三年生の最後から仕掛けよう
悠梨
第4話 情けないゼミ彼2号より
「ううぅ」
スマホの音と振動が共に発するアラームに起こされて、私は思わず不愉快な声を喉から出す。左手が隣にあるはずのスマホを手に取ろうとしたら、スマホところか、手が空を切ってそのまま床まで垂れた。
あれ、私はソファを背もたれにして床に座って寝たはず?いつの間にかソファの上に、しかもちゃんと布団の中に寝ていた。服を着たままだけど。
顔を左に向き、音の元を探す。ブーブーとうるさく振動するスマホはソファ隣のテーブルの縁近くに置いてあった。手を伸ばしてスマホを取って、アラームを止めたら、布団の上に置く。
朝に弱い人間ではない。どちらかというと、私は朝型。でも今日はもうちょっとだけ寝たい気分。
鼻から入ってくる布団の匂いは私のじゃない、微かに香る爽やかなシトラス系の香りが持ち主を語ってくれる。顔ごと中に入れるように両手で布団のを頭の上まで引っ張る。
はる先輩の匂いに包まれて、幸せなひと時に浸かる。
はる先輩の手の力、肌の熱さ、情欲溢れても優しく私の名前を呼ぶ声、昨晩のことを思い出すと、顔と耳の火照り出すのを感じた。今になって、めちゃくちゃ恥ずかしい気分。
でも、人を抱いている途中で寝落ちするなんで、普通ありえないでしょう?それのせいで、またはる先輩をソファに寝かせて、私は床に座る羽目になった。
まぁ、はる先輩が突然目覚めて、焦点が合わなさそうな目で私を見ながら会話する時もうわかっていた、彼女はまだ酔っていて意識がはっきりしないこと。私はそれを知って、そして利用した。
「あおい」
私の呼びに、はる先輩が返した第一声は知らない女の名前。
その名前を聞いた瞬間、驚き、嫉妬、悲しみ…色んな感情が沸き上がって、ムッと心にきて、涙すら出てきそうになった。
私の恋はまだ始まってないのに、もう終わりそうな感じをしたから。朦朧の中で私を認知しただとしても、彼女の心にはやはり先住人がいると思ったから。
でも、私の手を握って自分の顔に当てるはる先輩から醸し出す雰囲気は、そうじゃないと言ってくれた。
酔っていると、普段は理性で押しとどめていること、本当に思っているも言えるようになるとよく聞くから、あの時ははる先輩の本音を聞けるチャンスだと思った。開き直って大胆なことを聞いて、誘ってしまった。
今思えば、なんでそんなすごいことを聞いたのかもわからない。酒の力で深層の欲望に忠実になったかもしれない。そしてはる先輩のことになると、私はたまに『いつも』の自分じゃなくなる。
ずるいことをしたことに対し、なんの懺悔と後悔もない。今私を包み込むシトラスの香りがその結果を示してくれているように、安心感しかない。
問題は、当の本人は相当酔っていたので、昨晩のこと覚えているかどうかだ。考えてもしょうがない、はる先輩と会って反応を見ればすぐ分かる。
正直覚えてくれていなくても、別にいい。
あれは私の勝手だし、はる先輩に交際を迫る材料だと思っていない。そもそも、「あおい」という女の存在を知ったから、対抗心ではる先輩自ら告白させると決めたし、もちろん酔ってない時で。
色々と考えていたら、時間が大分過ぎた。
布団から出て、学校行く前の朝支度をするため、はる先輩を探す。リビングとキッチンを見回して、はる先輩はいない。寝室のドアが開けたままだから、中を覗いても、やはりはる先輩の姿はない。
あれだけ酔ったのに、こんな朝早く起きられてもう学校に行ったの?彼女は一体どんな体質してんの…
とりあえず物を片付けると思って、布団をはる先輩の寝室に戻しに行く時ふと思い出した。
そういえば、昨日細胞の継代があると言ってた。合コンのせいでまだやっていないみたい。満杯になった細胞は増殖し過ぎて状態悪くなったり、代謝廃物で中毒して死んでしまうかもしれない。継代が遅くなると、後続の色んな実験はドミノ倒しのように影響されちゃう。多分それで朝急いで研究室に行ったかも。
一晩多めに成長時間を与えたからって、すぐ死ぬわけではないけど。
どうしよう、今日一限から講義があるので、家に帰って色々してから学校に行くと間に合わない。でもはる先輩の物を勝手に使ってはいけないし、どこに何があるのもわからない。
