土曜日でいい?」
「はい!では、私は昼ごはんに行ってくる」
「おーいってらっしゃい」
お財布とスマホを手に持って、ゆうりちゃんはルンルンと部屋から出た。そんなにも嬉しいことなのか…
それにしても、マルゲリータにローストビーフ、他に野菜料理とデザート…材料のことを考えると、こりゃ結構早い段階から準備しないといけないな。
まあ、ゆうりちゃんが好きなら。
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