ちょっと焦り気味でソファの近くに戻ると、足が何かカーペットじゃないものを踏んだ感触がした。視線を足元に移すと、一枚の紙があった。
腰を屈めて紙を拾う。紙の上に綺麗な文字が並び、内容を読んだら思わず口角が上がる。
『悠梨ちゃんへ
細胞の継代あるから、先にラボへ行く。
洗面台にクレンジング、新しい歯ブラシとタオル、キッチン隣のテーブルに朝ごはん。私の服でちょっと大きいかもしれないが、一応着替えも寝室の椅子に置いた。
他の物は自由に使っていい。鍵はラボで返せばOK。
P.S. ベッドまで運びたかったけど、力不足でごめんm(_ _)m
情けないゼミ彼2号より』
「情けないって何よ、ぷっ」と独り言して、軽く吹いた。
アラームを消すためにスマホを取る時、スマホの下に置いたこのメモを地面に落としただと思う。
はる先輩を探すために部屋全体を回ったけど、彼女のことしか思っていないから、他の物は眼中に入ってこなかった。まさかこんなにも周到に物を用意してくれた上に、朝ごはんまであるなんで。
私のはる先輩、本当に細かいところまで行き届いて、気が利きすぎる。
シャワーを浴び、髪を洗い、歯を磨く。元々も知っていたつもりが、改めてはる先輩が使っている物を見ると、この人本当にシトラス系香りの物が好きだなと再認識した。柔軟剤だけではない、ボディソープもシャンプーも、家に置く消臭剤も全部シトラス系だった。歯磨き粉までシトラスミント味だ…
髪を乾かしたら、ダイニングテーブル隣の椅子に腰を掛ける。
テーブルの上にミルクとジュース1杯ずつ、海藻と豆腐のサラダ、軽く焼いた食パンと、目玉焼きが添えている。
昨日水取りに行った時、冷蔵庫にプチトマトとキャベツがあることを見た。私はプチトマトが嫌いなのを知っていたから、普通の野菜サラダの代わりに海藻豆腐の組み合わせを出したと、勝手に想像したくなった。
「いただきます」と両手を合わせたら、はる先輩が作ってくれた朝食を口にする。冷たいままでいただいて特に問題ない品々だけど、冷めても美味しく食べられると計算しつくした味だ。
はる先輩の女子力に偏りがある。ゲームで例えると、料理スキルにスキルポイントを極振りしたせいで、他のスキルは1点、下手したらマイナスになっているかも。
特に裁縫はダメ、ボタンの付け方すら分からない。ある日講義終わって研究室に戻ったら、佐々木さんがはる先輩の白衣のボタンを付け直してあげたところを見て、ちょっとびっくりした。やってあげたかったな…
「ごちそうさまでした」
ジュースを飲み干したら、お皿を片付けて、ささっと洗ったらシンク上の水切りラックに置く。
朝支度の残りは服を着替えて、軽く化粧するだけだ。
はる先輩が用意してくれた服を取り、彼女の寝室に入る。3回目だけど、やはりじろじろみるのはよくないと思って、布団取る時と同じ、目的地へ一直線。
ブラウスを着たままで寝っちゃったせいで、ちょっと皺ができた。
それに、合コンの翌日に同じ服で登校したら、持ち帰られたとか変な噂にされそう。着替えがあって助かる。
畳んでいた服を広げると、控えめな文字が入ったベージュ色のプルパーカーだった。私っぽくないじゃっぽくないけど、似たような服は1着か2着持っているので、着ても変とは言われないはず。
シャワー浴びたあと下着とキャミソールしか着てない、そのままパーカーを着られる。鏡の前で着ようとした時、胸元の赤い痕が鏡越しでふっと目に入って、顔は一瞬で赤くなった。
パーカーでよかった。
恥ずかしさを感じながら、布団と同じ香りがするはる先輩のパーカーに袖を通す。鏡で確認しなくでもわかる、身長差があるせいでやっぱちょっと大きい…俗に言う彼シャツほどではないが、ダブダブ感はある。これも一種の
まあ、今日一日はる先輩の匂いに包まれながら過ごせることに、すごくテンションが上がって、気分がいい。
ダブダブなパーカーくらい、この森崎悠梨が着こなせてあげる。
髪を編んで、軽く化粧したら、はる先輩が書いたメモをカバンにしまって、私はコートを羽織りながらはる先輩の家から出た。
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